悩み苦しむ彼への癒し
※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。
「今日の試合で選手権ハットトリック第一号となりました室正明選手に来ていただきました。見事な3ゴールでしたね!」
「あ、いや……ありがとうございます。僕の力というか先輩達のパスが良くて打ちやすかったですから先輩達のおかげです」
「得意の頭で2点に右足での1点、特に右足の時は胸でワントラップしてからの鮮やかなシュートでした。撃った瞬間どう思いましたか?」
「何か良い手応えがなんとなく伝わって……これ、行けるかなって感じでした。上手く言えないですけど良い所に飛んでくれて良かったです」
「大晦日は無失点記録を更新中の立見との試合になりますが、目指すは今日のようなハットトリックでしょうか?」
「そうですね……FWとしてゴールは欲しいですけど大事なのはチームの勝利ですから。アシストでも守備でもどんな事もやって走り回って勝ちに行くつもりです」
琴峯の勝利インタビューとして室が呼ばれ、今大会最長身の彼は初々しい感じでインタビューに答えていた。
大会前から注目されていた1年の大型FWだが、このハットトリックは益々彼に注目が集まる結果となり、カメラによる彼へのフラッシュは多い。
その脅威の巨人とも言える大きなプレーヤーが大晦日、立見の前に立ち塞がる。
「あんな高さプロぐらいでしか見た事無かったなぁ。今時は選手の大型化とかあるけど日本でもあれぐらいの大型化来てたのはびっくりだよー」
多くの観客が今日の試合を見終わり、会場を後にする風景の中に弥一と大門も居て、2人は会場の外へと出て来た。
大晦日の試合に向けて偵察し、大きく印象に残ったのはやはり琴峯の大型FW室。
GKの上を行く高さのヘディングにポストプレー。更に胸トラップでシュート並のパスをコントロールして、ワントラップでの右足シュート。
他にも要注意選手は居るが、最も注意しなければならないのは室である事は間違い無い。
「豪山先輩、間宮先輩、川田よりも高かったな。そう思うと空中戦で彼に競り勝つのは中々厳しそうだよ」
「今まで一番デカかった大城さんを5cmも更新なんて身長も何かインフレ来てんのかなー?来年、再来年とか2m超えのプロレスラーみたいなごっついの来ちゃうんじゃない?」
「ど、どうなんだろうね……そこまで大型化進んでるのかどうか」
冗談なのか本気で思ってるのか、弥一はこの先の未来でもっと高くて屈強なプレーヤーが来るんじゃないかと呑気に笑う。それに大門は苦笑しつつ、流石にそこまで大きな選手は出てこないのではと考えている。
「とりあえずさ、3時のティータイムしたいから何処か喫茶店とか行こーよ」
大晦日の事はひとまず置いておき、弥一はそれより3時のおやつの方が大事だと、近くに良い所が無いかと探し始めた。
サッカーでリベロというポジションはイタリア語で自由という意味だが、そのポジションのように弥一は普段も自由気ままだ。
自由にサッカーをし、自由に美味しい食事を味わい、自由に遊び、自由に休む。
普段から弥一に付き合う事が多く、彼のこういう所は見慣れてきた大門。こういった自由気ままな所も、弥一の強さの秘訣なのかもしれないと最近思えてくる。
此処は彼に付き合おう。そう思って大門が前に進み出ようとした時。
「大門!お前大門じゃないか!?」
急に自らの名が呼ばれる声が大門の耳に届き、声のする方向へ振り向く。その声は弥一も聞こえて、同じく大門を呼んだ声の主へと振り向いた。
「お前…野田か!久しぶりだなぁ、元気だったか?」
声の主は大門の前に立っており、身長は170cmぐらいで身体は細身。短髪の黒髪を七三分けにしている。野田と呼ぶ彼に大門は親しそうに笑みを浮かべ、近づくと彼の肩に手を置いた。
見るからに友人という関係のようで、大門が久しぶりと言う辺り、少なくとも同じ立見の生徒ではないだろう。
「お前はまたでっかくなったんじゃないか?」
「そう?最近計ってないからどうなんだろうな」
野田という少年は身長差の関係で視線は上を向いて話している。そこに弥一も近づいて行き、大門は気付くと弥一の方を向いた。
「ああ、紹介するよ。中学時代同じサッカー部だった野田次郎だ。こっちは今立見で同じサッカー部の……」
