天才の力
※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。
「王者も気が緩む時あるのかな、珍しく単独突破許してる」
「峰山と鳥羽の奇襲となると八重葉も簡単じゃねぇって事か。あいつらのテクニック凄かったし、今回の選手権も2人が攻撃の主力でチームを引っ張ってる。その上去年に負けてんだ」
「やり返したい気持ちも上乗せ、か」
差し入れの豚キムチ炒飯を平らげて、食後のお茶を水筒で飲んでいる成海と豪山。目の前では八重葉が峰山の突破を許し、開始早々から良い位置でのFKを献上していた。
王者とて全て完璧という訳ではない。付け入る隙はあってチャンスは必ずやってくる。
それを序盤で真島が物に出来るかの場面が早くも巡ってきた。ゴールまでは25m程のFK、鳥羽にとっては絶好のゴール正面からの位置だ。
「うーん、うまいなぁ」
「峰山のドリブル良いキレしてて俺らと戦った時よりも凄くなってるよな」
「あ、ドリブルだったの?杏仁豆腐かと思ったー」
「いや試合ちゃんと見とけって、どっちか決勝の相手になるから!」
弥一のうまいという言葉に同意して頷き、川田は峰山のドリブルを振り返っていたが、後になって弥一はサッカーの話だったと気付きつつも、デザートの杏仁豆腐を食べる手を止めない。
柔らかく白く甘い中華の定番スイーツ。それを食べている弥一は試合よりも、デザートの美味しさの方が勝ってしまっていた。
そうこう言ってる間にデザートは食べ終わる。暖かいお茶を飲みつつ、今度はしっかり弥一の目はボールの傍に居る鳥羽と峰山、そしてゴール前に居る龍尾の姿をそれぞれ見ている。
『試合開始早々、峰山の単独突破に対して八重葉は意表を突かれたかたまらず仙道兄弟の弟、政宗がファール!良い位置でのFKを獲得しました!』
『これは鳥羽君の出番ですかね、峰山君が裏をかいて蹴る可能性もありますが』
八重葉は龍尾の指示で、鳥羽と峰山の前にしっかりと壁を作る。2人のどちらかが来るであろうキックを跳ね返さんと、人の壁が立っていた。
真島の鳥羽がFKを得意としていて、峰山も蹴れる事は当然調べている八重葉。壁は構築して対策するのみでは留まらない。
「立見が寝転ぶ作戦やってたから、鳥羽の力考えると壁の下あるかもしれない。寝転ぶかこっちも」
「そんじゃ俺がやるわ」
なんと八重葉は立見がやっていた寝転び作戦をそのまま採用。八重葉の壁の後ろに1人横になり、壁の下を狙われても大丈夫なように布陣を整えた。
「(おいおい、あちらさんと違ってバレてんだろ。上手くやれってそこは)」
後ろから見える龍尾にとっては壁の後ろで寝転ぶ存在がバレている。影山のように上手くは隠れていないと思いながらも、そのまま寝かせておいて壁の指示に徹する。
「まさかあんなユニークな作戦まですぐ取り入れちゃうなんて思ってませんでしたよ。外から見りゃマジおかしい格好ですよねぇ」
味方が地面に寝そべり壁となる姿を見て、月城は腹を抱えて笑いそうになりつつ、照皇に話しかけていた。
「最適だと思う作戦を採用するのは戦術として当然だろう。体を張って一生懸命守ってくれる仲間をそんな風に笑うものじゃない」
既に顔が笑っていた月城に対して照皇は真顔で注意。彼としてはそれがベストなFK時の守備だと納得しており、体を張る仲間が実行してくれて感謝している。なので照皇としては月城の態度を見過ごせなかった。
「はーい……(んだよ、マジで注意して……かってぇ先輩)」
一方の注意された月城は一瞬気に食わないような顔で、照皇を睨むように見上げた後に視線をそらし、彼から離れる。
「(皆チームワーク抜群、て訳じゃないみたい。あそこ仲悪そうだなぁー)」
先程まで杏仁豆腐の美味しさに夢中だった弥一。その彼から照皇と月城のやり取りは見えていて、仲があまり良くないように感じられた。
チームスポーツであるサッカーでも、チームメイト同士で実は仲が悪いというのはあって、プロの世界でも存在するぐらいだ。その不仲が八重葉にもある。
これは使えそう、と思って弥一は2人の不仲を覚えておく。
『おっと、八重葉!壁の後ろに1人寝転んだ、先程の試合で行われた立見の守り方を八重葉も使って来た!』
『八重葉までこれをやると高校サッカーでこの方法が今年流行りそうですねぇ、SNSのトレンド入りまでしそうですよ』
一方ボールの傍に立つ鳥羽はその壁の向こう側にあるゴールだけを、しっかりと見据えて目を離さない。
「(去年か、あの決まると思ったキック。あれで1点と思ってたんけどなぁ)」
思い出される去年の八重葉との選手権。あの時もFKのチャンスはあって、鳥羽は2年でキッカーを任されていた。
