名将となった元天才の内に秘められし心
※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。
「今日此処に来たのはお忍びでね、予定を伝えてそこからマスコミの注目を浴びるのは何かと面倒なんだ」
弥一はスタンドに座っている。先程までと違うのは立見の皆とは離れた席であり、共に席に座って居るのが大人でプロリーグの監督という事だ。
現役時代から天才と呼ばれスター選手として注目を集め、現在もJ1リーグの東京チームを率いる監督として活躍。今季は優勝に導いている。
そんな彼が此処に素顔で現れれば高確率で騒がれる。康友が変装している上に周囲が目の前の試合に夢中で、気づかれにくい状況というのもあってか、今の所バレる気配は無かった。
「有名人も大変なんですねー、良ければお一つどうですか?」
「おお、いただいておこう」
どら焼きを食べつつ弥一は紙袋から、もう一つどら焼きが入った包み紙を取り出す。康友は勧められると弥一から受け取り、同じようにどら焼きを食す。
「うむ、美味い。試合後にどら焼きは実に良いものだ。あんこはタンパク資源となり糖質と一緒に摂取する事が出来てアスリートにとって強い味方。我々のチームも食しているよ」
「こういう時日本人で良かったなって思ってますよー。海外だと中々和菓子食べる機会無いですからねー」
康友がどら焼きを一口食べれば良い味だと口元に笑みを浮かべ、弥一と並んでどら焼きを食しながらもアスリート目線で、どら焼きは試合後の選手にとって良いと評価していた。
「確かキミはイタリアに3年程留学していたんだったね。ミランのジョヴァニッシミ、イタリアの神童として注目を浴びているサルバトーレ・ディーンとチームメイトだったとは流石に驚いたな」
「えー、日本トップチームの監督さんの耳にまでそういうの入っちゃうんですかー?」
「高校サッカー界で神明寺弥一という名はそれだけ有名という事だよ」
周囲からすればただどら焼きを食べる大人と子供という感じだが、それが高校サッカー界で注目を集めている新鋭チームのリベロと、日本一のチームを率いる監督だとは誰も思わない。
立見が有名となり弥一の名が広まって、その名は康友の耳にまで届いていた。
改めてどら焼きを食べつつ、康友は横目で弥一の姿を観察。
明らかに身長は高学年の小学生並しかなく、体格も華奢だ。現代のサッカーでは大型選手が台頭し、昔よりもフィジカル面が求められるようになってきて、弥一は明らかに不利に見える。
彼はその流れに逆らうかのように、DFとして体格ある攻撃選手を完封し続けてきた。
「神童と呼ばれたディーンに数多くの優れた少年達が、当時のジョヴァニッシミに集結していてチームは不敗神話を築き上げ、キミはその中に居て活躍した。対戦相手からすれば化け物だと恐れられたチームの中でね」
「あはは、あの時は強くて頼れるチームメイト大勢いてくれたので、得る物も色々あったり学びつつ勝ちまくってましたねー」
ジュニアトップレベルが集い、黄金世代の到来を思わせたチーム。その中で弥一はDFとしてレギュラーに選ばれて活躍。世界一強固な守備で知られるカテナチオの国で、日本人がDFでレギュラーとして定着は相当なものだ。
弥一の存在、経歴を康友は知ってから興味を持ち彼に注目した。
「それほどの力がありながらキミは何故わざわざ高校サッカーを選んだ?」
康友は弥一の目を見て問いかける。眼光鋭い彼の目は射抜かれそうで、目をそらしたくなる迫力が感じられた。
その目で見られて弥一はどら焼きを食べる手が止まるも、康友の目を真っ直ぐ見つめ返す。
「選んじゃ駄目ですか?高校生になるんだからその学校に通ってそのサッカー部に入る、普通の事ですよー?」
「普通ならそうだが、キミがその時居た環境は普通ではない。名門と言われるミランのジョヴァニッシミ、そこに残り続け活躍していたらいずれトップチームの道が開けてプロとして近道となったかもしれないんだ」
それだけ言うと康友はフィールドの方を見て軽く息をつく。
