鍛え上げた守備を打ち崩す渾身の超ロングスロー
※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。
ピィーーー
前半の終了を告げる笛が主審から吹かれ、フィールドの選手達は一斉にロッカールームへと引き上げて行く。
スコアは0-0。
両チーム無得点。東京屈指の守備力、無失点記録を持つチーム同士の試合らしいスコアレスだ。
シュート数では立見が4本、北村が0本。
立見が4本撃ってはいるが、いずれも北村DFのブロックやGK正面に飛んだ物で得点には結びつかなかった。北村の方も攻めには行っているが、立見DF陣が未然に防いでおり、シュートを撃たせていない。
「よーし、皆良い守りだ。後半もその調子で立見にチャンスを与えないように行こう」
北村の監督は前半0-0で乗り越えた選手達を褒め、後半もプランは特に変えないつもりらしい。
とことん守り、相手に隙があればカウンターで奇襲の1点をもぎ取る。
美しく魅せる攻撃よりも、北村はとことん守備へと拘り磨きをかけてきた、何処が相手でも守り通して、相手に得点を許さず最低限の攻撃で勝つ。
それが北村高校のサッカーだ。
此処に居る彼らは、そのスタイルを実現出来る選りすぐりの精鋭メンバー。いずれも厳しい練習をこなしてきた猛者達。
夏には強化合宿で更なるチーム力の向上に成功。それが此処準決勝まで勝ち上がり、無失点という結果に繋がっている。
北村の目標は一つ。東京予選を勝ち上がり、ブロックトーナメントを優勝して全国出場。その一点のみである。
「よっしゃ行こう行こう!」
手を叩き後半に向けて気合を入れる原中、やる事に迷いは無い。
何処が相手でもくらいついて行き、相手に攻撃を決めさせない事だ。
「あそこまでガチガチに固めてくるとはなぁ、まるでカテナチオだ」
椅子にどっかりと腰掛けて息をつく豪山。北村の徹底した守備固めに、イタリアの堅守を思わせると愚痴るように言っていた。
北村は主に引いて守っており、ゴール前には特に多くの人数が居て、攻撃を跳ね返し続けている。それはこの試合でも変わらない。
「セットプレーで崩したい所だけどな、中々その機会が巡って来ない。これだとPK戦も見えて来るぞ」
ストローでスポーツドリンクを飲んでいる成海。この試合まだゴール前でのFKやCKなど、セットプレーのチャンスは無い。それは立見の方も同じで、北村にも与えていなかった。
「大丈夫、彼がいますからー」
弥一はPK戦を覚悟している成海に声をかけると、視線はそこから別の人物に向けられる。
「ん?」
そこに居るのはタオルで汗を拭く川田の姿。後半は彼が北村攻略の鍵を握る事となる。彼の持つ武器が北村の守備を崩すと。
後半戦に向けてフィールドから選手達が戻って来る。北村の方は中盤で動き回り、消耗していた選手2人に代えて、新たにフレッシュな選手2人を投入。
一方立見の方も優也、武蔵が後半から出場となる。
ピィーーー
後半試合開始の笛が吹かれた。
相変わらずゴール前を固めており引いて守る北村。優也の裏を抜け出して来るスピードの怖さを知っているのもあってか、スペースを作らないようにしている。
『上村から歳児に渡った、シュート!これはDFがブロック!』
『ゴール前これ何人居るんですかね?かなりの人数ですよ!』
武蔵から優也へパスが通る。優也はエリア内に切れ込もうにも人数が多く、困難と判断すればエリア外から右足のミドルシュートを撃つ。
これを原中がブロックし、他のDFがセカンドボールに追いつきクリア。此処も北村の守りが勝っていた。
「ああ、惜しいなぁ!ボール追いついてればまだチャンス続いたのに」
立見ベンチで試合を身守る摩央。立見の攻撃がまたも断ち切られた事に、頭を抱えるリアクションを見せている。
「このまま行くと本当にPK戦……」
ベンチに座りながら京子はスマホの時計を見た。時間は刻一刻と経過し、後半20分。まだスコアは動かず0-0が続いていた。
「こっちー」
立見がボールを再び持つと、弥一が何時の間にか左サイドを走っている。
右手を上げる弥一へと影山からパスが出され、弥一はドリブルでサイドを駆け上がりに行く。
無論それを北村が黙って見ている訳が無い。
北村の選手一人が正面から弥一へ向かう。これに対して自分へと完全に近づく前に、弥一は右足でふわりと浮かせるように蹴る。
ボールは相手の頭上を超えて、弥一自身も左を抜けて突破。そこへ原中が弥一に向かって走る姿が見えた。一人が抜かれてもすぐにカバーへと入る、この辺りのフォローも北村は速かった。
これに慌てず弥一の目は原中を捉えている。その中で弥一は左足でボールを蹴ると、原中の右足に当たりタッチラインを割っていく。
