密かに想いを寄せる相手
※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。
「綺麗~♪」
まるで自分達がその世界に居るかのような感覚。目の前に広がる世界を見て、弥一の目は楽しそうに輝いていた。
最近はCGによる技術の向上によって、それを使った派手な演出があったりするが、これはそれらの技術を何も使っていない。目の前に広がるのは水中で過ごす海の生物達。
弥一は今、水族館のトンネル水槽を通っていて、彼の周りにある水槽では魚達が集団で行動し、まるでダンスを踊るかのようにスイスイと泳いでいた。
「こういうのを見ると現実の世界を忘れそうになるね」
弥一の隣で輝咲も小型魚の群れを見て幻想的で美しいと、その光景を見て自然と笑みが出て、同じように水族館を楽しむ。
試合も学校も無い休みの日。何も予定が無かった弥一に輝咲から連絡が来て、都内にある水族館のチケットを2枚もらったので行かないかと誘われれば、弥一は何も迷わず遊びに行く約束をしたのだ。
他の友人や後輩は誰もいない、弥一と輝咲の2人きりでの水族館。彼は何時も制服やジャージにユニフォームという格好ばかりだったが、この日はいずれの格好もしておらず夏の涼しげな青い半袖パーカーを着ている。輝咲も夏に合わせ黒い半袖シャツの上に白い半袖上着という格好で、何も知らない女子が見れば高身長もあって、輝咲をイケメンと見るのがほとんどで弥一がその弟になりそうだ。
初見で高校生の男女と見られる事はそう滅多に無いだろう。
「大会や部活で忙しかったり取材まであったりしたから中々遊べなかったけど、こういう水族館来てみたかったんだー♪」
「それはこちらも誘った甲斐があった、喜んでくれて何よりだよ」
存分に水族館を楽しむ弥一。今年に入ってから彼の忙しさを輝咲はよく知っている。
選手権の優勝からテレビ出演にメディアの取材。新人戦やリーグ戦だけでなく今年はUー19日本代表にも選ばれていて、中々オフの日でこうして遊ぶような機会は無かった。
絶えずサッカーに関わる日々を過ごす事となっている弥一。たまにはそれらを何もかも忘れて息抜きしても罰は当たらないだろうと、輝咲は弥一を休ませようと誘い今日こうして共に過ごす。こういった心身共にリラックスの時間も大事だ。
「あっちにはペンギンが居るー♪」
水槽のトンネルを抜けると、ペンギンのゾーンを見つけて弥一はそちらへと進む。
「お、この帽子は可愛い。すみませんこれ一つください」
可愛くデザインされたペンギンのキャップが販売されていて、輝咲が見かけると一つ購入していく。
「おわぁっ」
ペンギンを観覧中の弥一に輝咲は後ろから迫ると、彼に先程買ったばかりのキャップを被せた。
「キミは今や有名人だ、大丈夫かもしれないけど一応軽い変装はしとくといい。あ、似合ってるなやっぱり」
先程買ったキャップは弥一へのプレゼント。サッカーファンの間でも神明寺弥一の名は広まっており、選手権で高校サッカーの歴史を刻む程の大活躍を見せたプレーヤーを知らないという事は無い。
ペンギンのキャップを被った弥一は年相応どころか、背の低さや幼さもあって小学生のように見え、ちょっとした変装にはなっている。
「輝咲ちゃんありがとうー♪」
明るい笑顔を見せれば輝咲に礼を言う弥一。そして2人は再び館内を移動していく。
「忙しいな弥一君も、何週間かしたらこの日本から離れてフランスか……」
「そうだね、予選の試合終わり次第すぐ行くつもりだよー」
再び水槽のトンネルを通って行く弥一と輝咲。今は水族館を楽しんでいるが、この時間が終わり明日を迎えれば、再び何時ものサッカーが主な日々が始まる。
5月末にはフランスの国際大会へ参加する、Uー19日本代表メンバーが発表。立見から弥一、大門、優也の名が読み上げられて彼らのフランス行きが決定していた。
だが彼らの方は立見で東京予選が残っており、長くて準決勝の試合終了以降の代表合流となって、仮に立見が決勝へ勝ち上がったとしても3人の欠場は確定だ。
準決勝が終わればすぐにフランスへ飛んで代表に合流。中々ハードなスケジュールとなっている。
「(高校で有名になり、次は世界か。どんどん遠くなっていく気がするな)」
今でこそ一緒に過ごしているが、いずれこういった事も出来なくなってくるかもしれない。輝咲はそんな気がしてしまう。
「あの、それでさー……」
「うん?」
