最後の最後に魅せる者
※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。
『時間は刻一刻と経過!スコアは0ー0のまま動かず後半30分が過ぎようとしています!』
『いよいよこれは、また1点勝負になってきましたね。決勝点が生まれないまま延長戦やPK戦になってもおかしくありませんよ』
大歓声の最中。日本とイタリアの激闘が続き、1点を狙おうと両者が攻め合うも互いの守備陣が奮闘。
リカルドの好セーブから、決定的シュートを許さないクライスを中心としたカテナチオ。
ディーンを弥一が徹底マークし、ランドやジージョ達に仕事をさせないアジアのカテナチオ。
どちらも難攻不落の牙城を築き上げ、どちらが先に崩落を迎えるのか。
『おっと、ディーン久々にボールを持った!』
このままでは攻めあぐねて終わると危機を感じたか、ディーンにボールを回すようイタリアの監督が前に出て来て指示。
弥一が付き纏ってもディーンなら力でなんとかしてくれる。圧倒的な彼の才能に賭けていた。
「(何時までも弥一ばかりに任せてばかりじゃないっての!!)」
ボールを持ったディーンに室が肩から強くぶつかりに行く。テクニックじゃ圧倒的に負けるがパワーと体格差なら行ける、力で止める気だ。
「うぉわぁ!?」
これで体格に劣るディーンが吹き飛ぶ。そう思われたがバランスを崩し、転倒したのは室の方だった。
近くで弥一は激突の瞬間を目撃する。左肩からぶつかって来た室をディーンは受け流し、いなしてしまったのだ。
弥一の得意とする合気道を応用したサッカー。それをディーンが使って来る。
「しばらく見ない間、様になって来てんじゃん!」
「おかげでな!」
再び始まる弥一とディーンのデュエル。
弥一がいなければ、こういう事は身に付かなかったかもしれない。
「アイキドウとはなんだ?」
ジョヴァニッシミでの練習場。そこで何時ものように1on1を終えた後、ディーンはドリンクを飲む弥一へと質問する。
「日本の武道だよ。力の弱い女性や子供が護身として覚えたりして、自分より体格の良い男相手にも上手く行けば倒せちゃうんだー」
ドリンクを飲んで息を整えてから、弥一は合気道について教える。
自分が元々小学校からやっていた事も。
「体格の良い……弥一が体格ある相手に上手く競り勝っているのはそれか」
「付け焼き刃じゃ上手く行かないと思うけど、僕これ何年もやってたからねー。そこは負けませんとも♪」
弥一のプレーを見てきたが、彼は不思議と体格ある選手と体がぶつかり合っても吹き飛ばされない。
むしろ相手の方がバランスを崩し、合気道を知らない者からすれば、見かけによらず力強く頑丈なんだと思うのが大半だろう。
そうではない。
合気道を使い、向かって来る相手を受け流しているだけだ。
柔よく剛を制す。弥一は文字通りの事を実行していた。
「どうやるんだ、そのアイキドウというのは」
「お、興味あるのー?カルチョ一筋のカルチョ馬鹿と言っても過言じゃないディーンが?」
「それしか興味無いみたいに言うな。どんなものか知れば競り合いに強くなる事へ繋がるだろうと思っただけだ」
「(やっぱカルチョ馬鹿だー)」
合気道に興味を持ったディーンに、弥一は合気道について軽く教える。
とはいえ道場や畳の上ではない。グラウンドで実際にやるのは危険なので、言葉で教える程度にしておく。
そこからディーンが合気道を習得するまで行くとは、弥一もこの時思っていなかった。
サッカーで+になるなら取り入れる、それがディーンだ。
「(お前が俺を強くしてくれた!レベルアップしているのがお前だけだと思うな!)」
「っ!」
この時間帯でも落ちないスタミナ。鋭く切り返したりと弥一を翻弄する。