『神明寺、右サイドへと展開するも此処は原中のカットに阻まれる!』
『その前の頭上を超えるキックとか凄いですね。相変わらず見事なテクニックを見せてくれます神明寺君』
人から見れば、弥一の送ったボールを原中が防いだように見えたかもしれない。だが実際は弥一が原中の右足にわざと狙い、当ててタッチラインを割らせたのだ。
立見ボールでスローインを得ようと。
「(ふー、やっと此処まで来たぁ。後頼むね)」
軽く一息つくと弥一はこっそりと元のポジションに戻る中、スローインへ向かう人物に後を任せると、アイコンタクトを交わしていた。
ボールを持つのは川田。
北村のエリア内は川田から見て左上。アーリークロスでも蹴れればゴール前に放り込めそうだが、スローインとなるとエリア内に入れるのは難しい距離だ。
川田はボールを持つと、助走の距離を取る。
「でええーーー!」
掛け声と共に、渾身のパワーが宿る彼の両腕からボールが放たれると、高く上空へ舞い上がって行く。まるでアーリークロスを思わせるかのように、ゴール前へとグングン伸びて向かっていた。
川田のロングスローが、まさか此処まで飛んで来るとは思ってなかったのか、北村のマークは遅れてGKも飛び出せない。
このボールに豪山は飛び、相手DFとの競り合いに勝つと頭で落とし、そこに素早く優也が走り込んでいた。
原中がクリアする足よりも、優也の右足が球を捉える方が一瞬早く、ボールはゴール右下へと向かいDFの足元を抜ける。
北村のGKはそのコースへと向かい飛びつくが、彼の伸ばした腕が届く事は無く、ゴール右下隅にボールは入っていった。
この瞬間審判の笛が鳴り、立見のゴールが認められる。
『立見、後半27分ついに先制ー!川田の超ロングスローから豪山、そして歳児へと繋がりゴール!東京屈指の守備力を誇る北村今大会初失点だ!!』
『40mぐらいありませんでしたか今のロングスロー!?とんでもないの放り込んで行きましたね川田君!』
「良いぞー、川田ー!このまま人間発射台目指して行こうー♪」
「ええ!?俺そこまで行けるかなぁ」
待ちに待った先制点が決まり喜ぶ立見。その中で弥一がロングスローを投げた川田を称えて、スローインの名手である海外の名選手と川田を重ね合わせていた。
言われてる川田はまんざらでも無さそうな感じだ。
「くっそ!まさか立見があんなロングスロー持ってるなんて」
初失点に項垂れる北村イレブン。川田のロングスローは完全に予想外であり、此処まで伸びて来るとは思っていなかったようだ。
そして間が悪い事に立見がスローインのタイミングで、新たな守備の選手を交代で入れた直後の失点。
これで北村は前に出るしかなくなってしまう。
今度は立見がゴールに鍵をかける番だ。
「ナイスクリアー!」
「気ぃ抜くなよー!この1点絶対守りきるからな!」
攻撃的に出て来る北村。クロスを放り込むも間宮が頭でクリアすれば、セカンドボールを影山が拾ってキープ。
後ろから大門が声をかけて間宮のクリアを褒めると、間宮は周囲の守備陣の気を引き締めさせようと、声を張り上げていく。どの選手もこの1点を絶対守りきるという気持ちを強く持っている。
「守りきって僕らが東京No.1の守備力だって証明しようー♪」
弥一も北村からのパスをインターセプトしたりと、攻撃の芽を摘み取り続け、反撃を許さない。北村は立見の守備を前に決定的チャンスを作れずにいた。
最後の最後、北村はイチかバチかの超ロングシュートを放つ、だがそれも大門がほぼ正面で、このシュートを受け止めしっかりとキャッチ。
そして大門がこのボールを高々と蹴り上げれば、審判の笛が鳴って試合は終了。
立見が1点を守りきり1-0。守備の北村を下して、一足先に決勝進出を決めたのだった。
「(はぁ、強ぇや立見。ホント3年ぐらいの新設部とは思えねぇ……)」
北村は負けて倒れこむのが多数居る中、原中は芝の上に座り込んで勝利に喜ぶ立見の姿を見ていた。
立見より長い歴史を持つ北村サッカー部。だが勝ったのは立見の方。
立見はこの短い期間で真島、桜王を下し夏の東京予選を制して、インターハイ出場を決めている。そして今回も立見は勝ち上がり、夏合宿で鍛えた北村をも下した。
実際に戦って強いと感じ、東京の強豪2校が破れる訳だと、原中は応援席からの声援に応える立見の姿を見て、静かに呟くように言う。
「強かったけどやっぱ……負けると悔しいもんだなぁ……!」
準決勝で敗れ、全国出場の望みが絶たれて原中の目から悔し涙が溢れて来る。彼も今年3年でラストチャンスだった。
全国に行きたかったという悔いが残ったまま、彼の高校サッカーも此処で終わりを告げる……。
立見1-0北村
歳児1
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