エールを受けて挑む決勝戦
※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。
1月8日
高校サッカーの選手権決勝がこの日行われる。試合を見に行く高校サッカーファンは王者が勝つのか新鋭が勝つのか注目しており、SNSではなんだかんだで八重葉が勝って連覇だと言う者が居れば、立見が新時代を切り拓くと言う者も少なからず居る。
試合前の予想では八重葉が勝つという予想が多い。これまで圧倒的強さを見せて勝ち続けたので当然だ。
そんな注目集まる選手権の決勝に出る選手が、桜見の大きな公園で1人スマホに触れてベンチに座って過ごす。彼を知る者が居たら誰もこんな場所にいる訳がないだろうと、目を疑うかもしれない。
厚手の赤いコートに身を包み寒さを凌ぐ弥一は朝の10時に、この桜見運動公園へと来ていた。
「あ、輝咲ちゃーん」
「ごめん弥一君、遅れてしまったね」
「こっちも来たばっかだから大丈夫だよー」
ある人物との待ち合わせの為、弥一が待っているとベンチへと歩いて来る人物がやって来るのが見え、手を振り此処だとアピール。
白いダウンジャケットを着た輝咲が弥一の前に現れて、遅れた事を謝れば、弥一は待ってないと陽気に笑って気にしないと言い、ベンチに座るよう勧める。
2人は昨日の夜スマホでやり取りしており、今日朝のこの時間に会えないかと輝咲に言われた。選手権の今日の試合は2時から。会場入りは午後からの予定なので、それまでに競技場へ行けば大丈夫だろうと弥一は会う事をOKと返事。
「今日の試合に臨むキミへのエールとして、こういう物を作ってみたんだ」
そう言うと輝咲は自分の白い鞄から青い風呂敷を取り出す。輝咲がその風呂敷を解くと、中から弁当箱が出て来て弥一へと輝咲が手渡した。
弁当箱は弥一の手を通じて暖かさが感じられる。最近の弁当箱は保温効果のある優れた物があって、輝咲が持ってきた物もその一つだ。
弥一は暖かい弁当箱の蓋を開けると、そこにあったのは丸い形をしたおにぎりがあって海苔は無く、代わりに鮭のふりかけがかかっている。
「わー、美味しそうなおにぎりだー♪」
「試合前のアスリートにはどういう物が良いか僕も調べてね、試合の3、4時間前に適した食事で用意出来そうだったのがこれだ。海苔も巻こうと考えれば海苔は消化に時間がかかると分かり、キミの負担になりそうなので避けたよ」
ただ弁当を作るだけではない。弥一の試合当日の体を考えて輝咲はこのおにぎりを作っていた。彼女も競技は違えど同じスポーツの人間なので、栄養には気をつけて食事がいかに重要なのか分かっている。
だから今日の試合午後2時に合わせて朝10時。試合開始4時間前で弥一に弁当を届けたのだ。
「ねえねえ、食べて良い?」
「勿論、その為に持ってきたんだから食べてほしい」
美味しそうなおにぎりを前に食べたそうにしている弥一。その姿にお預けを食らっている小動物みたいで可愛く見えて、微笑ましく思いつつ輝咲は弥一へ食べるよう勧める。
周囲から見れば長身でボーイッシュな輝咲と、小柄で幼い感じの弥一の組み合わせは兄弟と思われそうで、高校生の男女だとは中々見られない。
「いっただきっまーす♪」
弥一はふりかけのかかったおにぎりを一つ手に取ればかぶりつく。
輝咲の手によって丁寧に握られたおにぎり。白米に鮭ふりかけの味付けが加わり弥一の味覚に美味しさが伝わって来る。
「これ美味しい~♡輝咲ちゃんこういうおにぎり作れるんだねー」
「検索しながら作っただけだよ、キミの口に合うようで何よりだ」
普段美味しいものに目がない弥一。輝咲の作った手作りのおにぎりは栄養が考えられてるだけでなく、美味しさもある。
おにぎりは試合前の栄養補給に適しており、一個に消化は2時間かかると言われ、用意されたおにぎりは2個だ。1個目をあっという間に平らげれば、弥一はすぐ2個目を食べ始めていた。
「弥一君、こっちはデザートにどうぞ」
輝咲はもう一つ鞄から弁当箱を取り出す。こちらはおにぎりのと違ってひんやりしている。
2個目のおにぎりを美味しく頂いた弥一はデザートだと言う、弁当箱の蓋を開けてみると、中にはいちごが入っていた。
「いちごだー♪」
「試合前で緊張するとビタミンCの消耗が激しくなるって聞いてね、大事な決勝戦だ。少なからず緊張はあるだろうと思い美味しさも兼ねてこちらを採用させてもらったよ、苦手ではなかったかな?」
「フルーツの中で一番好きだよ~♪」
ビタミンCを考え、更に美味しさを求める彼の事も考慮していちごを輝咲は持ってきた。これで苦手だったら自分が食べるしかなかったが、フルーツで一番好きだと明るい笑顔で答えて、弥一は一粒のいちごを手にすると口にほうばる。
「あ~、このいちご好き~♡おにぎりの後にこれ美味しい~♡」
甘酸っぱいフルーティーな香りを鼻で楽しみ、鮭ふりかけのしょっぱさを味わってから食後のいちごはとても甘い。
