絶望の果てに待っていたのは
※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。
「あ……」
得点の瞬間。立見の体育館は先程まで多くの人々が声援を送っていたが、大型スクリーンに映る現実を見て静まり返ってしまう。
後半アディショナルタイム。フィールドのイタリア選手達はリカルド以外の皆がディーンに駆け寄り、歓喜の輪を作っていく。
イタリア優勝を決定づける1点。ディーンが得点を決めてくれた事に選手だけでなく、サポーター達も狂喜乱舞だ。
突然跳ね上がったボールにもディーンは焦る事なく対応。右足のジャンピングボレーで合わせただけに留まらず、彼は弥一や大門を超えていくように、ループで浮き上げていた。
ディーンによる神業のループボレー。これを可能とするのが異次元の魔術師。
キングオブフットボーラーに最も近いと言われる、サルバトーレ・ディーンの真骨頂だ。
「嘘だろ……そんな……!」
ショックを受ける中、佐助は悔しさを滲ませる言葉が出て来る。
「(やられた……完璧に……!)」
ランドに騙されなければ、と光明は先程のプレーを振り返り悔やむ。
「(俺が……俺がサルクをしっかり追って止めてれば……)」
何故あの時止められなかったんだ、と同じように冬夜も悔やんで天を仰ぐ。
『ついに終わってしまった、日本の無失点記録……!時間は既にアディショナルタイム、カテナチオ相手にこれは絶望か!?』
『何時かは失点するもので、大事なのは折れずに立ち上がって前を向く事です!此処で諦めたら駄目ですよ!』
弥一は芝生の上に倒れ込んだまま呆然としていた。
試合終了ではない事は分かっている、だが立ち上がる事が出来ない。
相手を0に抑え続けてきた。相手を完封して勝ってこそ本当に強いと信じ、とことん貫いてきた。
それがたった一度のゴールで、長く積み上げた物が脆くも崩れ去ってしまう。
「(勝兄貴……ごめん、勝てなかった……世界一、届かなかった……)」
芝生の上に倒れ込んだ状態。見上げる先には屋根に覆われる中で、サークル状にぽっかりと空いた空が見える。
まるで今の自分の心を表しているような気がした。
弥一の心の中に出て来た言葉は勝也への謝罪。
優勝する所を見せようと、此処までやってきたが彼の心は1点を取られて諦めてしまっている。
アディショナルタイム、それが終わる前にイタリアのカテナチオから同点は無理だ。
何より体が言う事を聞かない。
弥一の心は奈落の底へと突き落とされていた。
アディショナルタイムで絶望を味わってしまう日本。
その時だった。
ピピピィーー
主審の笛が鳴る音、ゴールを認める笛とは違う。
『おっと?主審が近付いて来ます』
『あれ?これは……!?』
ゴールで盛り上がっていた場内もざわめく状況、それもそのはず。
線審が旗を上げていたのだ。
『お、オフサイドですか!?』
「は!?いや、違うだろ!ディーンはちゃんと飛び出したはず……!」
「ランド」
オフサイドな訳が無い。ランドが審判団に文句を言いに行こうとすると、ディーンがランドの右肩を左手で掴んで止める。
「え……?オフサイド?」
「どうなってるんだ……」
佐助や光明、他の日本選手達も奇妙な状況に困惑。
「まさか、これ……ノーゴールで終わるとか!?」
「まだ確定じゃない、向こうが話したり確認しているからな……」
僅かな希望を見つけた室。対して照皇はまだ安心出来ないと、険しい表情を見せたままだ。
ざわめく場内。選手達も一部困惑する中で、主審はVARに確認する。
VAR。ビデオ・アシスタント・レフェリーと言われており、主審や線審達と違ってフィールドには立たず、違う場所から映像で確認して、主審を補助する役割を持つ。
主審は線審やVARと確認を重ね、やがて決断を下す。
「オフサイド!ノーゴール!!」
「!!」
線審の判定、VARの確認でオフサイドの位置にディーンが居て、パスはその時出ていたと映像で確認された。
映像では佐助、光明のラインをディーンがパスの前から越えて走り、もう1人後ろに残っていた番が素早く前へと走って、DFラインを上げていたのだ。
「大成功〜……!」
番のオフサイドトラップ。彼がディーンとランドを手玉に取った結果となる。
「うおおおーー!!」
絶望となる失点を救った番に、一部のフィールドに立つ日本選手達が一斉に声を上げて駆け寄る。
「お前オフサイドトラップ苦手だったろー!?嘘つきー!」
「何時までも苦手じゃいられないから練習してたんだよ!成果中々発揮出来て無かったけど!」
「何でも良い!番でかし過ぎだこの野郎ー!!」
室に冬夜と番に抱きつき、ゴールが決まった時のような喜びを見せていた。
「弥一、しっかりしろ!まだ終わってないぞ!助かったんだ、分かるか!?」
側で倒れて呆然としている弥一。それを抱き起こして大門は呼びかける。
