天才と名将のサッカー話
※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。
最神のFK、ゴールまで距離は20m程でありゴール正面。狙いやすい位置で距離は近い。星崎のGKが指示をして人の壁をゴール前に設置して、シュートを跳ね返さんと立ち塞がる。
ボールの前に居るのはテクニックに定評ある光輝。彼が蹴るのかと思えば、そこに想真が歩いて近づく。
想真は光輝と小声でぼそぼそと話しており、彼らのやり取りは壁に居る者達にも見えていた。
キッカーと壁にGKとの駆け引き。心理戦が展開されている。
「もっと右右、しっかりくっつけー!」
壁と壁の間に隙間を絶対作らないように、後ろからGKの声が飛び、人同士でしっかりくっつき綻びを作らないようにチェック。
「よっし、それで行こか」
作戦が決まったようで想真はボールから離れ、助走の距離をだいぶ取っている。光輝はその想真を見るようにゴールに対して、背を向けた状態でボールの左側に居た。
審判の試合再開の笛が鳴ると、助走を取っていた想真はダッシュでボールへ駆け寄って行く。それを見た壁とGKは想真の動きに警戒。
彼のシュートが飛んで来るだろうと。
だが、その直後にゴールへ背を向けていた光輝がいきなりクルっと正面へ振り向き、右足でゴール目掛けて蹴る。
完全に想真が勢い付けて来ると思っていた壁は反応出来ず。遅れて飛んだ頃には既に頭上を球が越した後で、GKはこれに全く反応出来ず動けないまま、ボールはゴール左上隅へと入ってネットを揺らしていた。
『最神、2点目決めたー!八神の動きは完全な囮、なんとゴールに背を向けた振り向きざまに三津谷光輝が芸術的なフリーキックを決めるスーパーゴールだ!』
『完全に八神君の動きに守備は釣られましたね。まさか三津谷君が背を向けて反転からの直接キックとは……今年の高校サッカーも驚く事沢山ありますねー』
「作戦通りー!もう少しで俺ら衝突する所やったけどな」
「危ないわお前、正直めっちゃヒヤヒヤしたからなこっち!」
ハイタッチを交わして互いを称える中で、光輝は想真が止まらず更に走り進んでいたら自分と激突していた事を思い出す。ゴールに背を向けている時に想真の走って来る姿は見えていて、内心では「お前何処まで迫んねん止まれやー!」と冷や汗をかきつつ、そこは悟られず作戦を実行しきった。
「結果良ければ良し、や」
焦ったわぁ、と文句を呟く光輝に想真はポンッと彼の肩を軽く叩いた後、DFの位置へと戻って行く。
「神明寺君、世界に対して日本に足りない物。なんだか分かるかね?」
「日本に足りない物ですか?」
目の前のフィールドで最神がトリッキーなセットプレーを決めて、準決勝進出に大きく前進したのを見た時、弥一は康友から突然尋ねられた。
日本が世界に足りない物は何なのか、ニュースのサッカーコーナーやサッカー番組で、専門家達がそれについて議論しているのは見た事がある。
まさかプロリーグの名将と出会い、更にその話題で語る事になるとは到底予想など出来なかった。
「体格差、個の力、身体的な問題が結構ありますけど、それ以上に精神的な方が多いと思いますよー。相手の必死で凄まじい執念に押されて逆転を許して負けたりとか、欧州や南米だけじゃなく同じアジア相手でもそういう事ありますから」
幼い頃からテレビで日本代表の試合は見てきた。勝って歓喜の時もあれば負けてがっくりと肩を落とす時もあり、弥一は当時を思い出しつつ話を続ける。
「世界がサッカーを国技として国が力を入れて国民全体が応援、文字通り彼らは国を背負っているのに対して日本はサッカーを国技としてないですからね。負けてもイタリアやブラジルとかが負けた時のような滅茶苦茶酷い批判に罵声、世界の破滅とか書かれる事無いですし」
