選手権決勝のハーフタイム
※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。
八重葉 ロッカールーム
「あいつら強度上がってないか?」
椅子に座りミネラルウォーターのボトルを手に持ったまま、村山はふと思った疑問を浮かべると口にする。それを聞いた他の休んでいる八重葉メンバーも「やっぱそうか」に「だよなぁ」と同じ事を思っていたのか、村山に同意していた。
強度は強烈、強さ、集中力などサッカーでプレーの強さや激しさを指しており、インテンシティとも言われている。
少なくとも春やインターハイで立見と試合した時は、両方出ていた村山にとっては立見の強さが明らかに以前と違って感じていた。
「俺もやりづらいなと思っていた。豪山と競り合う時とかに」
それは豪山をマークして競り合っていた大城も同じだ。持ち前のパワーや高さで抑えてはいるが、簡単とまでは行っていない。
大型FWはこれまで数多く相手にしてきて抑えていたが、今回はぶつかり合って強いというのが伝わって来る。
「滅茶苦茶筋トレでもやってきたのか?けどそこまでがっちり筋肉付いてる感じ無かったしなぁ」
佐助は腕を組んで考え込むが、立見の体型を見る限り全体的に細く見え、体格なら日頃から鍛え上げている八重葉の方が上回っているはずだ。
だが皆は立見との競り合いを簡単に制する事が出来ずにいる。振り返って見れば彼らは初戦で、フィジカル軍団と言われた強豪の海塚を相手に競り勝ってきた。
「あ、そうだ。あの時に照皇が言ってた武道を応用した競り合い……あれか」
村山は海塚との試合を見ていた時に、照皇が武道のような動きだと立見のプレーを見て気付き、それをハッと思い出す。
「けど分かっていても俺ら武道に対する対策なんか練習してないですよ?」
「確かにそのような相手を想定しての練習は八重葉では無いな」
日頃から八重葉の厳しい練習をこなしてきたが、政宗はそれを振り返る限り武道を取り入れた相手への対策について、練習をした覚えが無い。それは去年からストイックに努力し続ける照皇も同じであり、政宗に同意するように頷く。
おそらく八重葉のこれまでの歴史の中でも武道を取り入れて、サッカーへと活かす相手に具体的な対策はした事が無いだろう。その証拠に八重葉の監督も立見への対策をどうすればいいか、頭を悩ませている。
「関係ないでしょ、相手が武道を使おうが何しようが」
皆が考える中で壁に寄りかかり、ペットボトルの水を飲んでいた龍尾が口を開く。
「今まで八重葉を相手に数々の策を仕掛けて来た奴ら、それに対して八重葉は力で粉砕してきたんだから。あれこれ考えるより普段通りの力で対抗すれば良い、自力で高校最強の八重葉を超える高校チームはいない」
「万が一抜かれてもこの俺がゴールを許さないんで、ビビらず思いっきり攻めときましょうや」
水を飲み終えて不敵に笑う龍尾。これまでの実績や自らの実力による言葉。
何本でも何十本でも撃たれようが全部止めきると、彼から絶対的な自信が溢れていた。
後ろにこれ以上無い頼れる守護神が居る強み。その存在が選手に安心感や自信を持たせていく。
「次の45分、これで決着をつける。優勝旗を静岡にまた持ち帰るぞ!」
「おおー!」
大城が言葉をかけるとチームの士気は増す。後半に向けてそれぞれ気合を入れて再びフィールドへと向かい、ロッカールームを出る。
その中で月城だけは1人でぶつぶつと呟いていた。
「神明寺……立見……ぜってぇぶっ潰してやるからなこの野郎……俺を雑魚といった落とし前付けさせてやる……!」
先程煽られた弥一への敵意が剥き出しとなっており、立見を自分の手で粉砕しないと気が済まない。それだけ彼の心は荒ぶっていて、そのままフィールドへと足を踏み入れて行く。
立見 ロッカールーム
「好評だったので今日も蜂蜜レモン水持って来ました~♪」
「わー、待ってましたー♪」
ロッカールームへと戻ってきた立見の選手達に、彩夏達マネージャーが最神との試合でも選手達が美味しい、そう言って飲んでくれたミネラルウォーターに蜂蜜レモンを漬けた特製ドリンクを決勝でも用意してくれた。