「大門、やった方がいい。俺も手を貸す」
そこに優也が駆け寄り、こうした方が良いと大門に言うと2人はそれぞれ行動に出る。
「「ドーン!!」」
「おわぁ!?」
大門、優也がそれぞれ弥一の両肩へ、同時に思いっきり手を置く。
驚いた弥一は現実世界へと一気に舞い戻って来る。
「キャプテンが何時までも呆けるな馬鹿。番のおかげでディーンがオフサイドにかかってノーゴールだ」
「え……ノーゴール……?」
「そうそう!まだ無失点終わってない!日本はまだ負けてないぞ弥一!」
大門と優也の顔をそれぞれ見てから、弥一は電光掲示板のスコアを確認した。
0ー0。ディーンによって決められた、芸術的なループボレーで失点のはずだったが、番の超ファインプレーのおかげで幻のゴールに終わる。
「やった……やったー!!」
ようやく現実を把握した弥一。飛び上がって喜べば、自らも番を仲間と共に手荒く祝福に加わって行く。
「3番が上がってた……!?あいつオフサイド苦手って聞いてるぞ……!?」
ゴールが無効になったのが信じられず、呆然となりながらもランドの視線の先に、喜び合う番の姿が映る。
「それもあったし、日本がトラップを仕掛けてなかった事によって向こうにオフサイドは無い、と無意識の間に警戒していなかったかもしれない。やられたな……」
自分では軽視のつもりはなかった。だが知らぬ間に日本のトラップは無いだろうと、思い込んでいた可能性がある。ディーンは先程のプレーを静かに振り返っていた。
「また決める。それよりもこれで日本が息を吹き返してくるぞ。クライス、注意した方が良い」
「分かってる、全部跳ね返してやるよ。奴らに点は絶対やらない」
ディーンに言われるまでもなく、クライスは守備陣と共にポジションに戻って行った。
「やったやった!ノーゴールー!」
「日本まだ負けてないよー!皆声出してー!」
氷神兄弟を中心に行われる応援。
静まり返っていた立見体育館。熱気が戻るだけでなく先程以上の熱量で、多くの人々による日本コールが起こる。
「この勢いで試合が終わる前に1点入れよう!良い流れだぞ!」
「ああ、攻めあるのみだ!」
絶体絶命の危機を乗り越え、室や照皇はこの流れに乗って一気に攻めようとしていた。
「ううん、攻めない」
「!?」
立ち直った弥一が反対、彼が今の流れで攻めるのは良いと思っていなかった。
「勢いに任せてもカテナチオは破れないよ。攻めて疲れるしカウンターで今度こそ終わる恐れがあるから」
彼らの守備をよく知る弥一からすれば、勢いでクライスやリカルドが破れる程、彼らは甘い相手じゃない。
だからこそ奇策に出る必要があった。
『さあ試合再開!日本、これは息を吹き返して攻めに転じる……』
『これは、自軍の方でパスを回してますね』
この時間帯で日本のパス回し。光明から番、影山と繋いで攻めに行く気配が感じられない。
「こらー!何やってんだ日本!延長戦に持ち込む気か!?」
「カテナチオが怖いのか!?攻めて行けよヘタレー!!」
「PK戦狙いとかやってんじゃねぇー!」
カンプノウのスタンドから、一斉に大ブーイングが飛び出す。
四方八方からの罵声等も飛んで来るが、全く気にする様子無く、知るかという感じで好き勝手に自軍でパスを回し続ける。
「(あいつら、攻めて来るかと思えば勢い捨ててパス回しだ!?ふざけてるのか!)」
攻めて来ない日本、それを見てイラつく数人のイタリア選手達。
「動くな!罠だ!」
クライスが叫ぶ。ゴール前から離れて向かおうとしている選手達に、あれは罠だと伝えていた。
普通にやったらカテナチオを破れない、それで弥一が入れ知恵をしたんだと予測。
焦らして守備を揺さぶる気なのだろうと。
「(何時来る?何時仕掛ける……!?)」
イタリアゴール前からリカルドが、注意深くフィールド全体を見ている。
残り僅かの時間帯に何処かで奇襲を仕掛けると、警戒を怠らなかった。
守備陣は集中力を途切れず、何時攻撃に転じて来るのかと身構え続ける。
だが日本は攻めない。パス回しは優也、明も加わりイタリアの前線からのプレスを躱す。
大きくなるブーイングの中、その時は来る。
『あーっと此処でホイッスル!後半が終了、0ー0で決着は延長戦に持ち越します!』
後半戦終了の笛が吹かれ、スコアレスのままで勝負はつかず。
Uー20ワールドカップはまだ終わらない。
田村「マジで寿命縮んだかもしれねぇ……」
間宮「初失点どころか試合が終わりかねない1点だったからな、あれは……すげぇ力入ってあっちぃ!」
詩音「皆さんー、こっちもハーフタイムで給水しときましょうねー!」
玲音「水分補給忘れずにー!」
川田「大門のおじいさんとか興奮してたけど大丈夫か?」
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