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こんなに近くで...

作者: ホチ

Crystal Kayの「こんなに近くで...」をイメージして書きました。


 「突然ですが、ここで圭佑に重大発表があります」

 いつもの学校の帰り道、恵那はそう告げて足を止めた。俺は彼女のいつものくだらない思いつきだと決めつけ、足を止めることなく適当に返事をした。「今日は何さ」

 「あたし、彼氏ができちゃった」

 後ろから聞こえてきた声は、恋する女の子のそれだった。

 「……相手誰?」

 ――あれ、何でこんなにぶっきらぼうに返事してんだ?

 「サッカー部の柳君」

 「それは俺と同じクラスの柳のことか?」

 「うん、圭佑仲良いよね。だからあたしも彼のこと知ってたんだ。だけど驚いたよ~、昨日突然告白されちゃった」

 「それで付き合うことにしたのか?」

 「だって断る理由がないでしょ。柳君女子の間ですごいんだよ?かっこいいし、サッカー部のキャプテンだし、おまけに頭もいい。これで断るなんて、あたしは何様よ」

 「そりゃそうかもしれない。あんな男ザラにはいない。男の俺から見てもかっこいい。恵那にはもったいないな」

 「それは失礼でしょーが!」彼女の鞄が俺の背中に直撃した。「とにかく。あたし柳君と付き合うから彼のこといろいろ教えてよ」


 道路を挟んで斜め向かいに住む恵那と別れ自宅に戻った俺は、先ほどからの激しい心の痛みを紛らわすため手も洗わずに台所に直行し冷蔵庫の牛乳をパックのままでがぶ飲みした。口の端からだらだらと牛乳がこぼれているがかまうものか。

 まったくどうして柳は俺に一言も相談してくれなかったんだ。恵那のことならアドバイスしてやれたのに。しかし柳の奴も趣味が悪い。何で恵那なんだ?あいつよりかわいい女子なんて大勢いるのに。柳はモテるんだから他にいくらでもいただろうに。わざわざハードル下げてまで恵那にする必要ないのに。

 …………………………………………………………何で恵那なんだよ。

 自分がどれほど彼女のことを好いているか。恵那、柳、お前等知ってるか?恵那、お前は大馬鹿野郎だ。俺はお前のことなら何だって知ってる。お前のことを一番近くで見てきたのは、他ならぬ俺なんだ。柳なんかじゃ決してない。俺が一番想っているんだぞ……。

 ヤバイ、ダメージがでかすぎる。急所を突かれたとはこのことだ。胸が苦しいどころじゃない、肉体的に心臓が締め付けられているみたいだ。

 認識が甘すぎたのだ。彼女みたいに子供っぽい奴を好きになす奴なんて幼なじみの俺くらいだろうと高をくくっていたのが間違いだった。実は男子から人気があると修学旅行の夜に友達から忠告されていたのに「ありえないだろ」と流していた。恵那も大馬鹿野郎だが、俺は輪をかけた大馬鹿野郎だった。

 その夜、姉ちゃんには牛乳がない、母ちゃんには晩飯が出来たと何度も呼ばれたが、俺はとうとうベッドから起きあがることができなかった。




 「学校休まなくても大丈夫なの?おばさん心配してたよ?」

 翌朝、学校に向かう途中、恵那は心配そうに俺の顔をのぞき込んだ。

 よせ、今優しくされるのはキツイ。――また泣きそうだ。

 一睡もできなかった。気分は最悪でどれだけ学校を休もうと考えたかわからない。だけど恵那と柳の動向が気になった。昨日の下校は俺とだったが今日から彼女の隣は柳になるかもしれない。それを確認したかった。

 当然後者の心情が圧倒的に勝り、俺は目を真っ赤にしながら登校を決めた。

 「ねぇ、大丈夫なの?」

 「大丈夫だって。昨日はダルかっただけで、寝たら治った」

 「あたしといるときは元気そうだったし、寝たって言うけど目ぇ真っ赤じゃん」

 「いいだろ別に、何でもねぇよ」

 「何さ、せっかく人が心配してあげてるのに。かわいくないの」

 お前のせいだなんて、本当のこと言えるわけないだろうが。――仮に言ったとしたらどうなっちまうんだよ。

 俺が黙り込むと、恵那は「変なの」の一言でこの話題に幕を引き、あろうことか昨日の続き、柳についての質問攻になった。一種の拷問だったが、できるだけ冷静に答えた。


 下校時、恐れていたことは現実になった。

 「今日からは一緒に帰らないから」

 帰れない、ではなく、帰らない。たった一文字の違いが思いのほか響く。

 「わかってるって。柳と一緒に帰るんだろ?けどあいつ部活あるだろ。時間どうすんだ?」 

 「図書館で勉強してる。サッカー部の柳君が勉強できるのに帰宅部のあたしが馬鹿じゃ洒落になれないし……彼と対等になりたいの」

 顔を赤くした最後の一言は完全に恋する乙女のものだった。

 「はいはい、ごちそうさまですよ。じゃあ俺は帰るわ。キスしたときは報告しろよな」

 死ね!と真っ赤になって叫ばれて、俺は慌てて昇降口まで逃げ出した。しかし自分で言っておいてなんだが、本当にキスしたらどうしよう。ちなみに柳には昼休みに「お転婆娘だがよろしく頼む」と敵に塩を送ってしまった。柳の返事は「悪い」の一言だった。




