牙を剥く狼に対して狩人は煽ってやり返す
※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。
『キックオフ開始から牙裏、波状攻撃を見せて難攻不落の立見ゴールに迫りました!』
『良いですね、臆さずにゴールを奪ってやろうという気持ちが感じられますよ!』
大門がボールをキープし、一旦落ち着かせると右足のパントキックで思いきり蹴り出した。
国立競技場の冬の空へと高く舞うボール。滞空時間が長い大門のキックはセンターサークルを超えて、半蔵に向かう。
『石田と但馬が頭で競り合い、高い石田!』
192cmを誇る長身が跳躍した高さは但馬を凌ぎ、半蔵が頭で落とすと明がこのボールをキープする。
「.左右走ってる!両サイド気を付けて!」
牙裏ゴールマウスを守る五郎から見て、左右のサイドに居る詩音、玲音がそれぞれ走り出したのが確認された。
どちらかにボールが出されると渡辺、丸岡の両サイドを守るDFへと声を掛ける。
「(あるいは両方デコイ。この1年にも単独の突破があるしな)」
春樹は動き出すとドリブルに行く明へ向かう。
「(此処は……抜き去る!)」
明の目の前に立ち塞がる春樹。一対一のデュエルで突破を狙おうと、そのままドリブルで突っ込んでいた。
高速のシザースでボールを何度も跨ぎ、翻弄する中でボールの前に右足を出してブラインドにした状態。そこから左足で軽くボールをトンと動かし、右へ転がすと自らも右に移動。
その動きに反応し、春樹も同じ方向に動き縦の突破をさせない。
だがこれで終わりではない。そこから明は右足を踏み込んで素早く切り返し、今度は逆の左から突破しようとする。
「(それで手玉に取ったつもりか1年坊主!)」
「っ!?」
明のボディバランスあっての急な切り返しだったが、春樹はこれにも対応。
右足が明のボールを捉え、奪い取っていた。
「カウンター!!」
春樹がそう叫ぶと、川田のマークが付く前に佐竹へ春樹の右足による地を這う速いパス。
すると佐竹がそのパスを受ける頃に狼騎が再び動く。この動きに田村も気付き追走。
「(何度も好き勝手させるかよ!)」
立ち上がりにダイレクトクロスやシュートを撃たれて、立見ゴールを脅かしてきた彼をノーマークにするのは非常に危険。
佐竹から左サイドを走る狼騎の前へとスルーパスが出され、田村がスピードを上げてピッタリと狼騎の右に付いた時だった。
ドスッ
「かっ!?」
狼騎の右肘が田村の左胸付近に当たり、一瞬息が出来ない。そんな感覚に陥ってしまう。
田村の足が鈍ると狼騎はその隙に独走。ノーマークで佐竹からのスルーパスを受けていた。
「!(突っ込んで来やがった……!)」
狼騎が左サイドからのクロスを狙わず、斜めへとドリブルでゴールに迫る。間宮が止めようと向かっていた。
すると狼騎はドリブルで突破かと思えば右足を振り抜き、エリア外からミドルを狙いに行った。
「ぐっ!」
矢のようなシュートが立ち塞がっていた間宮の腹へと命中。間宮の顔が苦痛に歪む。
転がってセカンドボールとなった球。それに狼騎が驚異的な反射神経と瞬発力を発揮すれば、いち早く転がるボールに到達。
「や、やろ……!」
苦痛で蹲りたくなるのを根性で耐え、間宮は再び狼騎を止めに行く。
腹でも顔面でも何処に飛ぼうが、シュートを受け止めるという覚悟を持って。
だが今度は彼の体に痛みは無かった。
狼騎のシュートが間宮の左を抜き、立見のゴールへと速いスピードで強襲していく。
大門が反応し、ボールへと向かうが大門の手に触れる事は無かった。
弥一がその前に居て、狼騎の弾丸シュートを右足で蹴り返してしまったからだ。
これを目の当たりにした観客からは驚きの声が上がる。
ボールは大きく弾き出され、立見から見て左のタッチラインを割って出る。
『凄まじい攻防!立見、緑山からボールを奪取した天宮から佐竹、酒井へと繋がりシュートの連続!それを1回目は間宮が体を張り、2回目はなんと神明寺が直接蹴り返してしまうとスーパープレーが飛び出しました!』
