多くのエールを受けて再び世界へと旅立つ
※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。
夏の総体が終わり、立見が連覇を果たして高校サッカーの夏大会は幕を閉じた。
部の歴史が浅い高校が夏冬と高校の2大サッカー大会を制覇、更に無失点記録を続けている。
高校サッカーの歴史に、立見が深く刻み込まれたのは言うまでもないだろう。
弥一はその中で予選も含めて全試合フル出場。最も厳しい夏の大会で大丈夫かと思われたが、当の本人はケロッとした顔で優勝インタビューを受けていた。
「あうぅ〜」
その弥一は自宅マンションの勉強机にて、机に突っ伏していた。
彼にとっては試合よりも疲れる勉強、これをするぐらいならフルタイム走り回った方がマシなぐらいだ。
しかし投げ出す事は出来ない。
「弥一君、後此処直すだけだから。後少し、アディショナルタイムだよー」
「あ〜、8分とか10分みたいに長く感じる〜」
弥一の家に輝咲が勉強を見に来ており、後少しと苦しむ弥一にエールを送る。
立見を卒業後、輝咲は大学進学や就職をせず、弥一の勉強を見る家庭教師を務めていた。
弥一の家庭教師に道場へ通って合気道の稽古。これが彼女の卒業した今の主な生活だ。
弥一の母、涼香は「輝咲ちゃんが勉強見てくれて助かるわぁ♪」と彼女の家庭教師をありがたく思っており、弥一と輝咲の交際も涼香だけでなく単身赴任中の父親にも伝えていて、2人の仲は両家で公認となっている。
「終わったーー!」
やっと勉強が終わった弥一は椅子に座ったまま、天井へと両拳を突き上げた。まるでゴールを決めた時のような喜びっぷりだ。
「お疲れ様、頑張ったね弥一君」
勉強を乗り越えた弥一に輝咲は優しく微笑んで、子供を褒めるように彼を労う。
「終わったから輝咲ちゃん、ご褒美ちょうだいー♪」
「分かってるさ」
辛い試練を乗り越えた褒美が欲しいとねだる弥一。輝咲は弥一の顔に自身の顔を近づけようと屈む。
2人の唇は重なり、甘い一時が訪れる。
やがて口が離れれば、弥一は輝咲の首の後ろに両手を回して抱きつく。
「へへ〜、癒し〜♪」
「フフ」
この恋人の時間が弥一にとっての褒美。子供みたいに無邪気な笑顔を見せる弥一に、輝咲も嬉しくなってくる。
2人の時間を過ごす機会は輝咲の立見卒業から増えていた。
「(多いであろう彼のファンの女子は知らないだろうな……彼のこういう姿を)」
普段はマイペースで美味しい食べ物に目がない。それが試合となれば陽気に仲間へ声をかけたり、笑みを消して勝負師のような顔を見せたりと彼には様々な顔がある。
今こうやって甘えてくれる姿は自分しか見れない、見せたくない。
これは恋人としての特権だ。
他の女に渡したくないとばかりに、輝咲は弥一をギュっと抱き締める。
「くー……」
輝咲に抱きついたままの弥一は何時の間にか眠りに落ちていた。
総体の全試合フル出場の疲れが今になって来たのか、それとも勉強疲れか、どちらにしても寝ているのは事実だ。
このまま放置には出来ないので、輝咲は弥一を抱き上げてベッドまで歩いて運んで行く。
180cmあってスポーツで鍛えた輝咲にかかれば、150cm足らずの弥一は軽々と運べる。
「(小さくて華奢……こんな体で君は日々大きな相手と戦い続けたのか)」
合気道を学んだとはいえ、小柄な弥一がより大きく強い肉体を持った男達を相手に、戦い勝ち続けている事実。驚くと同時に輝咲は心配だ。
もし避けられずに彼が大怪我してしまったら、あまり考えたくない可能性だった。
「(ちゃんと無事に、帰ってきてほしい……)」
今度のUー20でも勝ってほしいと望んでいるが、それよりも何の怪我もせず、無事な姿で戻って来る気持ちの方が大きくなる。
ベッドで静かに眠る弥一を見つめて、輝咲は彼の無事を祈った。
Uー20ワールドカップに向けてメンバーは改めて招集され、合宿が行われた。
最初の21人変わらず誰一人欠けることなく集まり、アジア予選で怪我を負っていた辰羅川や政宗も復帰して、元気な姿で練習へと励む。
日本のグループリーグに関してスポーツニュースで報道されれば、予選の結果を見て一番の要注意はカメルーンと見ていた。
なので日本は出来る事ならドミニカに勝利し、オランダには引き分け以上、カメルーンの前に勝ち点を重ねて楽な状態で臨む事がベストだ。
という内容を専門家は語る。
Uー20の勝敗予想、日本は何処まで勝ち進めるのか様々な予想が飛ぶ。
歴代最強の黄金世代だから優勝ある、という意見があれば彼らが活躍したのは小さな国際大会と同じ、アジアでの事だと意見する者も居る。