「息子もそうだった。本来ならばプロに行ける実力があって、1年でも速くプロの世界に飛び込み心身共に更なるレベルアップを重ね、将来の五輪代表、更にその先のA代表を狙えるはずが高校サッカーの道を選んだ。……今の時代ではそれが当たり前なのだろうか?」
息子の龍尾、彼も高校サッカーを選び八重葉へと入学している。プロのユースには行かずそちらを選択する辺りは弥一と似ており、康友自身は高校サッカーには行く事なく、幼い頃からプロのユースでサッカーをし続け、トップチームへと上がりプロ契約を果たしている。
才能に恵まれた彼らなら、それが近道ではないかと康友は思っていた。
「んー、その息子さんも僕と同じように高校でやりたい事あるからその道を選んだんだと思いますよ。自分の望まない道を進むより望んだ道進んだ方が楽しく進めて、そっちの方が上手く行きそうですから」
「……」
「勿論そのプロ最速への道の方が上手く行くかもしれない、その可能性も否定はしませんけどね。ただ、道は自分で選んで自由に歩きたい。僕はそう思ってます」
弥一は自由に今その道を歩いている最中、それはおそらく龍尾も同じかもしれない。それぞれが高校サッカーの道、ゴールを目指して歩みを続ける。
人に決められた道よりも自分が決めた道を歩く。それがプロ最速の道が途中にあったとしても、元々歩いている道の方が好きならば方向は変えない。
「……いかんな、歳をとると頭が固く頑固になりがちだ。本人が乗り気ではないのにそうさせようとしても上手く行かない、分かっていた事だが急かし過ぎていたのかもしれないな」
落ち着かせようと、途中で買ったペットボトルのお茶を一口飲んで落ち着く康友。
「自分達の時はそれで上手くいっていた、これが正解なんだと思って勧めていたが知らずとそれは強制になってしまう所だった。人によってはそのやり方が全部正解だとは限らないのだから」
康友は高校サッカーに行かずプロの下部組織でレベルアップに励み、天才としてプロの世界で躍動した。それは康友の正解であっても、龍尾の正解には当てはまらない。
プロで活躍してきた者がそこまで急ぐ理由、弥一は密かに康友の心を読んだ。
フィールドではハーフタイムが終わり、最神と星崎の両イレブンが姿を再び現していた。
『両イレブン出てきました、1-0で最神が1点のリードで国立へと一歩近づいている。星崎は此処から巻き返せるのか?』
「世界だと僕達ぐらいの年代から超一流のクラブに在籍するのって居たりしますよね。A代表の方でも10代から既に活躍してるのが居たりと」
どら焼きを食べ終え、お茶を飲む弥一。突然そんな話が出て来たのは康友の心を覗いた後だ。
彼の心の中は日本がどうすれば世界に追いつけるのか、その事を追求しているのが心にあった。
「日本だとしっかり経験を積んで20代、または半ばか後半辺り。脂がのった時期で海外リーグへ挑戦、そしてA代表と選ばれていく。現にそうして日本はレベルを高め強くなり世界へ迫ったと言われているが……」
日本の方針について康友が口にしていく中で頭に過ぎる。日本代表として戦い、世界の強豪と競い敗れてきた、過去の苦い記憶が。
「あくまでも迫っただけであり、超えてはいない。今のままのやり方じゃ足りないんだ、背中を追いかけて追いつく所から追い越すようになるには、五輪の金メダルが日本人の首にかけられ金のトロフィーを日本人がその手に取って頭上に掲げるには……!」
弥一や龍尾に早くプロになってほしいと思っていた康友。それは全ては日本サッカーが世界を超える為。その考えからのものだった。
自分の時と同じように日本を負けさせたくない、世界になんとしても勝つ。静かだが力強い心の声が弥一にだけ聞こえる。
日本サッカーが世界の頂点に立つ、それは康友の中で全てに優先する事だ。
将来の日本サッカーを考える康友の前で、これからを担うであろう未来ある若者達がフィールドにて、勝利を目指し戦っている。
ピィーーー
星崎のゴールへと迫った時、選手が倒されてフリーキックのチャンスを取ったのは最神だ。
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