抜かせまいと弥一も粘ってディーンに必死で食らいつく。
両者のハイレベルな争い。彼らのテクニックとスピードを前に、周囲の選手は入り込めなかった。
「(何であいつ、あそこまでやれるんや……!?)」
負傷交代で下がっていた想真。松葉杖を使って医務室からベンチに戻り試合を見ると、自分が全く敵わなかったディーンに対して、弥一は互角の争いをしている。
凄い、何故出来る、悔しい。
同じリベロで弥一と東西の最強を競い合ったりしたが、彼には一度も勝つ事が出来なかった。
自分の勝てない相手2人が争っているのを見て、想真の中で複雑な感情が渦巻く。
「弥一が凄い事は知っていたけど、まさかディーンとあんな戦える程とはね……」
想真の右隣で春樹が呟いた。
「あいつ手の届かない所行ってもうたわ」
「おや、彼にもう敵う気がしないとギブアップかな?」
「んなわけないやろ!今は、の話や!」
春樹の言葉に負けず嫌いの心を刺激されてか、今はと強調して想真は春樹の方を向いて言い切る。
「ホンマ悔しいけど今は敵う気がせぇへん。もっと上手く、強くなってあいつら纏めて泣かしたんねん……!」
ディーンだけではない。弥一にも勝って、今まで負け続けた借りを纏めて返してやろうと、彼の目に再び闘志が宿っていた。
「素直に上だと認められるのは凄い事だよ。こっちは意地になって認めるまで何年もかかってしまったからね」
少し前まで春樹も弥一を認めず、勝也に付き纏う奴としか思っていなかった。
今は素直に凄いプレーヤーと認めている。
「(勝也さん……見届けてくださいね。弥一のサッカーを)」
春樹の視線の先には弥一が置いたノート。崇拝する勝也の遺した物だと知った時には、込み上がる気持ちがあった。
勝也も見ているかもしれない。ベンチにあるノートの先に見えるフィールドで、弥一はディーンと競い合う。
後半も40分を過ぎ、選手にとっては最も体が重く辛い時だった。
此処で白羽、光輝も限界を迎えて優也と明が揃って交代で入る。
此処まで共に走り合い、デュエルでぶつかり合って来た弥一とディーン。
共に頬から汗が零れ落ちて、息も乱れつつある。
「どうしたの、ディーン辛そうだよ……!」
「人の事言えるのか弥一……!」
互いに相手の状態を指摘し合い、それでも足を止めずに2人は走り続ける。
「(此処までイタリアを無失点に抑えられてる。弥一がディーンを抑えてくれているおかげでそんな怖い攻撃は飛んで来てない……)」
日本ゴールマウスを守る大門。一度もイタリアにゴールを決めさせないまま、後半の終盤を迎えていた。
「(このまま行けば延長戦、その前にイタリアから此処で決められれば俺達の勝ちは一気に見えて来る……!)」
均衡を破る1点が入れば、それを考えると前に上がる事も考えたが、イタリアのカウンターが頭をよぎり佐助は上がれない。
中盤をボルグ、エルフリックと更に上がって来たトルク、サルクの双子も加わり終盤にイタリアは1点を狙い、大胆に前へと出て来た。
「(此処だ!トルクからボルグ!)」
イタリアの速いパス回しの中で、1つのパターンを見つけた影山。
読みが当たってトルクのパスを弾くと、光明がセカンドを拾う。
「走れぇ!!」
叫びながら光明は左足で、右サイドのスペースを狙ってロングパス。
そこに後半から入った優也が走る。
『取った影山!源田右へロングパス!日本カウンターだ!!』
「戻れー!!」
照皇をマークしながらクライスもまた叫ぶ。
これくらいのパスは、弥一から来るスパルタパスに比べれば優しい。
優也にとっては充分追い付く事が可能だった。
冬夜に劣らぬ速さでスプリント。優也がボールに追い付くと、視線の先はゴール前に走る照皇と室。
日本の2トップをノーマークするはずもなく、クライスとカランティがそれぞれマークしている。
