兄が挑発されて弟が煽り返す!
※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。
東京予選も2次トーナメントに入り、立見は難敵とぶつかる。
2年前に立見を破っている音村学院。
オランダのトータルフットボールのように、選手達がポジション関係無く、縦横無尽に走り回る全員攻撃、全員守備のスタイルだ。
「あのチビか?ミランに居たってのは」
試合前の両チームのアップ時間。立見の様子を音村の選手達は見ていて、その中で一際小さい立見の選手に注目する。
「あんなちっせぇのがビッグクラブでやれんのかよ?信じられねぇわ」
音村学院のキャプテン島坂康夫が、疑うような目を弥一へ向けた。
彼がミランに居たという情報は出回り、音村の方にもそれは伝わって来ている。
「俺らは立見に1回勝ってんだ、あんな色物集団相手にもたついてられるかよ」
自分達が過去に一度立見に勝利している実績。それがあってか島坂は立見を見下しており、今回も勝てると思っている。
試合開始の時が迫り、勝也と島坂の両キャプテンがコイントスで向き合う。
そして勝也と握手を交わしたタイミングで、島坂は勝也の耳元で囁く。
「注目されてて恥はかけないよな?プロの弟君」
「!」
周囲の審判団には聞こえず、勝也にだけ聞こえるように島坂は挑発。
揺さぶりをかけていた。
「(ああいう気合いだけの野郎には揺さぶって空回りさせちまえば良い。それで立見は自滅して終わりだ)」
さっさと勝也から離れ、自陣の方へ戻る島坂の顔はニヤッと笑っている。
「(ああ……そう来ちゃうんだ)」
弥一から見れば島坂の狙いは筒抜けだった。
音村がボールを持つと、島坂を中心に音村の選手達は一斉に立見ゴールを目指して前に出る。
それぞれがフリーランニング、何処にボールが行くか的を絞らせない。
「(多分島坂!結局エースに来るだろ!)」
川田は最終的に此処だろうと読んで、島坂をマークすると翔馬も同じ事を考えていたか、マークが被ってしまう。
「(馬鹿め!)」
1年を嘲笑うかのようにボールは島坂ではなく、立見DFの裏へ抜け出そうとしている選手に、スルーパスが出されていた。
これが通れば決定的チャンスだ。
「ナイスパース♪」
だが最初から此処に来ると分かっていた弥一、相手のスルーパスをインターセプト。
「(は!?あのチビどっから沸いて出たよ!?)」
弥一の姿に全く気付かず、スルーパスを出した相手選手は信じられないといった感じだ。
立見は此処から弥一、影山、勝也と繋げて音村ゴールに迫る。
グッ
「っ!?」
勝也はユニフォームを後ろから強く引っ張られ、前へとバランスを崩して転倒。
これには主審の笛が鳴った。
勝也が後ろを見れば島坂が居て、彼は勝也を引っ張り起こす。
「プロの弟が最後の年も全国行けないってなったら、恥ずかしくて外歩けねぇよな?兄貴は優れてても弟は出来損ないってよぉ」
「てめぇ……!?」
見下すように笑う島坂に、勝也の彼を見る目が鋭くなる。
これを察したか、成海が間に入り勝也を引き離す。
「なんだよ?手ぇ出さねぇって!」
「今出しそうだったろ、落ち着けよ!」
「(始まった始まった、そのまま崩壊して俺らの勝ちだ)」
揉めている様子の勝也と成海を見れば、島坂はほくそ笑む。
これで立見は崩れて終わる。
「ねえ」
「あ?」
ポジションへ戻った時、弥一が話しかけて来て島坂は彼を見下ろす。
「そういうあんたは全国行った事あるの?」
「!」
「あ、都内の上位止まりの上に小さなサル山の大将で満足してるから、全国なんか知らないかぁ♪縁なんか無いもんね?」
音村を含め島坂自身、何時も都内の上位止まりで全国に届いた事は無い。
その事を明るい笑顔で挑発する弥一に、島坂はピキピキと青筋を立てていた。
「チビてめぇ……!!」
「お、おい!」
「馬鹿!止めろヤス!!」
怒りのあまり、弥一に掴みかかろうとしていた島坂を、音村のチームメイトが必死で止める。
憤怒の形相からして、先程の勝也よりも島坂の方が
「あのクソ生意気なチビガキの所から突破だ!そんであいつを泣かしまくってやる!」
煽られて島坂は頭に血が上り、弥一の居る所を狙って突破を図ろうとしていた。
狙い通り音村は弥一の居るゾーンへ、徹底して攻め込むが……。
「(いただきっと!)」
「!?」
弥一と一対一のデュエルに持ち込んだ島坂。得意のフェイントを駆使するも弥一は全く釣られず。
逆に島坂の僅かなボールキープの隙を見つけ、足を出して弾かせた。
「カウンター!!」
そこに勝也の声がフィールドに轟き、セカンドを取った影山から成海と繋げて、音村ゴール前に走る勝也へ成海からのパス。
