新たなる年へ
※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。
「今日見事な決勝ゴールを決めた豪山智春君に来ていただきました。相手へ何度も何度も迫ってチャンスを物に出来ましたね!走っていた時何を考えていましたか?」
「え~、特に難しい事は考えてませんでしたね。これを取ってしまえばゴールに結び付けられるなと思って走って、FWとしてこの全国で得点したいっていう気持ちも自分の中でありましたから」
「DFからボールを取って単独で持ち込んでのゴール。今年最後の試合を自らの得点でチームを勝利に導けましたね!」
「まあ自分のゴールも嬉しいですけど、相手を0に抑えてしっかり勝ちきれたのはやっぱり大きかったと思います」
「チームは公式戦の無失点記録をまた伸ばしました。守備力に注目されていますがFWの立場としてはどう思っていますか?」
「そうですね。後ろの彼らには何時も凄い助けられてるんで彼らの守備に応える為に1点でも多くゴールを決めて、FWだけど守備にも積極的に参加して貢献しようと思ってます」
勝利インタビューで呼ばれた豪山。試合よりも緊張した様子で答えており、彼のこの姿は全国ネットで流れていった。
「今年最後……負けちまったなぁ」
「……」
立見との試合で敗れた琴峯は宿泊ホテルへと向かうバスに乗り込んでいた。敗退が決まった彼らの表情は、いずれも晴れやかとは程遠く暗いムードだ。
巻鷹が何気なく呟くように言うと彼の隣に座り、窓際の景色を眺める室は小さく頷くのみで、琴峯の中でも室が一番ショックを受けていた。
チームに頼られる存在。エースとして活躍し、立見戦でも同じようにゴールを決めて勝つつもりだったのが、自分よりも遥かに体格で劣る弥一に対して、満足なヘディングが何一つとして決まらず実力を発揮出来なかった。
それがどうしようもなく悔しく、情けなく思えてしまう。
「ショップ……秋葉原どうするよ?お前行きたがってたろ。東京にはもう少し滞在出来るから行こうと思えば行けるぞ」
「行かないですよ。こんな沈んだ気分でカードショップ行っても心の底から楽しめないですから」
東京行きが決まって秋葉原に行きたいと願っていた室。自由時間は出来たが、敗退した今となっては行く気になれなかった。
「来年もっかい選手権勝ち抜いてまた来ます、それまでは今よりひたすらレベルアップですよ……!」
「だよな、森川先輩達が抜ける来年の琴峯を俺ら引っ張らねぇと」
室は悔しいながら誓った。来年もう一度予選を勝ち抜き、再び全国に戻ると。
来年に向けて火が付いた室を見て巻鷹は小さく笑う。
森川達が来年抜けてしまうが、やる気になってる室がいれば大丈夫だと。
「どんどん食いなさい、俺の奢りだー!」
「何言っとるか!ワシの奢りだ!」
大晦日の中華料理店、飛翔龍は営業しており明日の正月は休みの予定。
今年最後の営業日となる店内は何時もより賑わい、年配客の中で年若い少年少女達がそれぞれ中華を味わう姿があった。
「うんま~♡今年最後に此処の炒飯食べられるの最高~♡」
常連の年配客が重三率いる応援団であり、彼らは今日活躍した弥一達にご飯をご馳走していた。どっちが自分の奢りかで意地の張り合いをする中、美味しく炒飯を幸せそうに弥一は味わっていた。
久々の美味い本格炒飯は弥一を夢中にさせてくれる。
「俺も此処良いのかな?立見の選手でもないのに」
「まあ気にしなくて良いと思うよ。桜見の子達もいるからさ」
立見の選手ではない野田も彼らと友に来ており、場違いなのではと思っているが大門はそんな事無いと答え、桜見の小学生達の方を見た。そもそも立見の選手はこの中で言えば弥一と大門ぐらいであり、他の者達はそれぞれ自分の家へ戻って休んでいる。
