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小声な彼が抱える心

※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。

「ふあ~……行ってきま~す」



 早朝でまだ空が薄暗い。雀が朝に鳴き始める前に、弥一は自宅マンションから出て来てエレベーターのボタンを押していた。



 朝練がある時は大体眠気が残っていて、寝心地の良い布団から誘われる二度寝の誘惑との戦い。通学の電車で眠れば良いと言い聞かせて、戦いには毎回なんとか勝利を収めており、今回も魅力的な誘いを振り切るのに成功した所だ。




 エレベーターを待つ弥一、何時も通りの朝。



 だが今日は何時もと違い眠そうな弥一に声をかける者が居た。




「神明寺」



「ん……?」



 眠そうにしながらも自分に声をかける者に気付き、後ろを振り返る。希に朝のゴミ出しで同じマンションに住む近所の人と会って、挨拶を交わしたりはしているが明らかに声はその人とは違う。つい最近に聞いた覚えのある女性の声だ。




 後ろを振り返った弥一は一瞬にして眠気が吹っ飛んで、目を見開くぐらいに驚いていた。




 弥一の後ろに立っていたのは、立見に新しく就任した女性監督の緑山薫、隣には弟の明の姿もある。








「まさか引っ越した先にキミが居るとは思っていなかった、流石に驚いたな」



「驚いたのはこっちですよー」



 行き先は共に一緒なので弥一は緑山姉弟と立見を目指して、早朝の桜見町を歩き駅を目指す。



 彼らは元々違う場所に住んでいたのだが、立見にそれぞれ通う事が決まって桜見に引っ越しており、互いに一緒のマンションに住んでいると知ったのは今日が初めてだ。


 この前の黒スーツと違い薫は黒いジャージ姿で頭には黒いキャップ、立見の監督としてチームを見るようになってからはこの格好だ。



 日本代表経験を持つ元女子のプロと、高校で最も注目されている選手が同じマンションに住んでいる。それだけでマスコミから興味惹かれそうなので、あまり公にはしたくない事実だった。




「ああ、2人とも。私は手洗いに行くから先に電車乗っててくれ」



「ん……分かった、姉ちゃん」



 駅前に到着すると此処で薫とは別行動。弥一は明と2人で電車へと乗る事になった。




「(監督の自分が居ると僕達2人で話しづらいと思ってそうしたのかな)」



「……」



 駅のホームで電車を待っていれば、間もなく立見行きの電車が到着し2人は乗車。座席へそれぞれ腰掛けると、弥一は明に話しかける。





「立見に入って来た1年の皆って中学時代に優勝や準優勝したりとしてきたけど明も何かそうだった?僕その辺りちょっと疎くてさー」



「……いえ、氷神兄弟や石田達みたいな活躍なんて俺はしてないです。中学の公式戦出てないんで……」



 ドイツ留学の経験を持っていてポテンシャルの高さを練習で見せた明だったが、中学時代に公式戦は出ていない。あの実力なら試合に出てもおかしくないはず。




 そう語る明の表情は暗く、明らかに過去に何かあったような顔だ。



 普通なら何があったのか気になって聞くか、重い過去を持って聞かれたくないかもしれないから聞かないでおく。主にこの二択だろうが心を読める弥一なら別だった。



 無理に本人からは聞き出さず、彼の抱える心の奥底を覗き込んでみる。




 元々姉である薫に憧れてサッカーを始め、その薫から教えてもらった事もあり上達は速かった。周囲も姉に続き彼もサッカー界に羽ばたく存在となってくれるだろうと、期待されていたが現実はそうはいかない。




 サッカーの実力はあるが、人と話す事が得意ではなく大きな声を出すのが苦手。それでチームメイトと息が合わない事があったり、監督やコーチも声をもっと出すように言うが明はそれを直せず、小学生時代に所属していたクラブではレギュラー落ちしてベンチを温めるばかり。



 中学に上がると、かつて薫が所属していたドイツの女子サッカーチーム。その関係でのコネがあってドイツへと渡り、地元チームのユースに加わる事が出来た。



 ドイツのサッカーと触れ合い実力を伸ばしていき、変わらずコミュニケーションに難はあったが歳を重ね、成長して改善の兆しは見え始める。



 そんな矢先に突然明の居たチームが解散して、親しくなりつつあったチームメイトとも別れてしまう。ドイツで行き場を失った明は日本に帰国するしかなかった。



 日本へと戻り何処か再びクラブチームに入るかと考えもしたが、日本でチームメイトと息が合わなかった事、声を出せずレギュラーから外された事が頭をよぎり、悩み苦しむ。



 留学でそれは少しはマシになったつもりでも、幼い頃の事は強く頭に残ったままだ。その彼にある日姉の薫から立見の監督になると聞かされて、他に行く所が無いなら行ってみないかと誘われる。



