奇襲から始まる新年最初の試合
※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。
1月2日 高校サッカー選手権 3回戦
「今年最初の試合。正直言えば琴峯が勝ち上がってくるかと思っていたが、立見の方は予想外だった。それもあの室を完全に押さえ込んで完封勝利だ」
ロッカールームにて北海道代表の海幸学園。チームを率いる監督は目を閉じて腕を組んだ状態で、椅子へと座り選手達の前で話す。
その姿をユニフォーム姿へと着替えた海幸の選手達も、真剣な様子で監督の話を聞いていた。
海幸はこの3回戦を勝ち上がって来るのは琴峯の方だと読んだが、立見は琴峯のエース室を相手に無失点で勝利。彼らにとって立見の勝利は番狂わせだ。
「(室を抑えたって今でも信じられねぇわ)」
「(調子を崩していたとか、あいつ高さ勝ってたけどヘディング外しまくってたよな)」
それが弥一によってタイミングを狂わされた物であるとは知らずに、海幸の選手達は室の調子がその日悪かったんじゃないかと、声を潜めて話し合う。
あの195cmをどう攻略しようかと、自分達の試合が終わった後に考えていたが、立見の勝利を聞くと慌てて、その日のスポーツニュースを見たものだ。
「うちは今大会無失点、粘り強い守備なら何処にも負けないと思っている。周囲は思うだろう、守備のチームと」
監督が目を見開き席から立ち上がる。立見と同じように守備が長所の海幸。海幸や立見を知る者達からすれば、この試合は守備チーム同士の激突と大半は思うかもしれない。
「既に分かっていると思うがこの試合は攻める。守備だと向こうの印象がある間にうちが立見へグイグイと攻め込み奇襲の1点を取るんだ。隙があれば2点目、3点目もどんどん狙って行く」
今回は攻撃的に行く。立見戦に向けて、このシフトチェンジは選手達も事前に聞いており、監督の言葉に選手達は頷き返事する。
そしてホワイトボードの前で具体的な作戦を説明し、選手達を今年最初の試合へと送り出す。
今日は新年最初の試合。元日から僅か1日後と日程は過酷だ。
本来ならばのんびりコタツにでも入って正月料理を食べたり、特番を見て正月を皆が満喫している頃だが、高校サッカーの頂点を目指すとなれば、その楽しみを捨てて頂点を狙わなければならない。
1回戦、2回戦、自分達と同じく頂点を目指す全国の猛者相手に競り勝ってきた。この試合でも立見を倒して頂点を目指し、登り続ける。
自分達ならば勝てる。自信を持って選手達はグラウンドへと向かい、立見と入場口で並び、審判団が動き出すのを待てば先頭が移動を開始。列は進んで行った。
『新たな年の始まり、晴れやかな青空の下で今年最初の試合を迎えました高校サッカー選手権3回戦。立見が無失点ならば海幸も2試合連続無失点と、今大会失点0同士の組み合わせ。互いに硬い守りが長所、勝つのはどちらのチームか?』
『これは先制点かなり大事になりますよ。1点取ればそのまま守りきれる守備の強さを両チーム持っていますからね。1点勝負になるかもしれません』
「(前回は歳児がスタメンで出てたけど、今日は何時も通りか)」
海幸選手の1人が立見のスタメンをそれぞれ見ていたが、前回スタメンとして試合に出ていた優也の姿は無い。ベンチの方を見れば座っている姿が確認出来て、今回は何時ものベンチスタートだ。
立見は何時も通りのフォーメーションとスタイル、その彼らは知らないだろう。守備のチームである海幸が今回攻撃的に行く事を。
監督から伝えられている通り前半攻めて1点をもぎ取る。そして2点、3点とガンガン狙って行く。
向こうの事だ、既に海幸の事は調べているだろう。
そのデータは今日間違いだというのをこの後すぐに教える。海幸はそれぞれ散ってポジションへとついた。
「今年も勝ってくぞ!立見GO!」
「「イエー!」」
立見は何時も通りの掛け声を済ませ、各自が散って行き試合開始の時を待つ。
今回の作戦、奇襲を後押しするかのように先攻を取ったのは海幸。
これに海幸の監督は頷き、天は我々に味方したと確信する。開始早々に立見の無失点記録を打ち破るチャンスだ。
ピィーーー
『海幸のキックオフで試合開始……っと海幸いきなりの奇襲だ!ドリブルで中央突破、と右サイドへとはたく!』
審判の笛が鳴るとドリブルで仕掛ける。これに意表を突かれた豪山は抜かれて、後ろに控えていた成海が止めに向かうと素早く右サイドハーフへパス。それを味方の右サイドバックが追い越して行き、右サイドを突っ走る。