壁を超えてゴールへと強襲するキックを蹴ったのだが、当時1年だった龍尾に完璧なキャッチングで止められてしまう。
あれから1年。3年となった鳥羽の前に、2年の龍尾が再び強大な壁として阻む。こちらも今度は決めるつもりであり、何度も彼のスーパーセーブを輝かせる引き立て役になるつもりなど鳥羽には無い。
『東京のみならず全国でも屈指のフリーキッカー鳥羽。その前には八重葉の白き壁に加えて天才GK工藤龍尾!難攻不落の王者の牙城を崩せるか!?』
鳥羽のゴールを期待し、八重葉の無失点記録が此処で途絶える瞬間が見れるかもしれないと見守る観客達。
プレーが再開されると同時に峰山がボールへ走り出す。だが彼は蹴らずに横を通過して走り抜けるだけ。
峰山は囮で鳥羽が本命。直後に鳥羽の右足によってボールは飛ばされ、壁の遥か右上を飛び越えて行く。
一見すると外れると思う鳥羽のキック。そこから生命が球に宿ったのかと思わせるような、急激に曲がるカーブ。並のバナナシュートよりも更に曲がり、ゴール右上隅とGKにとって狙われたら取りづらいコースへ、鳥羽は正確に蹴り込んで狙った。
ゴールマウスへと厳しいコースに向かって吸い込まれるように向かうボール。入ったと思われるシュートに対して彼は飛んでいた。
よくテレビのサッカー中継でやっていて聞く。「今のコースはGK取れない」、「今のは仕方ない」と相手のスーパープレーだったりシュートを褒めてばかりで、あれは取れないというのばかりだ。
龍尾はそれが心底嫌に思えた。
決められても仕方ない。GKにああいうのを止められるのは不可能だって言うなら、永久に失点は減りはしないし無くならない。
取れないなんて誰が決めた?
防げないなんて誰が決めた?
そういうのを防いでこそ守護神だろう。防げないと諦めるなら、GKとしての成長なんか無い。
ゴールマウスに立ったからにはどんなシュートだろうが責任もって止める。何者にもゴールを割らせないよう務める。それこそが一流のGK。
幼いながらも龍尾はその思考でサッカーに、GKに取り組んで父の康友やプロ経験を持つコーチ達に鍛えられてきた。
彼の持つ心と元々の天賦の才もあって龍尾を大きく成長させ、中学時代の大記録達成。高校へと入り、八重葉で高校タイトル獲得に貢献。1年にして高校No.1GKと呼ばれるまでになる。
どんな難しいシュートも止めてきた、そしてこれからも止め続ける。
鳥羽の鋭く曲がりゴール右上隅を捉えるカーブのキック。この難しいボールを龍尾はまるでサッカー漫画のようなダイビングキャッチで、完璧に止めてしまいボールを両腕に収めていた。
『止めたぁぁ!工藤龍尾、昨年に続いて鳥羽のFKをまたしてもキャッチング!真島、開始早々のチャンスを物に出来ず!』
『あのコースをダイビングキャッチですか!?漫画見てるみたいで凄いですよこれ……』
いきなりのスーパープレーを見せた直後、龍尾はパントキックで一気に前線へ飛ばす。
要となる鳥羽のキックを止められて、攻撃から守備への切り替えが若干遅れている真島は慌てて戻る。高いボールが真島陣内へ飛ぶと照皇がジャンプ。これに真田も飛んで空中戦で競り合う。
「うわっ!?」
空中で体と体がぶつかり合うと、真田は鍛え抜かれた照皇の強靭な上半身の筋肉に弾き飛ばされ、照皇は頭でボールを送ると、村山がトラップして受け取る。
弾き飛ばされてバランスを崩し、地面に倒れる真田に対して照皇は着地するとすぐに前を向く。それと共に村山は照皇が走るであろうコースを計算して、右足でスルーパスを出した。
照皇はすぐに反応、強靭なフィジカルに加えて足も速くボールへ追いついて行く。真島のDFの要である田之上が止めに行くも、ボールと共にスピードに乗る照皇を止められず躱される。
「うおお!」
田之上まで抜かれ、残るはGK田山のみ。抜かれた瞬間に田山は照皇へと向かって飛び出しており、ボール目掛けて大胆に飛び込む低空ダイブを実行。
だが照皇は冷静に田山の動きを見ればボールをちょん、と軽く浮かして相手の身体を超えれば自らも田山の突進を躱し、ボールが落ちてきた所を無人のゴールへと右足で確実に流し込む。
誰もこれを防げず、真島のゴールネットは揺れて審判はゴールの判定。
真田をパワーで吹き飛ばし、田之上をスピードで振り切り、田山をテクニックでかわす。
天才GK龍尾が鳥羽のFKを止めるとそこから一気にカウンター。柔と豪の両方を兼ね備えた天才ストライカー照皇が、その力を見せて1点を先制。
相手のチャンスから一転。あっという間に八重葉が先制ゴールを決めて国立は大きく揺れる。
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