決勝前に届けてくれた輝咲の弁当は、とても良いリラックス効果となってくれた。
「はー、美味しかったー♪」
弁当を残らず平らげて満足そうな弥一。時間はそろそろ午前11時を回る所だ。
「喜んでもらえて僕も嬉しいよ、弥一君や立見には勝ってほしいからね」
サッカー部に所属していないが、輝咲はサッカー部に合気道の指導をしてきた身。つまりコーチ役だ。
合気道のおかげで柔軟性、正座で体幹など様々な部分が鍛えられていた。強豪校のようなサッカーの名監督やコーチによるトレーニングとはまた違う練習、それは全国の決勝にまで導いてくれる程の物だと証明された。最も輝咲の指導についてはメディアで公表してはいないし、言ってもいない。
「勝つよ、歴代の八重葉で最強と言われる軍団にいい加減土をつけさせないとね」
弥一の頭に浮かぶ、高校サッカー界の白きユニフォームを纏った最強集団。彼らに負けた時の事を1日も忘れてはおらず、やり返す機会をずっと待っていた。
高校サッカーの聖地と言われる国立、そこでの選手権決勝戦。これ以上無いぐらいに舞台は整っている。
「僕もスタンドで応援させてもらうよ、立見の優勝をこの目で見てみたい」
「嬉しいねー♪それは何時もより張り切っちゃおうかなー」
「おいおい、張り切り過ぎて怪我なんていうのはやめてくれよ?何時も通りの弥一君でサッカーすると良い」
ベンチから立ち上がれば弥一は空を見上げ、両手を突き上げるポーズをとる。張り切ってる感じに見せれば輝咲は苦笑しつつ、何時も通りの弥一で良いと怪我だけは無いように内心願った。
「あ、そろそろ行かないと」
「それじゃあ会場までエスコートしよう」
「あはは、本来それ男の努めなんだけどなぁー」
「僕のエスコートは不満かい?」
「ううん、お願いしまーす♪」
11時を過ぎ、そろそろ会場に向けて移動した方が良いと、弥一はスマホの時計を見て判断。輝咲も行き先は同じなので共に向かう事となり、2人は並んで公園の出口へと向かい歩き出す。
電車の乗り換えを2度行い、最寄り駅へと到着すれば時刻は12時前となっていた。
今日が国立競技場での決勝戦となり駅は大勢の人が沢山見えている。此処で弥一が立見のジャージを着ていたら、目立って注目の的だったかもしれない。
今の弥一は私服でその上黒い帽子を被り、サングラスまでしていて変装の状態。自分に注目浴びて、輝咲まで巻き込まない為にその格好をしている。
おかげで誰も弥一だと気づく者はおらず、輝咲と共に駅前まで無事に出て来られ、もう会場は目の前だ。
「じゃあ僕はスタンド行くよ、決勝での立見勝利を願っているよ」
「うん、お弁当ありがとうー♪」
輝咲は関係者ではないので一般の入場口から向かう事になり、選手である弥一とは此処で一旦別れる。最後に弥一へとエールを送った後に輝咲は歩き、弥一も合流の為チームの元に急ぐ。
「おい、弥一なんだその格好!?」
「色々あってこうなっちゃいまして、とりあえず急いでジャージ着替えますー」
スマホで合流場所は分かっていて弥一はその場所へ急ぐと、既に立見の面々がそこに居た。間宮が私服の弥一を見て指差せば、弥一は変装を解いて立見ジャージに着替える。
「はい、弥一君の分のカステラですよ~」
「ありがとうー♪やっぱ試合前はこれだよねー」
彩夏からカステラの包みを受け取れば会場へ入り、ロッカールーム入ってから食べようと楽しみにしていると弥一のスマホが揺れだす。
立見のロッカールームへ入り弥一はスマホをチェックすると、そこにはメッセージが届いていた。
「八重葉への挑戦権はお前にくれたる、俺を蹴散らしといて決勝負けたら承知せんからな!」
最神として準決勝で戦った想真から、彼なりのエールを弥一へと送っている。この文面を見て弥一は返信を打っていく。
「ちゃんと勝つから大丈夫だよ泣き虫君♪」
「誰が泣き虫や!次は絶対お前泣かしたる!」
返信から1分も経たない間に想真から返って来て、弥一は思わず笑ってしまう。
想真や最神も打倒八重葉を目指し戦ってきた。その彼らの想いも背負い、立見は戦うだろう。
「アップ行くぞー」
成海の言葉を受けるとロッカールームを出て、決戦のフィールドへ最後のアップに向かう立見一同。
入場口付近まで来ると、彼らと同じ目的でフィールドに出る者達と出会う。
白いジャージに身を包んだ集団、その姿を忘れる訳がない。
高校サッカー絶対王者の八重葉学園、照皇や村山に大城。更に仙道兄弟と一昨日負傷退場とされた月城の姿もある。
「よお、初めての全国決勝にようこそ立見の諸君。てのは偉そうになっちまうかな?」
そして一番後ろに居る龍尾。彼は不敵に笑って立見に対して、偉そうに言った後におどけるような仕草をする。
弥一はその姿をただ何も言わず見据えていた。全国制覇への最後の壁となる存在を。
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