大晦日の後半戦
※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。
前半終了間際。豪山が琴峯DFラインのパス回しをカットして、ゴール前へと持ち込む。右足の豪快なインステップシュートを決めて、スコアは動き出した。
1ー0で立見が1点のリード。琴峯は前半の間に取り返そうと攻撃に出るが、前半に残された時間があまりにも少ない。強引にロングボールを狙って蹴った球を川田が大きな身体でブロックし、弾いた所で笛は鳴り響く。
『此処で前半終了。立見が豪山のゴールで1点リードと、琴峯は後半に立見から得点しなければ選手権敗退が決まってしまいます』
『室君のヘディングの調子さえ上がればまだわかりませんよ。点差はたったの1点ですからね、充分逆転は有り得ます』
ハーフタイム 琴峯ロッカールーム
「っはぁ、豪山の奴しつこく来て……やらかしちまった。悪い」
ペットボトルのミネラルウォーターを飲み、釜石は前半の失点は自分に責任があると思ってチームに謝罪する。
あれが無ければ、豪山にボールを取られなければまだ0-0でこのハーフタイムに入って行けたかもしれなかった。琴峯にとっては痛恨の失点だ。
「今更悔やんでも1点は戻らない、それより2点目やらずにこっちが同点にまずは追いつくのが大事だろ」
キャプテンの森川は失点を悔やみ続けるより、立見から1点を取り返す事が大事だと釜石を励まし、周囲のチームメイトにもそれを伝える。
「なあ室、前半どうした?あのチビにマークされてて頭の調子崩したのか?」
巻鷹が椅子に座り俯く室へと近づき、ヘディングの精度が今日は悪いと気になって何があったのか訪ねていた。何時もの室なら体格差でマークを蹴散らして、シュート出来たはずだと。
「いや、その……あんな小さいのに凄いパワーでぶつかって来るんですよ。それもこっちがジャンプするタイミングを全部分かってるような感じで、飛ぼうとしたらもうガツン!って」
「そんなに凄いパワーだったのか?あのチビが?だとしたら今まで手の内隠してやがったのかよ」
今まで弥一に対して誰かを蹴散らして、パワーでねじ伏せるというイメージなど全く無かった。あったのは鋭い読みからインターセプトに、恐ろしく変化するフリーキックを蹴るという所だ。
それらが無ければ弥一は並以下のDFと、巻鷹は軽視していたかもしれない。抱いていた印象を裏切るかのように、弥一は室へと身体でぶつかっての守備を実行してきていた。
「来るなら来いって身構えても来なくて必ずと言って良い程一番嫌なタイミングでぶつかってくるせいか、今までのDFの中でやりづらくてしょうがないです……」
体格なら室が圧倒的に勝っている、高さで負ける要素など無い。試合前はそのはずだったのだが、実際は弥一を前に完璧に飛ぶ事が出来ずにいた。
全部飛ぶ前にぶつかられてジャンプを狂わされ、ヘディングの当たりが完璧とは遠い物ばかり。今までのDFは室に高さで競り合い勝とうとしていたが、弥一はそれとは違う。
飛ぶなら飛んでも構わない、ただし満足に飛べると思うな。
室にはなんとなく弥一からそう言われてるような気がした。
「相手は室の高さに警戒が行っている。それなら後半はそれ以外の攻撃を主体として攻めて行け。さっき森川のドリブル突破は上手く行っただろ?あの感じで行けばゴールを奪えるはずだ!」
琴峯の監督は試合を見ていて、チーム全体が室の高さというものに依存し過ぎていると感じ、それを立見に読まれて攻撃が上手く行っていないと読む。
ならば室を囮にして注意を引かせ他で行けば良い。室に注目が集まれば、それだけ他がフリーになりやすいのだから。
監督の言葉にそれぞれが返事し、琴峯は後半へと臨む。