「彼らにとって絶対負けられない、負けたら文字通りの地獄が待っているから。そういう危機感の差じゃないですか?」
勝てば賞賛され、負ければ批判に罵声。プロの世界ではそれが当たり前であり日本もそれが無い訳ではない。日本でも批判や罵声はあったりするが、海外ではそれ以上だ。
それより強い言葉では収まらず事件まで起こってしまう程。フィジカルや技術以上に、彼らはそういった負けた時のリスクと危機感を常に背負って、戦っているから強いんだと弥一は考えていた。
サッカーに熱狂的な国はそれだけ見る目も厳しく、彼らはその環境で戦い続けている。文字通りの人生を懸けて。
「その年で色々見てるなキミは」
弥一の言葉を聞いて康友はフッと笑う。
「私もその危機感……そしてどんな事をしてでも勝つという勝利への執念、それが足りてないと思っている。確かに技術面は向上していてそこは世界に迫っているだろうがメンタル面で脆さがあった」
康友も弥一と同じように考えていた。気持ちや執念の問題。
それは康友が現役時代に日本代表で戦っていた時に感じていた事だ。康友1人が勝利を諦めず強く気持ちを持って足を動かしても、チーム全体が動かず機能しない。それで敗北を味わった覚えは何回もあった。
メンタルの脆さが本来高いはずの実力を発揮出来ず、格下相手にも敗退という悲劇をもたらしてしまった事もあり、康友の中で苦い記憶として残ったままだ。
「色々な者が日本はこの先強くなるにはどうすればいいのか、五輪で再びメダルを取れるのか、ワールドカップでベスト16の壁を超えられるのか、様々な議論を重ねていたが明確な答えは出ないまま時ばかりが過ぎてしまった」
「気づけば私は現役を退き監督業だ。出来る事ならサッカーに関われる間に日本が栄光に輝く瞬間……それをこの目で見てみたい」
年を重ね、全盛期のようなプレーがままならなくなり引退し、選手から退けば監督として今も戦い続ける事を選んだ康友。
世界の頂点に輝く日本サッカーが見てみたい。その強い気持ちと執念が彼を突き動かす原動力となって、目にも力強さが感じられた。
揺るがない一心は心が読める弥一にしっかりと伝わる。
「あはは、何か滅茶苦茶果てしなく壮大ですよねー。僕とか今目の前の準決勝とか決勝を考えるのに必死でー」
「ああ……失礼したね。どうも妙にペラペラと今日は思っていた事を不思議と喋ってしまう。こういう事は今大事な決戦を控えるキミに言うべきではないんだがな」
思わず熱の入った話をしてしまったと右手で頬をかく康友。それに対して明るくマイペースに笑う弥一にとっては、滅多に無いであろうプロリーグの名将と日本サッカーについて話せたのは大変貴重な機会だ。
準決勝の相手を決める最神と星崎の試合は、2-0のまま最神がリード。星崎も反撃で攻めているが、想真を中心としたDF陣が攻撃を食い止め続け、2点差を保っている。
試合はもうアディショナルタイムに突入していた。
そして試合終了の笛が鳴らされる。
『試合終了ー!2-0で最神が準決勝進出、新鋭の立見と決勝進出を懸けて国立で激突します!』
「流石にそろそろ戻らないと。失礼しますー」
「ああ、早くチームの元に戻りたまえ」
弥一は元々立見のチーム皆と一緒に居た。もう此処で合流した方が良いと席を立ち、康友へと頭を下げて空になった紙袋を持ち去って行く。
「(不思議なものだな、何故彼の前でああいう事を言ったのか……)」
普段なら高校生の前でこういった話を康友はしないが、今日は何故かプライベートで熱が入った話をしていた。弥一の前でそういう事を何故話したのか、康友は不思議に思いつつ弥一の後ろ姿を見送るのだった。
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