「行かせるかっての!!」
そこにトルクも追い付いて来て、優也へ迫っていた。
追いつかれる前に、室の方を見たまま優也は中央へと、右のインサイドでボールを蹴る。
転がっていく先には、走り込んで来ていた明。
同じ立見同士で高い連携力を見せると、明はこの位置から思いきり右足を振り抜く。
側にはエルフリックも迫っており、捕まる前にミドルレンジから狙った。
豪快なシュートも得意とする明の右足。そこから放たれたボールは、イタリアゴールの左隅へ飛んで行く。
これにリカルドは既に反応し、地を蹴っていた。
スピードに乗ったボールを両手で掴み取る。またしても弾かず明のシュートも完璧に止めてしまう。
『緑山のシュート!これもリカルドがキャッチ!硬過ぎるイタリアのカテナチオ!!』
その時、ディーンが突然日本ゴールへと向かい走り出す。
「!」
急なダッシュに弥一も反応して追いかける。両者この時間帯で消耗したとは思えない走りとスピードだ。
「どらぁぁーー!!」
好セーブを見せたリカルド。息つく暇を今度は与えず右腕でスローイング。
これを取ったのは戻らず、中盤の右サイドに残っていたサルク。上がってしまっていた冬夜が彼を追って戻る。
「くっそ!!」
瞬時にスローイングを行ったリカルドに反応が遅れ、悔しい気持ちを吐き出しつつ冬夜は必死にサルクへ迫る。
『イタリアのカウンター返し!!時間はアディショナルタイムに突入!』
「!」
この時ディーンが日本ゴール前へ、弥一に追いかけられながら猛然と向かう姿をランドは見た。
マークしている光明の気配を背後で感じながら、彼は悪巧みを思いつく。
「サルクー!」
ランドはサルクへとボールを要求、その中で低めにとサインを送る。
サルクから見てランドの位置は左斜め前方、どうする気だと考える暇も無い。
要求通りに右足のグラウンダーで、ランドへとパスを送った。
自分に背を向けた状態でこのボールを受ける、光明がそう思った時。
「!?」
光明の顔が驚きに染まる。
パスを受けずにランドはボールを飛び越えてジャンプ、味方からのパスをスルーしてしまったのだ。
ボールは2人を抜けて日本ゴール前に迫る。
「大門ー!!」
走りながら弥一が叫ぶ。
その大門にも見えていた。自分のいるゴールへ必死の形相で迫る、異次元の魔術師の姿が。
凄まじい勢いで味方の2トップを追い越し、サルクの蹴ったボールが、DFラインの裏に飛び出したディーンまで来ている。
ランドが受けなかった事で結果、絶妙なスルーパスとなってしまっていた。
『あー!ディーン抜け出していた!危ない日本ー!!』
「(止める!絶対に!!)」
大門はゴールから飛び出し、ディーンへと接近。
近づく事でシュートコースを狭める狙いだ。
するとボールはディーンに渡る直前でバウンド。合わせるのがより難しい球になる。
それでも彼には何の関係も無い。
瞬時に飛び上がって、右足のジャンピングボレーで行く構えだ。
これに弥一も飛んで、左足を上げてブロックに向かう。
だが、ディーンはそれを上回った。
「!?」
右足で豪快に放つ、と思ったら右足でボールを上げて弥一を躱し、更に大門の頭上を越えていく。
誰もいない日本ゴール、導かれるように綺麗な弧を描きながら、何の障害も無く向かっていた。
初めて日本のゴールマウスにボールが入り、その瞬間にカンプノウは割れんばかりの大歓声が巻き起こる。
『き……決まった!決まってしまった!後半アディショナルタイム!最後の最後に異次元の魔術師ディーンが魅せた!!』
ゴールが決まった瞬間、弥一の心はぽっかりと穴が空いたような感覚に陥っていた。
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