 「これじゃあストーカーと責められても何も言い返せないな」

 そう一人で呟きながら俺は二人の後をつけていた。

 あれから俺は涼しくなってきたこの季節に外でずっと二人が下校するのを待ち続け、ようやく二人が出てきたときにはあたりはすっかり暗くなっていた。

 どうやら柳は恵那を送り届けるつもりらしい。部活で疲れ真っ直ぐ家に帰りたいはずなのにわざわざ遠回りをして彼女を送る。一体どこまでいい男なのだ。そして、そこまで恵那と一緒に帰りたかったのか……。

 一方の恵那は距離があるので内容まではわからないが、時折笑い声をあげていた。相変わらず声がデカイ。彼氏の前なんだから少しは抑えたらどうだ。表情は暗くてはっきりとはしないが、これは――

 「……楽しそうじゃんかよ」

 これ以上の覗きはさずがに野暮だった。俺は彼女たちが見えなくなるまで電柱の側で立ち止まり、二人が並んで帰った道を一人で辿った。



 

 あんな光景を目にしておきながらも俺は恵那との朝の登校をやめることができないでいた。我ながら女々しいと思う。けれど柳が朝練でいないこの時間だけでも俺は恵那と二人でいたかった。

 「絶対に変、最近どうしたの?圭佑元気なさすぎるよ」

 たったこの一言だけでも涙を決壊させるのには十分だった。

 思いきりあくびのふりをした。これで彼女に涙の意味ははわからない。

 「寝不足なんだよ。ここんとこ夜中までゲームばっかりしてるからすっかり夜型になっちまった」

 違う、本当は二人のことを想像してしまって眠れない日々が続いているだけだ。

 「そんなにゲーム好きだった?」

 「そんなでもなかった。だけどほら、恵那が愛しの柳君とラブラブだから?放課後時間持て余しんだよ」

 「バカ、変なこと言うんじゃないわよ!」そう言いつつも彼女はまんざらでもなさそうな表情をする「それなら圭佑も彼女作ればいいじゃない」

 「それじゃ目的と手段が逆だろうが。それに今俺好きな子いないし」

 ――お前以外には。これを言えたらどれほど楽か。

 「知ってる?圭佑って女子から密かに人気あるんだよ?あたしからすると不思議でしょうがないんだけどね。だから案外告白したら上手くいっちゃうかもよ?」

 「マジ!?よっしゃ!それじゃ思い切って誰かに告白してみようかな」

 「本当にするなら協力するよ。あたし圭佑の良い所いっぱい知ってるから、その子にアピールしてあげる」

 「それ助かる、勝率上げといてくれ」

 「まかせて」


 嘘まみれでも、彼女と話しができれば嬉しかった。




 しばらくたった日の朝、

 「なぁ、俺と初めて会った日のこと覚えてるか?」

 「どうしたの急に?」

 「別に大した意味はないんだけど、ふと気になってさ。それで、覚えてるのか?」

 「覚えてるよ。あたしが小一の夏にこっちに引っ越してきて、そのときの近所への挨拶回りのとき、でしょ?小学校は夏休みでこっちに友達一人がいなかったから圭佑がずと一緒に遊んでくれたんだよね」

 「あれ最初すっげー嫌だったんだ。母ちゃんに一緒に遊んであげなさいって厳命されてさ。本当はみんなと遊びたかったのに、お前あのときはまだひどい人見知りだったからみんなの輪に入ってくれなくて困ったよ」

 「小さかったんだからしょうがないでしょ。感謝してるってば」

 「それが今ではこんなになって……嬉しいのやら悲しいのやら」

 「それはどういう意味よ」

 「ごめんなさい何でもありません」

 「……まぁいいけど。で?どうして突然こんなこと聞くの?」

 「いやだから意味なんてないよ。ホントにふと思いついただけだから」

 近頃ずっと考えている。あの日の頃に戻れたらいいのにって。あれだけの時間があってどうして俺は彼女に好きと伝えられなかったのだろう。近すぎてそんな気持ちになれなかった?照れくさかった?そんなのは言い訳だ。

 

 後悔ばかりで切りがない。


  


 恵那に好きだと告げたらどうなるのだろう。

 上手くいってもいかなくても今の二人の関係には戻れない。振られた場合(確率的にこちらの方が圧倒的に高い)、恵那がいつも通りに接してくれたとしても、たぶん俺が彼女の前で笑えなくなる。彼女が無理をしているとしか思えなくなる。万一成功したら柳とは友達でいられなくなる。

 まぁどちらにせよ柳とはおしまいだ。どちらの場合も殴られるだろう。彼女を奪おうとしたのだから当然の報いだ。

 人間関係で見れば今のままが一番のはずだ。動けば必ず波風が立って歪みが生じる。

 ……だけどそれより大切なものがきっとある。今の関係は少なくとも俺にとっては本物じゃない。――作り笑いはこれ以上できない。

 



 明日伝えよう。

 

 「恵那は俺のことをただの幼なじみとしか見ていないと思う。俺もみんなにずっとそう言い続けてきた。

 だけどホントはずっと好きだった。

 いつでも恵那を見ていた。

 他の男の隣を歩いてほしくないんだ」


 彼女に届ける気持ちをすっかり涼しくなってしまった夕暮れの秋空へ、そっと囁いた。

読んでくださり、ありがとうございました!

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