「知ってる知ってる、神明寺弥一だったら今高校サッカー界で有名だからさ。開幕戦のゴール生で見たよ」
「あははー♪そんな有名人だったら今のうちにサインの練習でもしとこうかなぁ~♪」
大門の中学時代の友人であり、中学で同じサッカー部だった野田。彼は昨日の開幕戦も会場に来ていたようで、弥一の第一号ゴールをその目で見ていた。
「何の連絡も無かったからどうしたんだろうとなってたけど、元気そうで何よりだよ。確か都内の西園高校だよな?」
「え?ああ、まあ」
「何処それ?」
「相変わらず疎いなぁ弥一は。西園は前川と同じ古豪と言われる高校でさ、過去にはインターハイ優勝や選手権優勝もしてるんだよ」
野田が通う西園高等学校はサッカー部の強い高校で、頂点に輝いた実績を持つ名門だ。そこに野田が通っているのだとすれば、彼は今そのサッカー部に在籍しているのだろう。
「一応そうだな……サッカー部に入ってるよ」
「……野田?」
古豪と言われるサッカー部に入っている。そう言う野田の表情は何処か冴えない。流石にその様子に大門も気付く。
野田は何か悩みを抱えているのではないかと。
大門がそれを考えている間に弥一はその野田の心を覗き見ていた。
「サッカー、続けるかどうか迷ってるの?」
「!」
「え!?」
心の中を見た弥一。野田の心はサッカーを辞めようか続けるか迷っている。彼は壁にぶつかっているようで、その迷いを弥一が野田の顔を見上げて言うと野田、そして大門も共に表情が驚きへと染まった。
「サッカー部に入ってるって言った時に何か顔暗い感じしたからそうなのかなぁって」
心を読んだから、とは言わない。そんな事は誰も信じはしないだろう。
なので弥一は推理したように言っていた。
「……」
「そう、なのか?野田?」
若干顔を俯かせる野田に大門は静かに問いかける。
「あ、待った待ったー」
そこに弥一が野田と大門の間に入り込んで、話を止めようとしていた。これに野田と大門の距離は離れる。
「折角だからさ、お茶しながら話そうよ」
都内で人気の喫茶店。窓際にある席に野田と向かい合う形で座る弥一と大門。
周囲は若者や女性の客がそれぞれ店自慢のスイーツやお茶を楽しみ、談笑している。今席に座る彼らの空気と弥一達の空気は違っていた。
それぞれ注文すると、ウェイトレスが席を離れた後に大門の方が先に口を開く。
「さっき弥一が言っていた事は本当なのか?」
「……勘が鋭いよな、そうだよ」
野田は弥一の方を一瞬見た後に、大門の方へと視線を向ければ頷く。
「中学時代、一度も勝てなくて……そんな自分を変えようと強豪の西園に飛び込んだまでは良いけど、先輩は勿論として同級生の1年にも競り合って負けたりして……当然レギュラーは選ばれる訳もなく、それどころか2軍にもなれなかった」
弥一は大門の中学時代について以前、重三や立江から聞いた話を思い出す。
大門の中学時代は公式戦で一度も勝てず、日の目を浴びる事なく中学生活を終える事となってしまった。試合に出れない日々が続き、試合があっても勝てなくて負け続ける。
苦しい中学時代を大門は味わって来た。この野田も同じように苦しんでいたようだ。
大門は立見を選べば野田は西園を選び、友人の2人は別れる。野田は強豪校で壁にぶち当たっていて、今も苦しんでいた。
サッカーを此処で諦めるか迷う程に。
「……」
大門はどう声をかければいいのか分からなかった。
そんな事は無い、諦めるな、お前なら大丈夫だと励ましの言葉を言いかけた。だが今の野田にそれはかえって毒となってしまうのではないかと、口に出来ずにいる。
「ならさ、何で今日とか昨日選手権の会場に居たの?西園は出てないよね選手権」
「それは……」
「サッカー、諦めたくても何処か諦めきれないんじゃない?」
弥一に真っ直ぐ見られ、問われると野田は言葉に詰まる。
体格は大きくなく、屈強とは言えず華奢な方で身長も平均より下。技術もそこそこではあるが、ずば抜けている訳ではない。
同級生にも勝てない自分はこの先サッカーをやっていけるのか。野田の心は折れかけていた。
だが彼の足は選手権の会場へと歩かせ、その目で全国から集う強豪の戦いを見て来ている。
「弥一」