立見の右は田村が居てセンターの間宮も右寄りであり、右からの突破は避けると海幸は事前のミーティングでそれを決めていた。
一方の左なら他のDF陣と比べて試合経験の浅い翔馬が居る。立見の穴はそこだと見て狙い撃ちするように、右サイドからの突破を彼らは実行。
「(立見の左SDFが前に出過ぎだ、空いてる!)」
前が空いていると気づけば、味方の右SDFの前へ落とすようにスルーパスを送る。立見の左スペースは空いており、海幸の右はそこへと反応して走り込んでいる。
それを読まれているとは知らずに。
「引っかかったー♪」
「!?」
送られて来たスルーパスを、弥一がコースを読んでいて飛び込みインターセプト。直後に影山へとパスを送って、立見はそこからパスを繋げて攻め上がり、カウンターの形を築き上げていった。
「戻れ!中盤、成海に気をつけろ!右の田村が上がっているぞ!」
海幸の監督はこれに前へ出て行き選手達に声をかける。立見の攻撃リズムを作る成海や田村を警戒して、注意するようにと。
「左空いてるよ左ー!」
そこに弥一が後ろから声を出し、声はボールを持つ影山の耳へと届く。
「(水島、もうあそこまで上がってる……!)」
気付くと翔馬は立見の左サイドハーフ鈴木を追い越して、積極的に前へ出ていた。海幸は田村の動きに今釣られており、意識はそちらへと向いている。
これはチャンスと影山は見て、左サイドを走る翔馬にグラウンダーの地を這うような速いパスを、右足で送った。
『立見、神明寺のインターセプトからカウンター!影山から長いパスが出て左サイド、水島が走るー!』
「やっべ!」
翔馬の方を意識していなかったDF。気づいて素早く翔馬へと迫る。守りの硬さが自慢とあってDFの戻り、対応は早かったが翔馬はそれよりも早くボールへ追いつき、左足でクロスを低く、速いスピードで豪山の元に蹴る。
まるでシュートしているんじゃないかと、海幸DFが思う程の速さでカットが難しい。それなら合わす方もまた難しいはず、これを合わせられるのかと海幸の監督がそう考える間も無く、豪山はシュート並の低いクロスに向かって、頭から飛び込んで行った。
サッカーマシンによる速いクロスによる練習を積み重ね、速いクロスには慣れていて合わせる事は可能だ。
当然それを海幸の方は知らない。
奇襲を仕掛けたはずが奇襲を返されると知った頃には、豪山のダイビングヘッドによってボールが海幸のゴールマウスを捉え、入って行き審判が1点を正式に認めていた。
『飛び込んだ豪山ー!なんと立見、開始からまだ2分経たない間に豪山智春の2試合連続先制ゴール!開幕戦の海塚との試合で決めた電光石火を更に超えて来たー!』
『1点勝負と言った途端にこれは驚きですね。水島君のクロスかなり速い速度でしたが、それに合わせた豪山君見事なゴールですよ』
豪山を中心に立見イレブンが先制点に喜び、海幸は呆然。監督も難しい顔となっていた。
「(何でこっちの作戦がバレた!?神明寺、まるで分かってたように居たような……)」
戸惑っている海幸の選手。そこに弥一がポジションへと戻る時に、その前を通りかかると。
「全部バレてるよー、分かり易いねそっち♪」
「!?」
心を見透かすような弥一の言葉に、かなり驚かされてしまう。
自分はそこまで分かり易い顔をしていたのかと戸惑っており、心が揺らぐ彼を置いて弥一はポジションへ戻って行った。
時は試合開始前まで遡る。
「ね、翔馬」
「?弥一、もう試合始まっちゃうよ」
両者のコイントスが終わり、海幸のキックオフで前半が開始されると知れば、弥一は翔馬に話しかけていた。
「相手、翔馬のサイド狙って来る。そこが穴だと思ってるみたいだよ」
「え……」
心で海幸の企み、作戦と思考を全て読んだ弥一。相手は左サイドから奇襲を仕掛ける。中央突破を最初は仕掛けるが、それは右が上がる時間稼ぎ。
本命は右のサイドアタックだ。
「だから、穴だと思ってるならいっそ開けてやれば良い。何時もより高めに上がって、それで空いたスペースに相手のパスがそこに出たら左サイドそのまま上がってカウンター、これで翔馬を舐めてる連中の度肝抜かしてやろう♪」
「あ、う、うん。分かった」
奇襲を仕掛けたはずの海幸。だが全てを見透かされて、逆に彼らはカウンターで早々と今大会初失点。
「気を抜かず守って行こうー!」
心が読めるサイキッカーDF弥一はこの奇襲を破り、周囲へと普段の明るい調子で声をかけていった。
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