宴を楽しんでから夏に向けて動き出す
※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。
立見が総体の東京予選を優勝。全国出場を決めると学校の方で、早くも「祝!立見サッカー部総体出場決定!」という幕が垂れ下がっていた。
左横には野球部の甲子園出場決定の幕もあって、それに続く快挙をサッカー部は創立から2年で成し遂げる。
体育館ではささやかなパーティーが行われた。大門の実家の中華料理店である飛翔龍や、武蔵の実家の寿司屋から振る舞ってもらい、かなり豪勢だ。
「最高〜♡美味しい〜♡」
飛翔龍のチャーハンがかなり気に入ったらしく、弥一は夢中で食べ進めていた。
「まさか此処まで豪華になるなんてな」
そう呟きながら、寿司の甘エビを頬張る優也。
大門や武蔵と、それぞれの実家が協力してくれたのもあるが、体育館を貸し切る程の祝勝会を開催出来たのは、彩夏のおかげだった。
黛財閥の社長が大のサッカー好き。娘がサッカー部のマネージャーをすると知れば、その過程で立見サッカー部が1人の生徒によって立ち上げた部だと知る。
これに惹かれた社長の強い後押しがあって、部にサッカーマシンが置かれたり、体育館貸し切りのパーティー開催も出来ていた。
「もう食えん〜」
「え、俺まだまだ行けますよ」
「化け物か!」
数々の料理を平らげ、部内1の大食漢である豪山が満腹を迎える一方。大門は豪山以上に食べているにも関わらず、平気そうな顔でピザを一切れ頬張っている。
壇上では何時の間にか、部員による出し物が始まっていた。成海のトランプマジックに、間宮と影山によるデュエット曲や、翔馬のバク宙披露と、次々行われて場は盛り上がった。
田村と川田による、急造コンビのショートコントもあったが、これは死ぬ程スベってしまう。
「……皆ハメ外し過ぎてない?」
「今日ぐらい良いだろ、あいつらすっげぇ頑張ってくれたし」
パーティーの光景を眺めながら壁を背に、勝也と京子はグレープジュースが注がれたグラスを持っている。
「それに京子もな……お疲れ」
「……うん、勝也もお疲れ様」
近距離で互いの視線が合う。2人が笑みを見せれば、グラスを合わせて2人だけの乾杯を交わす。
全国はあるが、今日ぐらいは良い。快挙を成し遂げた者達は優勝を喜び、存分にパーティーを楽しんでいった。
「ぶはぁ〜……激あちぃ……!」
田村は汗だくで、芝生の上に大の字となっていた。
「6月だけどこれ……また猛暑でしょ……!」
両膝に手をやり、肩で息をする翔馬も同じく体力を消耗。彼らだけでなく、部員全体が似たような状態だ。
立見の東京予選優勝から数日、サッカー部は再び本格的に始動していた。
1ヶ月後の7月下旬にある総体に向けて、スタミナ強化の為に組まれたメニュー。インターバルトレーニングをこなした所だ。
「あっちは……またやってるみたいですよ」
「タフだなぁ」
マネージャー達と共に飲み物を配っていた摩央。ペットボトルを受け取る安藤と、同じ光景を眺める。
フィールド上で弥一がボールをキープし、優也がそれを奪おうと詰め寄っていた。
奪おうと優也の右足がボールへ伸びてくる。その前に弥一は左足の内側で軽く球に触れ、右に転がして躱す。
弥一がこのままドリブルで前進しようとするが、優也は素早く回り込んで逃さない。
「おっと……!?」
食らいついて来る優也に、弥一も足を止めざるを得なかった。
「だいぶ付いてくるようになっちゃって、本当負けず嫌いだね!」
「無駄口を叩いてる余裕があるのか!?」
再び奪取を狙う優也とボールを守る弥一。2人の攻防戦がフィールドで繰り広げられる。
最初の頃は弥一があっさり突破していて、あまり勝負にならなかった。だが優也は短期間で成長を見せる。攻撃面だけでなく、守備面でも伸びていた。