大門は弥一の名を呼んで弥一を見る。それを見た弥一は察して黙る事にした。此処は友人である大門に託した方が良いと判断したようだ。
「なあ野田、大晦日も選手権見に来るなら立見の試合……良ければ見てってくれよ」
野田に対して大門は静かに伝える。自分達の試合を見てほしいと。
「それでお前の事をなんていうか、勇気づけられたらなって」
上手く言えないけどさ、と右手人差し指で自分の頬を軽くかきつつ大門は笑った。
「あ、俺ちょっと手洗いの方行って来る」
大門は弥一と野田にそう言うと席を立ち、店内にあるトイレの方向へと向かって歩いて行く。
「あいつ……変わらないな、中学時代俺らより大門が一番苦しんでいたってのに」
大門が席を離れたタイミングで、野田は大門が歩いて行った方を向いたまま呟くように言っていた。
「確か、中学1年の時は基礎練習ばかりで試合に出られなかったんだよね?本人から聞いたよ」
「ああ、うちの中学は小学生から上がりたてで身体の出来てない内から試合に出るのは危険だって言うから1年は基礎練習で身体を作る、それが当時の部の方針だ」
大門の中学はまず1年の間に、基礎をしっかり積み上げて身体を作る。その育成方針があって、大門は1年目に試合へ出る事は出来なかった。
「誰もが試合に出たいと不満を口にする中であいつは文句一つ言わずに基礎をしっかりと作って、それで2年生になって大門は正GKに選ばれた。正直あいつ……凄かったよ」
当時の事を振り返り、野田は天井を見上げて語る。
「守備は弱いけど最後の所で簡単に失点はしない。最後の砦になった大門が相手のシュートや突破を止めてくれてたんだ。あれは……全国でも通用するレベルだと思う」
「へえ~、当時から大門そんな凄かったんだねー」
基礎をしっかりと積み重ねていて、体格にも恵まれたり高い身体能力を持つ大門。それが力となって相手の攻撃を次々と止め続けてきた。
「けどそんな優れた奴を俺は、俺達は勝たせられなかった……あいつが踏ん張ってもこっちが得点出来なくて最後にゴールされたりして、それで初戦敗退の連続だ」
その時の悔しさ。自分の力のなさを思い出したのか、テーブルの下で握る野田の右拳は震えている。
「それをあいつは自分のせいで勝てなかったと思ってる、俺らのせいなのにそう言わなかった……本当はあいつが一番苦しんでいたのに、そんな大門に俺は……!」
野田が今も壁にぶつかっていて苦しんでいる。そこに友人である大門の姿を見かけて声をかけた。駄目だと思っていても、心の奥底では大門に助けてほしかった、聞いてほしかった。
彼の居る立見はこれから大事な時期だというのに、野田は今更ながら後悔し頭を抱える。
あの時と同じようにまた大門の足を引っ張る事になってしまったら、そう考えてしまう。
「勝つから大丈夫だし、勝手にそんな苦しまないでよ」
「!」
彼の苦しむ心は弥一に見えている。それを見透かされて野田は顔を上げると弥一を見た。
「野田、だっけ?キミがサッカーを辞めようが続けようが別にどうこう言う気は無いよ。続けられるなら続ければ良いし辛くて嫌で辞めたいなら辞めちゃえば良いし」
弥一は野田がサッカーを続けるか辞めるか。それに弥一は続けるべきと辞めるべきとも言わず、どっちを選ぼうが野田の自由だと何時もの笑みを消して、真っ直ぐ野田を見る。
「ただ、それを決めるのは大晦日の試合。大門の試合する姿見てからでも遅くないと思うよ、勿論あの誘いを受けるのか断るのも自由だから」
「……」
「っと、マジ話は此処までー。せっかくの美味しいケーキ台無しになっちゃうし、とりあえず食べようー。時に美味しい物食べてリフレッシュも大事だよ?」
「あ、ああ……」
何時ものマイペースな笑みに戻った弥一と野田の前には、注文されたケーキセットが既に運ばれている。弥一は目の前にあるショコラケーキを口にし、上品な甘さを味わい幸せそうだ。
それを見て野田もフォークを右手に持ち、甘さ控えめのチーズケーキを一口食べる。
「……うんま」
「でしょー?」
間食はなるべく控えていた野田。誕生日ぐらいしかケーキは食べないが、久々に味わえば辛い気持ちを癒すかのように美味しく感じた。
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