不思議な彼は高校生活を楽しむ
※登場する人物や学校やクラブなどは全て架空であり実在とは一切関係ありません。
夕日はほぼ沈んでいる午後6時10分の時間。サッカー部の部員達は帰宅準備を進め、弥一と大門も制服に着替え終えると、正門でスマホを見ていた摩央の元へ急ぎ足で向かった。
「ごめん杉原、待たせちゃったね!」
「別に待ってねぇよ。じゃ、すぐ帰るか」
「出たツンデレー」
待っていたであろう摩央に大門が遅れた事を謝罪すれば、ふいっとそっぽ向いて駅の方に歩き始める。その様子を見て弥一は茶化すと摩央が軽く睨んだ。
「あ、歳児ー」
そこに3人より先を行く者の姿が見えた。弥一から見えた顔は優也で、彼を確認すれば近づいて声をかける。
「……なんだ、お前ら。昼飯一緒かと思えば帰りも一緒か、仲良いな」
「帰りだけじゃないよー。行きも一緒だから♪」
優也も今から帰りで、歩く方向は3人と同じ駅へと向いている。
「君も帰る方一緒なんだ。良ければそこまで一緒に行かない?」
「好きにしろ」
「じゃあ一緒に帰ろうー♪」
大門からの誘いに優也はイエスとは言わないがノーとも言わない。だったらイエスと判断した弥一が優也と共に歩き出す。
「午後は走り込みであまりサッカーしてるの見なかったな。結局朝練の時ぐらいか」
「むしろ入部早々、よくボール触らせてくれたなって思ったよ。学校によっては1年の時ってボールを触らせてもらえなかったりするからね」
練習の風景を摩央は思い出していた。最初はミニゲームでボールを多く触っていたが、午後は走り込み中心で全員が行っていき、ボールは午前ぐらいしか触ってない。
大門の方は当時の中学1年の頃を思い浮かべていた。彼が中1の時はボールにはほぼ触れず、基礎練習ばかりでレギュラーどころか控えのベンチに入る事も無い、最初の中学1年の部活だった。
「え、そういうもんなの?」
「俺もそうだった。中学でサッカー部に入った時はまだ始めて1年ぐらいで、浅かったのがあったかもしれないけどな」
大門と同じように優也も中学1年の時はボールに触れさせてはくれず、基礎練習ばかりで彼も1年目はレギュラーになれなくて、ベンチにも入れなかった。
此処まで来ると弥一から見れば1年で入部したての頃は、ボールに触っての練習はほぼ出来ないようなものなのかと思えてくる。
「神明寺君はイタリア留学だよね。向こうじゃそういうの無かったの?」
「全然無いよ。1年目から余裕でボール触らせてもらってたし」
海外では日本のような先輩後輩の上下関係などは無い。海外では年齢など関係なく実力勝負で強いものが上に行き、弱いものが下へと落ちる弱肉強食の世界。
弥一の留学していたイタリアはそういったサッカーにおいて、非常にシビアな環境だった。
こうして聞けば日本とイタリアではサッカーの環境は全然違っている。
「イタリア……だからあんなインターセプト出来る守備技術に豪山先輩の腕を躱す程の動きまで出来るように……」
大型ストライカーの豪山を相手に、ボールを奪い取る身軽さと守備技術。それはイタリアで磨かれたものなのかと優也は納得していた。
「後半の躱す動きは別にイタリア関係無いよ?」
「……何?」
後半だけはイタリア留学は関係無い。そう言ったのは弥一自身で、優也はそれを聞いて視線を弥一へと向けていた。
「豪山先輩を躱した動きはサッカーっていうより、小学校からサッカーと合わせて習ってる合気道のおかげだねー。それも日本で屈指の名門な所で」
「あ、合気道?」
豪山からボールを奪った時の動きについては摩央も見ていた。あの動きについては確かに驚かされて凄いと思ったが、名門の合気道で学んだ動き。それを聞いて摩央だけでなく大門、そして優也も表情が驚きへと変わっている。
「ほら、僕って見ての通りサッカープレーヤーとしてはちっさいじゃん? まともにぶつかったらパワー負けして、ぶっ飛ばされて終わりなの目に見えてる。対抗するには身長大きくなってパワーを付ければ良いのが一番。でも身長は都合良く大きくなんかならない。だったら小さくても勝てるようになるにはどうすればいいのか? それが合気道、て所に辿りついたって訳」
何時も以上に饒舌となっている弥一は呆然としてる3人に、ペラペラと体格差を覆すにはどうすればいいのかと自信持っての説明をしていた。
日本の武道で、小柄な者でも大柄な相手を投げる事が可能で柔よく剛を制す、という言葉を体現しているのが合気道。
弥一は合気道の動きとサッカーを合わせ、豪山の腕を躱してボールを奪ってみせたのだ。
普通にぶつかったら豪山に限らず、他の大型ストライカーにも競り負ける。弥一も自分の欠点を分かっていて、それを補い余りある方法を既に習得していた。
心が読める強すぎる武器に加えて、力の強い相手に対して有効に働く合気道という強みを。
「(そうか……彼は、ずっと不利な体格差と戦い続けてきた。そして今日も。その補いを小学校からやっていたなんて……)」
今よりもっと小さい頃から合気道を習いながら、サッカーをずっとやってきて遠いイタリアにも留学している。自分と比べてサッカーというのに対し、本気や熱意が違い過ぎると大門は痛感していた。弥一と比べて自分は甘かったと。
弥一と違って体格に恵まれているのに、何をしていたのか。大門の意識は変わっていく。
「皆、遅くなる前に早く帰ろう。練習着もすぐ洗濯しないと」
「あ、おい大門!」
大門がそう言うと彼は先頭を歩き始めていて、慌てながらも摩央は後を追った。
「急にどうしたんだろ?」
「……火が付いたんだろうよ。今のお前の話で」
「そうなの?」
見ていた二人も続いて歩き出し、自分が大門の心に火を灯したと知らない様子の弥一に。優也は歩きつつも彼を見る。
「(火が付いたのは大門だけじゃないけどな……呑気に笑っておいてこのチビ、本気過ぎる)」
表情や行動では出さず、ただ優也も確実に火がつき始めていた。普段マイペースで笑みが多い弥一が、どれだけサッカーに本気なのかを知る。
それは大門や優也を巻き込む程で、優也も今日帰ってすぐに練習着を洗濯して早々に休み、明日の朝練に備える予定を決めていた。
「あ、ねぇー。あそこに美味そうなコロッケあるから食べてかないー?」
その弥一は駅前の肉屋に売っている美味しそうなコロッケに釣られ、帰宅まで我慢出来ず買い食いをしようと皆を誘っている。相変わらずのマイペースだ。
こうして高校生活の初日は終わり、サッカー部へ入り同級生と知り合って共に練習で汗を流し共に飯を食う。
初日から弥一は高校生活を存分に楽しんでいた。
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