ハーフタイム 立見ロッカールーム
「豪山先輩ナイスゴールです~♪」
「おう、サンキューなー!」
彩夏から飲み物を貰いつつゴールを褒められ、豪山はご満悦気味でスポーツドリンクを味わって飲んでいた。
ゴールを決めた後に飲むドリンクは格別に美味く感じて、後半を戦える活力へと変わって行く。
「ノってきてますねー、豪山先輩」
「ストライカーとして選手権で初めてゴールを決めてるからな、ノらない訳が無ぇよ」
豪山の姿を揃ってドリンクを飲む弥一と間宮が話す。
FWがゴールを決めた時と決めない時では調子が全然違う。特にゴールを欲する根っからの点取り屋の場合は。
それを選手権の全国という、高校サッカー界の最高峰と言える舞台で得点したのだ。豪山にとっては大きく前進する1点となっただろう。
「後半は琴峯の奴らが必死こいて攻めて来る。豪山先輩があんだけ頑張ってもぎ取った1点だ。先輩の活躍を水の泡にしたくねぇよな?」
「勿論、僕らは走り回った豪山先輩以上に踏ん張って行かないとね。追いつかれたらそれこそ申し訳無いよ」
間宮は守備陣を集めて声をかけ、豪山の1点をなんとしても守り抜こうと決意を新たにした。影山も同じ気持ちで、他の守備陣も頷いて応える。
「あと40分ぐらい戦って美味い年越し蕎麦食べちゃいましょうー♪」
「弥一……此処でまた蕎麦って」
「お前それ今ひとつ気合入りきらねぇ掛け声だっての」
弥一にとって気合注入の掛け声のつもりだったのか。大門はそれを聞いて思わず笑いを堪え、他のDF陣は堪えきれず笑ってしまい、間宮は呆れ顔だ。
だが結果として良い感じのリラックスとなった。無駄に力を入れ過ぎずに後半戦を立見は迎えられそうで、休憩は終わり選手達がそれぞれフィールドへと再び向かう。
今年最後となる試合。どちらかが此処で選手権の戦いを必ず終える。
それが立見となるのか琴峯となるのか。フィールドに両チームの選手達が出揃い、選手交代は特に無いまま運命の後半戦を迎えた。
ピィーーー
『後半戦、琴峯のキックオフで開始!ボールを持つ森川がいきなりドリブルで仕掛けに行く!』
室から蹴り出されたボールを受け取る森川は奇襲のつもりか、立見陣内へ自らドリブルで中央から切れ込んで行った。
これに意表を突かれるも、立見は成海と川田の2人でこのドリブルを止め、森川の足元からボールが離れるが零れ球を巻鷹がフォローし、拾うといきなり彼は右足を思いっきり振り抜きロングシュートを狙う。
「っ!」
このシュートは翔馬の肩に当たり弾かれ、ボールはゴールラインへ向けて転がって行く。このまま行けば琴峯のコーナーキックだ。
そこに弥一がダッシュで転がるボールを追いかけていた。
「(開始早々にセットプレーは面倒だって!)」
ただのセットプレーではない、相手は195cmの高さがある。それを中心としたコーナーキックは出来る限り渡さないようにするべき。
セットプレーを相手に極力与えない、それもまた守備の一つだ。
『巻鷹思い切ったロングシュート!水島に当たりボールは後方へ転がりこれはコーナーキック……と神明寺これを懸命に追いかけるー!』
『おー、追いつきましたね!今のはコーナーとなりそうでしたがチャンスを与えませんね、この守備は大きいと思いますよ』
ゴールラインギリギリ、弥一は右足で転がるボールを抑えて止めると、前線目掛けて蹴り出してクリア。
「敵さん攻めて来るよー!気をつけてー!」
ほぼ予想通りと言うべきか、琴峯は1点を取りに後半開始から猛攻を仕掛けて来ている。弥一は動きつつも後ろから声をかけていく。
攻め勝つか守り勝つか、後半の戦いは始まったばかりだ。
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