「酒井も凄かったけど、神明寺がシュートを撃ち返すって……」
「いや、あいつは去年八重葉の工藤のゴールキックを撃ち返してゴール決めてんだ。それを思えば出来ても不思議じゃないだろ」
「ああー俺もそれ会場で見た見た!ひょっとしてまたそのゴール見れるんじゃね?」
今の弥一のスーパープレーを観客達が振り返り、去年の伝説が再び再現されるのではと期待が膨らんでいく。
「ち……!」
弥一にシュートを邪魔された狼騎。鋭い目つきで弥一を睨みつけた後、位置へと戻って行った。
「大丈夫ですか田村先輩!間宮先輩!」
立浪が2人の状態を心配し駆け寄る。それに他の近くの立見選手達も近づく。
「ゲホッ!あんにゃろう、肘入れて来やがった……ファールじゃねぇのかよ……!」
「つつ、多分死角になって見えなかったんだろうよ……」
肘を受けたりシュートを受けたりした田村と間宮だが、プレー続行は出来そうであり自分の足でしっかり立ち上がる。
「これで分かりましたよね。あの酒井狼騎ってラフプレーしてくるけど審判の死角を突いたり、またはそう見えないよう隠してやったりと乱暴に見えて実は計算してるって」
「身を持って体感したわ」
世間的に褒められた事ではないが、ラフプレーを上手く利用してくる。
弥一の言葉にそれを受けた間宮と田村が揃って頷いた。
「(まさか日本人で、それも高校生で巧みにラフプレーを躊躇なく実行出来る子が居たとはね……)」
スタンドで決勝戦を見守るマッテオ、彼から見て狼騎の仕掛けたラフプレーは分かっていた。それがいかに上手く審判を欺くものなのかも。
「(だが、今回ばかりは仕掛けた相手が悪かったかもしれない)」
視線は仲間と話す弥一へと向けられる。
ミラン時代から弥一を見てきたマッテオは思う。このままタダで済ませる彼ではないだろうと。
牙裏のスローインから試合再開。丸岡がスローインで投げて岸川が胸で、そのまま丸岡へ返せば春樹にパス。
これを春樹はワントラップして、左足で浮かせれば浮き球を右足で蹴り、左サイドのスペースを狙ったシュート並の強さで、パスを送っていた。
普通なら間に合わずタッチラインを割ってしまう。だが受ける相手が狼騎なら別だ。
彼は瞬時に反応すれば、瞬く間にスピードは最高速に到達。空いているスペースへと走る。
そこに狼騎の右隣に付いたのは弥一だった。
姿が見えた狼騎は先程の田村のように審判に見えない死角から、弥一の顔へと目掛けて右肘を当てに行っていく。
ガッ
「!?」
狼騎の表情が驚きへと変わる。彼の右肘は弥一の顔に到達する前に、左肘で受け止め防がれていた。
昔から合気道に慣れ親しんだ弥一だから可能な防御だ。
すると弥一はそれだけでは終わらず、狼騎からボールを奪い去っていく。
「っ!」
この時、一瞬狼騎の顔が痛みによって歪む。
刹那の出来事だった。
弥一がボールを奪う際に、狼騎の右腿裏付近へと膝蹴りで削ったのだ。
狼騎と同じく審判の死角を利用して。
弥一が大きくボールを蹴り出し、クリアすれば相手の陣地まで飛んで右のタッチラインを割ると、再びプレーは途切れる。
そのタイミングで弥一は狼騎の方へと視線を向けた。
「て、めぇ……!」
仕掛けられたラフプレーに狼騎は怒りの表情を浮かべている。獲物である弥一に削られたという屈辱を、決して忘れはしないだろう。
「存分に殺し合おうって夏言わなかったっけ?」
巧みなラフプレーが出来るのは狼騎だけではない。そう言わんばかりに弥一は睨む狼騎に不敵な笑みを見せる。
「自分がそういう目に遭うのもちゃんと考えないとね。でなきゃ……死ぬのはそっちだよ狼さん」
そう言うと狼騎とすれ違う時、弥一は彼の背中を軽くポンポンと叩いていった。
「小僧が……!!」
これに狼騎の闘争心、その火に油が注がれて燃え盛り、彼の目は弥一を捉えて離さない。
狼が狩るか、狩人が狩り返すか、国立のフィールドは彼らの狩り場と化していた。
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