 立見については知らず、明は立見の試合を動画でチェックしていて驚いた。



 創部から僅か数年の上に顧問の先生が居るのみで、監督やコーチらしき人物がいない、にも関わらず全国優勝、それも全試合無失点。これだけで充分歴史に残るものだが、強く歴史を刻み込む事を確定させたのは決勝戦で唯一決まった1点だった。



 絶対王者の八重葉学園相手に、弥一が決めたゴールキックからのカウンターシュート。



 見た瞬間にドクン、と強く心臓が跳ねる。



 ドイツでプロの試合を間近で見てきたが、誰もこんなゴールは決めていない。自分よりも小さくか細い感じなのに、堂々と高校最強の相手と渡り合っている。


 気づけば明は片っ端から立見の過去の試合を見続けて、気づけば公式戦の試合を全部見て追いかけていた。





「……神明寺さん?」



「ん?あー、ごめん。眠気残ってたかなぁ、ちょっとボケーっとしてた♪」



 長く明の心を覗いていた明からは、弥一が急にボーっとしているように見え、何かあったのか少し心配になりつつあったようだ。



 それに対して弥一はなんでもないと、何時ものように明るく笑って答える。




 彼の抱える心は分かった。声を出すのが苦手で、人と話すのがあまり得意ではない。かと言って人と仲良くしろと声を出せと強制したら、彼の才能を引き出す事が出来なかった指導者と同じだ。



 過去に弥一はコーチングの大切さについては勝也から教わっており、ドリブルやシュートと同じぐらいに声を出すというのは、大事な技術の一つだと理解している。それを声が出せない彼に教えた所で、結局は声を出せと言ってるようなものだろう。




「ねえ、明」



 その明へと弥一は言葉をかける。




 そして彼らを運ぶ電車は目的地へと到着し、共に降りて再び歩き出す。







「おはよー」



「っす……」



 立見のグラウンドへと着くと弥一は何時も通り挨拶。一緒に来た明は小声で挨拶していた。




「おう、弥一って例の弟君も一緒か」



 川田は弥一に気づいて片手を上げて挨拶を返すと、傍の明に気付き珍しそうに見る。



「偶然一緒になってねー、それで一緒に来たんだよね?」



「あ、はい……」



 あえて住んでいるマンションで会った事は伏せておき、弥一は川田へと出会った事を説明すれば明も察して弥一に合わせた。別に嘘は言っていない、弥一と緑山姉弟が朝に出会ったという偶然は本当なのだから。





「良いなー、神明寺先輩と通学一緒だったなんてー」



「ねぇねぇ、何か珍しい話聞けたー?イタリア留学の話とか」



 練習着へと着替えていると、詩音と玲音が明に弥一と2人で居た時の事を言ってきて、弥一がどんな話をしたのか聞き出そうとして明に迫っていた。



「……特に、何も……ただ一緒だったってだけで」



「「なんだぁ」」



 明にだけ何か珍しい事でも話したのか期待したが何も無いとなって、双子はそれぞれ練習着へ着替えて先にグラウンドへと出て行く。




 何時も通り朝の合気道も織り交ぜての、立見式朝練を今日もサッカー部はこなしていき、朝練が終わって午前の授業、昼休み、午後の授業と経過し校内に終了のチャイムが鳴る。





「事前に伝えた通り今日は紅白戦を行う、それぞれチーム分かれてくれ」



 部室のある旧グラウンド前に部員達が集まる中で彼らの前に薫が現れ、紅白戦を始める事を告げられる。



 チーム分けの方も既に伝えられていてそれぞれが動き、チーム通りに集まっていく。




 片方は2年と3年のチーム、そしてもう片方は1年のチームだ。



 その2年と3年に弥一や間宮といった、選手権で活躍したレギュラー達の姿は無い。主に公式戦に出ていない者達を中心に編成されたチームだった。




「こっちは急造チームで向こうは立見で長く練習を積んでいる先輩達だ。神明寺先輩や間宮先輩達がいないとはいえ実力は侮れないはず、連携力も向こうが高い事が想定されるから苦戦は免れそうにはないな」



「でも此処で先輩達に勝っちゃえばすっごいアピールになっちゃうよね?」



「神明寺先輩の前で良い所見せられるからねー」



 公式戦に出ていないが実力はあって、連携も急造で組まれた自分達より高いはずだと半蔵は相手チームを警戒。一方の詩音と玲音は相手の先輩達を倒して下克上を狙っている。


 此処で先輩相手に勝てばレギュラーへのアピールに繋がるはずだと。



「頑張ってこうぜー!」



「……ん」



 三笠から声をかけられると明は小さく頷き、高校生となってから初の試合へと臨む。

摩央「次は新人達が活躍かな?」


弥一「後輩君達しっかりねー、皆に覚えてもらえるよう頑張れー♪」


大門「皆ファイトだー!」


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