それぞれ弥一と同じく美味しそうに店自慢の中華料理を食しており、食べ盛りの彼らにかかれば、多くの料理が無くなるのもそう時間はかからなかった。
立見の3回戦進出、今年最後の試合で勝利、桜見の全国制覇。それらの祝いを纏めてやってしまおうという、重三の粋な計らいでこれが実現していたのだ。
「立見は凄いよなぁ、創部2年とは思えない強さだ。一体どんな練習すりゃあそこまでやれるんだよ?」
「それは……」
「いいよ、具体的な練習内容を外部の俺に言える訳がない。そんぐらい俺にだって分かってるから」
立見はどういう練習をしているのかと野田が気になり、それに対して大門は言いづらそうにしていたが、無理に野田は聞き出すつもりは無い。
「具体的な内容は言えないけど、ただ立見の皆が真剣に取り組んでいてそれぞれ自らを高めようと励んでいる。それは確かだ」
普段の練習風景を大門は頭の中で振り返る。指導する監督やコーチがいない中で、全部生徒達が主体となって考える立見のスタイル。
時には輝咲のようなサッカー部ではない者が、普段の練習ではない場でコーチ役となって指導したり、イタリア留学経験を持つ弥一も、同級生や年上の先輩に教えたりしている。
更に言うなら高性能サッカーマシンも置いて活用という強みもあり、他のサッカー部にある部分が立見に不足はしているが、それ以上に立見にある長所が数多くあった。
「しかしあいつ、何者だ?自分よりでっかい選手相手にぶつかって行って抑えたりと普通の小柄な選手じゃ出来ないだろ」
「そこは俺も未だ全部分かってないんだよね」
野田と大門が揃って回鍋肉を食べつつ、野田の目は甘辛のエビチリを食す弥一が見えている。
今日の試合で40cm以上の身長差がある、室を抑えて完封勝利に貢献。それ以前にも、目を見張るプレーをこれまで見せてきたのを大門は目の前で見てきた。
初めて会った時は自分に寄りかかって寝てた彼が、今では高校サッカー界が注目する選手の1人として数えられている。
回りと比べ一際小さな選手、だが最も頼れるDF。GKの立場からすれば心強く、頼もしい壁が自分の前にいてくれるのはありがたいと思った。
ああやって無邪気に食事を楽しむ子供の一面があれば、一流の勝負師のような一面も持つ弥一。色々不思議な所はある。
ただ言える事は、立見の此処までの快進撃は弥一が居なければ出来なかった。
彼がいなければ無失点記録などとっくに途切れ、途中で負けていたかもしれない。その彼との付き合いも気づけば半年以上だ。
「弥一、大丈夫かー?あまり食べるとこの後の年越し蕎麦食べられなくなるぞー」
「大丈夫だよー、年越し蕎麦は別腹って言うでしょー?」
「甘いものだろそれは」
結構色々な中華料理を味わう弥一。大門は満腹になり過ぎないよう注意すると、年越し蕎麦も食べる気満々らしい。その姿に野田はよく食うなぁと、ジューシーな焼き餃子を味わいながら見ていた。
自分より体格劣っていても全国と渡り合える。だったら俺もやれるんじゃないかと、野田は弥一や立見の試合を見てそう思い始めている。
一時期は自信を失いサッカーを諦めるか悩んでいた野田。それを思い止まらせて辞めずに続ける方向へ進もうとしていた。
1人のサッカー選手を立ち直らせる切っ掛けとなった事など知らずに、弥一は運ばれて来た中華そばを啜っている。あっさりとした鶏ガラのスープが絡んだ細麺は文句無しで美味く最高で、弥一の舌を満足させてくれた。
「年越しラーメンも良いねー♪」
大門家では年越し中華そばが定番となっており弥一、桜見の子供達、野田は振舞われた中華そばを食べて大晦日を過ごす。
やがて除夜の鐘が鳴れば新たな年を迎える。
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