音村DFはシュートを撃たせまいと、勝也に体を寄せて行き、豪山のマークも外さない。
成海からのパスを右足でトラップ。足元に収めて勝也はそこからシュート、ではなく左足の踵でバックパス。
そこに走り込んでいたのは川田。
利き足の左によるインステップキック。川田から蹴り出されたボールは力強い弾丸シュートと化して、GKのダイブも及ばず豪快にゴールネットを揺らした。
「川田ナイスゴールー!!」
左のミドルを決めた川田に、勝也を始めとした立見の面々が、公式戦で貴重な先制点を決めた1年ルーキーへ次々と抱き着く。
「中央に拘るな!もっとサイド使え!」
音村の監督からサイドを使えという指示が飛ぶ。
最初は多彩な攻撃を見せていた音村だったが、執拗に弥一のゾーンを狙う中央突破が多くなっている。
攻撃が単調で、この調子だと先程の失点と同じ過ちを繰り返すかもしれない。
「サイド逃げるならどうぞー?このままじゃ手詰まりだもんね♪」
「っ……!」
背後霊のように島坂の後ろへ付いている弥一。先程の勝也に対して煽った島坂以上に彼は煽りまくっていた。
弥一を忌々しく思う島坂は振り向いて、ギロッと睨みつける。
何度も突破を狙いに行くが、ドリブルもパスも全部防がれてしまう。
「何でだ畜生が!!」
ハーフタイム、ロッカールームへ戻った音村。そこで島坂は怒りを吐き出した。
「落ち着け島坂!」
冷静さを失っていると音村の監督が声をかけ、島坂がそちらに向く。
「キャプテンとしてもう少し冷静になれ、もっと効果的な攻撃を仕掛けるんだ。お前は今中央突破に拘り過ぎている」
「……」
諭すように言う監督、その言葉を受けて島坂の頭も冷えて来る。
「まずは今の立見の力を認めろ、その上でどう攻略するかを考えるんだ」
「……はい」
立見を見下していた事も監督に見抜かれ、島坂は静かに返事した。
「後半は何時も通り……いや、何時も以上に攻撃的に行って立見からガンガン得点するぞ」
「おう、当然だな」
「後半逆転と行こう!」
島坂がチームメイト達と言葉を交わし、後半の逆転を目指そうとフィールドに戻る。
「田村先輩右から来るよー!」
「影山先輩8番ー!」
後半、弥一の指示が飛ぶ。
全員攻撃で読ませようとしない音村だが、弥一に心を読まれるとチャンスを次々と潰され続け、未だに立見から1点も奪う事が出来ていない。
苦し紛れな音村のロングシュートを大門がキャッチした時、勝也は動く。
「(此処突き放す!)大門でっかく前出せ!!田村上がれ!!」
勝也が指示を出すと共に、大門のパントキックがセンターサークルを飛び越え、ボールは相手陣地にまで伸びると、豪山が相手と空中で競り合いながら頭で右へ送る。
上がっていた田村が右のライン際で受ければ、右サイドから音村ゴールを目指してドリブル。
前から相手が寄せて来ると、右へ素早くはたいて、成海がこれを受けて田村にダイレクトで返す。
ワンツーで躱せば会場から声援が浴びせられ、音村ゴール前まで迫った時、スタンドからの声はより大きくなる。
田村はゴール前へ右足で速いクロスを上げ、そこに豪山が走り込んだ。
音村も必死のマークで食らいつく。
ボールは豪山に合わなかったか、シュートは出来ず左へ流れていく。
「(助かった……!)」
音村GKがそう思ったのも一瞬だった。
左に流れるボールに反応していたのは、後半から入った優也。
追いつき左足でトラップすると、優也は冷静に右足で蹴り込み、GKの左を抜けてゴールネットは再び揺れ動く。
「でかしたー!大仕事したな歳児ー!!」
「い、痛いっす……!」
後半の終盤に貴重な追加点。勝也は点を決めてくれた優也の頭を、くしゃくしゃと撫でていた。
「はぁっ……はぁっ……!」
既に大きくスタミナを消耗し、疲労困憊の島坂。
「(最初から立見を見下さなけりゃ……こうなっていなかったか……?)」
今更自らの過ちを後悔し始めるが、島坂は気付いていない。
1番の過ちが勝也を挑発して、彼を慕うサイキッカーDFに目を付けられた事に。
立見2ー0音村
川田1
歳児1
勝也「いつの間にかあいつ怒ってたけど、お前島坂に何言ったんだ?」
弥一「鼻にゴミついてるよーって教えたらそれで怒っちゃったみたいー」
田村「(嘘だろ)」
影山「(思いっきり煽ってたよね)」
間宮「(サル山の大将っつってたし)」
弥一「(2年の先輩達ー、心の声めっちゃ聞こえてますよー♪)」
勝也「いや何か喋れお前ら!」
弥一「ちなみに裏話を明かすと本当はハーフタイム後、再び島坂さんを僕が煽るシーンとか考えてたみたいです♪最後はそういうの無しで正々堂々行こうってなりましたけどねー」