それも弥一に負けて悔しい、負けっぱなしではいられないという、彼が持つ負けん気の強さによるものだ。優也が自分に勝とうとしている事は、心で強く伝わって来ていた。
なので弥一も優也にとことん付き合い、デュエルの相手を務めている。
「(こいつは智春と2トップってだけじゃなく……中盤も良いか、いや……SDFもアリか)」
2人のデュエルを見届けている勝也。彼の守備面での成長を見て、FW以外の起用について考えていた。
厳しいであろう総体の戦い。優勝を目指すなら連戦は避けられず、総力戦になる事が予想される。
優也は小柄な方だが、スピードがあってスタミナも高い。技術面も成長してきて、幅広くポジションをこなせるかもしれない。
勝也が考えに夢中になっていた時、京子から声がかかって来た。
「勝也ー、そろそろ時間ー」
「ん…?あ、やべ!今日は此処までだー!」
時間の事をすっかり忘れてしまい、京子に言われるまで気づかなかった。
夕焼けが広がる時間帯に、勝也から今日の部活終了が告げられる。
「早いな……まだやれたのに」
「あはは、タフだね〜」
インターバルトレーニングをこなした後、弥一とのデュエルを重ねて来た。それでも優也はスタミナに余裕があるらしい。
弥一も優也の事は言えない。明るく笑う顔は、まだ余力を残してるように思える。
「(どんな体力してんだよあいつら)」
という部員達の心の声は弥一にしか聞こえなかった。
「ああ、弥一」
「ん?」
部室へ着替えに行こうとした弥一。そこに勝也の呼び止める声が聞こえ、弥一は足を止めて彼に振り返る。
「今日兄貴から飯誘われてるけど、お前も来る?良ければ弥一君も誘ってくれないかってさ」
「太一さんが?うん、行くよー♪」
太一から食事の誘い。今日は特に何の予定も無く、涼香も会社に泊まり込みの日なので家は弥一だけ。
笑顔を見せれば、勝也と共に行く事を即決していた。
「急な誘いですまないね弥一君」
「太一さんなら美味しいご飯奢ってくれる事、知ってますから♪」
「はは、期待に応えられるようにするよ」
帰り支度を整えた弥一と勝也。立見の高校前で、赤い車を運転する太一と合流すれば、2人を乗せて目的地へとドライブを開始する。
「こういうの柳FC時代を思い出させるよなぁ。よく練習終わりとかに車乗って飯に連れてってもらったし」
「お前が兄ちゃんと呼んでた頃、な」
「あ……あん時は俺まだ小さいガキだったし……!」
「高校卒業してない未成年が何言ってんだ」
運転中の太一に小学生の時の呼び方を言われれば、勝也は顔を赤くさせ、助手席側の窓から見える景色を見た。
「でも、勝也の高校生活も後1年か。早いもんだよ」
赤信号になって車が停車したのと同時に、太一はこの数年を振り返る。
勝也が自らの手でサッカー部を作り出して、勝也と京子が結ばれ、弥一がイタリアから帰国すれば立見に入学。そして今回の東京予選優勝、創部2年で総体出場とまさに激動の日々だ。
「……兄貴、ひょっとして急に飯誘ったのはその話か?」
「勝也も察しがよくなったな」
先程の恥ずかしそうな顔から一変、勝也の真剣な眼差しが太一に向く。
「お前も何時までも子供じゃない、こういうのは早い方が良いと思ってな……まあ着いてから話そう」
青信号になれば再び車は前進、運転する太一から勝也は視線を再び窓へと向ける。
車内は先程まで昔話で花咲かせていたが、今は車の走る音だけが聞こえた。
それぞれが何を考えてるのか、心が読める弥一には分かる。ただ彼も口を開く事はなく、目的地に到着するまで大人しく待つのみだった。
弥一「大スベリって田村先輩にもっちゃん、ショートコント何やったんですかー?」
川田「聞いてなかったのかよ!?」
優也「その時こいつ美味しく寿司食ったぞ」
弥一「大トロ最高〜♡」
田村「だったらリベンジも兼ねてこの場で改めて披露するって事で!」
勝也「クソつまんなかったんでカットになった」
弥一「リベンジ失敗だねー」