その時、弥一は何処か言いづらそうな様子だった。何時もマイペースな弥一がこういう姿を見せるのは珍しい。言い淀んでいたが、弥一はやがて輝咲の顔を見上げて目を合わせる。
「僕フランスだけでなくインターハイも、その後の選手権も全部勝つつもりなんだ。それを達成出来たらー……」
「僕と、付き合ってくれる?」
「!」
弥一から輝咲への意を決しての言葉。今年の大会全てに優勝する事が出来たら付き合ってほしいという告白に、輝咲は驚く顔を浮かべる。
「弥一君、それって僕の事を……」
「うん……好き」
昔は同じ合気道の道場に通う友人同士だった。
そして時が経ち再会を果たして成長した2人。部活動など時間を共に過ごしていく内に弥一は輝咲に対して、恋心が芽生えていたのだ。
何時も王子のように凛々しく一生懸命応援してくれて、自分に弁当を振舞ってくれた彼女の姿に惹かれていき、今日この機会に彼は密かに告白を決意。
何時もはマイペースで、フィールドでは勝負師のような一面も見せる弥一だが、告白する彼の顔はほんのり赤くなっており、年相応の少年と変わらぬ姿だった。
対して輝咲の答えはどうなのか。試合の時よりも胸の鼓動を高鳴らせながら、その時を待つ弥一。
「駄目だよ」
「え……」
弥一の答えに対して輝咲はNOという返事。嫌われた、振られたかと弥一に絶望感が襲いかかって来る。輝咲の方はその意識が無くて、ただの片思いの一方通行だったのかと。
「代表で優勝にインターハイと選手権の両方で優勝、弥一君……僕はそこまで待てる程忍耐は強くない。僕としてはそうじゃなく今この場ですぐに付き合いたいという想いが物凄く強いんだけど」
「!?えー、それはえーと……つまり……?」
熱の篭った輝咲の言葉、真剣な眼差しで弥一の目をまっすぐ見て逸らさない。これに弥一は頭の理解が追いつかず混乱気味だ。
「そんな厳しい条件無しで僕は今すぐキミと付き合いたい。駄目かい?」
弥一の告白を断ってから輝咲からの逆告白。大会終わりまで待てず今付き合う事を望む輝咲。密かに恋心を抱いた弥一だが、輝咲の方はそれ以上に想いが強かった。
「……優勝してそれで格好良く告白しようかなって思ってたけど、うん……僕も可能だったら今この場で付き合いたい」
「じゃあ答えは決まったね、付き合おうか今日から」
全部の大会で優勝、女子への告白はそうして格好良くするつもりの弥一だったが、輝咲からすれば格好つけて優勝付きの告白はいらない。
想いを寄せる異性にはシンプルに好きだと伝える。それだけで充分だったかもしれない。
「ふふ、僕は実は結構欲深いから覚悟してくれよ弥一君?」
「何か怖いなぁそれ~」
再び水槽のトンネルを通る時には、弥一と輝咲は互いの手を繋ぎ指を絡める恋人繋ぎで共に歩いていた。
小型魚の群れは2人の新たな門出を祝うかのように渦巻いており、最後にはハートの形が出来ていく。
後にそれはSNSで取り上げられ恋人のデートスポットとして、トレンド入りするようになったという。
「遅いよ遅いよー、マシンスピードもっと上げて良いからー♪」
翌日の部活。午後の練習でサッカーマシンから放たれる、高速の弾丸グラウンダークロスを弥一は反応してクリアして行くと、もっとマシンスピード上げるようにと要求。
「え、ええー?これもうMAXなんですけど……」
マシンを扱う1年の後輩はこのクロスをクリアした弥一に戸惑う。スピードだけで言えばプロが放り込むようなボールのはずで、他のDFが弾き出したりFWが合わせるのに苦戦していた中での事だった。
「何か弥一、何時もよりノってないか?」
「うん……何かあったのかな?」
水族館であった事は当然知らない摩央と翔馬。ただ見て分かるのは何時もより弥一が張り切っていて、更にルンルンとした楽しい感じが伝わるという事だ。
調子を上げた弥一は立見と共に次は準々決勝。昨年の総体予選の決勝で戦った桜王が相手となり、2回戦に続いて名門との試合を迎える。
弥一「という訳で今日から僕達お付き合いする事になりました♪」
輝咲「急な事で多分驚く人多いかもしれないけどね、暖かく見守ってくれるとありがたい。勿論彼の応援もしていってくれると嬉しい、僕も全力で応援するから」
弥一「次の桜王戦張り切って行くよー!」
宜しければ、下にあるブックマークや☆☆☆☆☆による応援をくれると更なるモチベになって嬉しいです。
サイコフットボールの応援、ご贔屓宜しくお願いします。