真っ先に嬉しそうにドリンクを受け取る弥一を筆頭に、次々と皆がそれを受け取り、皆で蜂蜜レモン水を飲んでいく。
「はあ~、やっぱうんま~♡」
「うめぇ~」
水分補給だけではない。消耗した糖質とビタミンCの補給、数々の役割をこなす効果のある蜂蜜レモン水は、サッカーのハーフタイムで飲む物として向いている。
美味しさもあるので厳しい試合を戦う選手達にとって、心のオアシスにもなってくれていた。
「此処まで0-0、ただ攻撃は凌げているけど得点の方をどうするか」
蜂蜜レモン水を飲む中で成海は後半に向けての作戦を考える。合気道の練習を取り入れて立見は予想以上の力を付けてきた。
それでも八重葉からゴールを奪うまでには至っていない。
互角に戦う事は出来ている。更にそこからどうすべきか、それぞれ考える中で口を開く者が居る。
「後半は右サイドからガンガン行くと良いですよー」
「右?ってあそこ月城が守っている所だぞ」
蜂蜜レモン水の水筒片手に弥一は挙手して提案。
スピードあって守備技術も兼ね備える月城のゾーンは厳しく、左から錦の守るサイドを攻めるのが確実じゃないかと疑問を持ち、川田は弥一の方を見つつドリンクを飲んで発言する。
「だからだよ、しつこく月城にガンガン突っかかって行く。それはもうあっちが疲れてヘロヘロになるぐらいにね」
錦より月城の守るサイドの方が堅く、厄介である事は弥一とて百も承知だ。
「弥一、まさかさっき月城を煽っていたのって……」
先程わざと声を大きくして月城に聞こえるよう煽っていた事。それを大門は蜂蜜レモン水を飲み終えて、思い返していた。
あそこから作戦は始まっていたのかと。
「後半は八重葉自慢の左SDFぶっ潰し作戦、これが良いと思いますよー♪」
心理戦で月城を煽り、後半は向こうも立見を潰そうと自ら動いてくれる事だろう。
まともにぶつかっても王者に隙が無いのなら元々ある僅かな綻び、それを徐々に破壊して大きな穴を開けて攻めるまでだ。
「また八重葉が0-0……やっぱ立見、強いんじゃないかこれ?」
「けど勝つって!八重葉には照皇と工藤の天才2人が揃ってんだ。プロのチームでも来ない限り高校生どころか大学生でも勝てるかよ!」
「そうそう、なんだかんだで勝ちだろ!」
八重葉が今大会初めて得点出来ないまま、ハーフタイムを迎えてざわつく者はいたが大半は八重葉の勝利を予想している。
天才と言われる照皇や龍尾、更に優れた選手達を数多く揃えた八重葉のチーム力。これに勝てるのは日本のトッププロぐらいだろうという考えが飛び交う。
「むー、皆八重葉の勝利予想ばっか。立見が勝つかもしれないのにー」
「あくまで予想だからあれは、どっちが勝つかはあいつらが証明してくれる。俺らはそれを応援しよう」
「全国出た事無いけど野田の兄ちゃん良い事言うねー」
「一言多いな……!」
周囲の勝手な予想を聞いた桜見の1人が頬を膨らませて、怒っている仕草を見せれば野田はその子の肩に手を置いて、落ち着かせる。
選手権の2回戦以降に仲良くなった野田と桜見の子供達。こうして共に観戦して立見の応援をするのが、すっかり当たり前となっていた。
自分を立ち直らせてくれた立見。そしてゴールを守る友の応援の為に、野田は選手権最後の試合を見守る。
「(此処まで互角……弥一君、全国制覇までもう少しだ。行け立見!)」
そして野田と同じく立見の応援スタンドで見守る輝咲。弥一や立見の勝利をこの目で見ようとフィールドを一点に見つめている。
校内では人気の王子として主に女子から注目されているが、今日は立見の勝利を信じて見守るサポーターの1人だ。
「……」
一般の応援席の中に英国紳士を思わせる格好。茶色い帽子にスーツの上にロングコートを着た人物。
息子の応援か、龍尾の父親康友が今日の決勝戦を見に、訪れた姿に気付いた者は周囲にいない。
彼はただ黙って腕を組んで試合を見守るのみだ。
多くの者が様々な想いで試合を見守る中、フィールドに再び選手達が姿を見せて来た。
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