SNS上ではフランス国際大会やアジアカップを優勝しても、全員が優勝行けると見ている訳ではなかった。
「僕や大門が留守の間は川田がキャプテン、副キャプテンは水島、この2人に任せますー。皆留守の間よろしくねー♪」
Uー20日本の一員として日本から再び飛び立つ時が近づき、弥一は立見の部室前で集まる部員達へと、自分達が不在の間に代役を発表する。
同じ3年から川田と翔馬。どちらも1年から弥一と共に立見で戦ってきた実力者で、彼らになら任せられるだろうと皆で話し合って決めた事だ。
「お前らが留守の間もしっかり立見の連勝と無失点、しっかり守るから安心して行って来いよ」
「そうそう、ワールドカップなんて凄いビッグな大会出られるならそっち優先だって!」
川田、翔馬がそれぞれ言葉をかけて代表に選ばれた弥一、大門、優也、明へとエールを送る。
「立見の代表としてしっかり戦って来い。海外では特にコンディションに気を遣うようにな」
「監督から学んだ疲労回復で乗り切って行きますよー♪」
立見の女性監督、緑山薫。彼女からは主に効率的な疲労回復やコンディション維持と、厳しい日程を乗り越える術を教えてくれた。
厳しい高校の試合日程を乗り越えられたのも、彼女が教えた疲労回復を実行したおかげだ。
「何も心配しないでください神明寺先輩!留守の間しっかり勝ち続けてみせますからー!」
「立見の記録は破らせませんー!」
「おー、張り切ってて頼もしいねー氷神兄弟♪」
弥一に対して双子共に崇拝している詩音と玲音。弥一に憧れる後輩達は他にも数多く居るが、双子の熱は群を抜いていた。
川田や翔馬だけではない、氷神兄弟や半蔵達頼れる2年も居てくれている。
更に1年で実力ある生意気なルーキー京谷を筆頭に、優秀なプレーヤーは居るので、留守の間の予選やリーグ戦は彼らに安心して任せられるだろう。
「俺らも居る事、あいつら下手したら目に入ってないんじゃないか?」
「まあまあ、そんな事ないって」
小声で優也は双子達が自分達の姿は見えないのでは、と呟き大門がそれに宥めていた。
「じゃ、最後に明。皆に対して何か言葉かけてあげてー」
「え……!?いや、こういうのはキャプテンが締めるべきでは……?」
「僕もう言ったからー、それに僕のいない来年は君が後輩達の面倒見るんだよー?こういう機会も増えるだろうし、今のうちに練習練習♪」
突然の弥一の無茶振りに、明は驚く顔を浮かべて弥一を見る。グイグイと背中を押されれば明が皆の前へと立つ。
こうなったらもう勢いで言ってやろうと明は意を決する。
「……俺達は全部勝って来るから、皆も全部勝ってくれ。互いに全勝してまた会おう」
「おおー、全勝って事はワールドカップ優勝?良いね、ビッグマウスだねー♪」
「何か……勢いで言ってしまいました……!」
互いに全部勝とう、その言葉に部員達は盛り上がり結果として、明の言葉は良い刺激になったようだ。
すぐに下がった明に弥一は良かったと、明の肩をポンポンと叩く。
「(以前だったら人前で満足に言葉を発せられなかった子が、変わったものだな)」
弟の良い変化に薫は小さく笑みを浮かべ、監督を引き受けて立見に弟と共にやってきた事は間違いではなかったと、改めて感じた。
「ほあ〜」
「おー、よしよしフォルナ〜♪立見の留守は任せたぞ〜♪」
弥一の足元へと寄って来たフォルナ。弥一はしゃがんでフォルナの頭を撫でてあげる。
「フォルナの面倒とかも心配すんな、ちゃんと見るからさ」
側に居た摩央。彼も主務として立見サッカー部の一員で、彼とも1年の時から長い付き合いとなっていた。
「此処まで来たら、夏も制したしさ……高校サッカーと言わずUー20も全部勝っちまえ」
摩央なりの弥一への激励。普段はスマホを器用に操り情報収集や管理を務めるが、こういう所では無器用だった。
だが彼の気持ちは付き合いの長い弥一に充分伝わる。
「勝つからさ、待っててよ」
摩央に弥一は勝ち気に笑って勝つと言い切った。彼の方も負ける気など欠片も無い。
Uー20ワールドカップへの旅立ち前、弥一達は色々な人からエールを受けて力を貰っていた。
夏の猛暑が若干和らぎ秋が訪れる9月。日本を発つ日を迎えたUー20日本代表は空港で多くのファンに見送られながら、飛行機で決戦の地スペインに飛ぶ。
弥一の荷物にはしっかりと立見の部室から見つけた古いノート。勝也が使っていたノートを入れて、共に連れてく事を忘れなかった。
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