沈む彼の心
こちらは「小説家になろう」限定のSSとなっております、「カクヨム」の方には載せておりません。
※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。
インターハイを2回戦で終えた立見。北海道から飛行機で東京まで戻り、少しの間離れていた地へ再び足を付けると、そこまで長い期間離れていなかったはずだが、久しぶりという感覚だった。
「今日から2日間を完全休養とする、皆ゆっくり休んでくれよ。特に田村は安静にな」
「っす」
八重葉戦で月城との接触プレーによって右足首を負傷した田村。この中で1番休まなければならない。成海が動かず大人しく治療に専念するよう伝えれば、それに田村は頷いて返事をする。
王者とのPK戦も含めた激しい試合によって、それぞれ消耗しているはずなので、少し休んでまた練習を再開するより、じっくり休んで疲労を取り除いてからの方が効率的にも良いだろう。これは部員達の間で話し合って決めた事だ。
全員がそれぞれ帰宅していく中、弥一も帰ろうとした時だった。
「神明寺君、ちょっといい?話があるんだけど」
「僕にですか?何か怒られるような事やっちゃいました~?」
弥一の事を京子が呼び止めると弥一は京子の顔を見上げた。何時も通りの冷静な表情であり、弥一の方はマイペースに笑ってみせた。
今の自分の気持ちを覆い隠し誤魔化すように。
他の部員達が帰って行き、京子と2人きりとなった弥一。
近くの公園まで足を運ぶと、そこに居るのは幼い子供を公園の遊具で遊ばせてあげている母親。主に親子連ればかりだ。
弥一と京子は空いている少々年季の入ったベンチへ共に腰掛けた。
「もー、なんですか?あ、ひょっとして帰りにラーメン食べちゃったのが良くないとか」
「神明寺君、気にしてるんでしょう。あのPK」
ジョークで和ませようとしていた弥一に、京子は単刀直入に切り込んだ。あの八重葉戦のPKについて。それを聞いた瞬間にマイペースに笑っていた弥一から笑みが消える。
「ああ、あれはもう……外した僕のせいで負けですよね。言い訳する気はないです、すみません」
その事で責められるのだろうと、弥一は先に京子へと謝っておく。自分があのPKを外したせいで負けたのだと。
「それで貴方だけを責めたりとか無いから、あれは難しいPKだったと思うし。でも……」
難しいPKで外してもしょうがない、ただ京子は弥一のPKを見て思った事があった。
「貴方は無理して勝也になろうとしてなかった?あのPKの蹴り方、あれは勝也の蹴り方だった」
「!」
言葉を聞いた瞬間に心臓がドクンと跳ね上がる。京子に指摘された事は弥一にとって図星だったからだ。
弥一が最後に蹴ったPK、あの蹴り方を京子は鮮明に覚えている。この世で京子が最も愛した男、勝也が小学校時代の全国決勝戦で決めたPKのキック。彼が最も輝いた瞬間、それは京子だけでなく弥一もはっきり覚えていた。
助走無しのPK、勝也はそれを当時の天才キーパー工藤龍尾相手に決めてしまったのだ。それが公式戦で龍尾が唯一許した失点、そして勝也が柳FCを優勝へと導く決勝点だった。
それが唯一あの龍尾を破ったキック。1本も外せない極限のプレッシャーや猛暑に心身共に疲労で追い込まれて、外す訳に行かなかった弥一はその時の勝也の1本を思い出し、それを再現しようと実行。
だが結果は失敗だ。
弥一はあの時の勝也みたいに決める事が出来ず、勝也にはなれなかった。
「分かってるだろうけど、貴方は神山勝也じゃない。神明寺弥一だから、その人になる事は出来ない」
「……」
あの瞬間、勝也になろうとしていた。その事を京子は見抜き、弥一にそれはなれないと真っ直ぐ彼の目を見て告げる。
京子が間近で見てきた勝也の姿。気持ちを全面に押し出しての強烈なキャプテンシー。強い精神を持って勝利を目指し走り続ける。それが神山勝也だ。
弥一はあの時見失っていたかもしれない。何時もの心を読むサッカーを。それを忘れて自分の思い出の勝也にすがり頼ってしまい、あの瞬間だけ神明寺弥一のサッカーではなく、神山勝也のサッカーへと走ってしまったのだ。
あの頼れる兄貴にはなれない、そんな事は分かっていたはずだった。
「すみません、先……帰ります」
お疲れ様でした、と弥一はベンチから立ち上がると、京子へと頭を下げてから先に公園を後にする。
京子は今はそっとしておくべきかと判断し、弥一の後ろ姿を見つめるのみで声は何もかけなかった。
沈みかける夕日を背に弥一は家へと目指して歩く。オレンジ色の空が今暗闇で包まれようとしている。今の弥一の心を表しているような感じだ。
何時もなら買い食いとかして、帰ったりするのだが今日はそんな気になれない。
その時に塀の上を器用に歩く白い猫とすれ違う。弥一がそちらを全く見てないのに対して、白い猫はすれ違った後に振り向き弥一の後ろ姿を見つめていた。
彼らはそう遠くない未来に再会を果たす事となる。
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