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深夜ラジオ

作者: whitemoon

受験を控えたある男子高校性の奇妙な話し。

深夜ラジオは果たして彼に何を聴かせたのか?

 深夜ラジオ


 来年大学受験を控える彼は、高校三年の最後の夏休みにスパートを徐々に掛けるつもりで毎日深夜まで自室の机に噛り付いていた。

 夏休みも返上の過酷な受験戦争真っただ中である。しかし、そんな彼のリラックス法はと言えば、毎日受験勉強をしながらBGM代わりに聴く深夜ラジオだった。

「ふ~っ!さてと、そろそろかな?」

 見ると時計の針は一時半まであと数分のところを示している。彼はそう言って目の前のスマホを取ってラジオが聴けるアプリを起動し、いつものお気に入りのラジオ番組を選択する。

「FM〇〇~ミッドナイトパーティー!」

 いつもの若い男性DJの軽快な声でその番組が始まる。

「そうそう、このノリがいいんだよな~」

 受験勉強で日々根を詰めている彼にとっては、このラジオDJの軽快なトークが唯一のストレス解消といっても過言ではなかった。


「それではまた明日!同じ時間で最高の時間を楽しみましょう!バイバ~イ!バイバ~イ!」

 いつも二回、最後の挨拶をする少し軽薄にも感じるノリが彼の売りのような気もして、満足した気持ちで再び受験勉強に向かうのがいつものルーティンだった。


 しかし、そんな日常は突如終わりを告げることとなった。

「さてと、今日も楽しませてもらうぜ~」

 深夜一時半まであと数分といったところで彼は勉強の手を一時止めて、いつもの通りスマホのラジオアプリを開いてお気に入りのあのDJの番組に合わせた。

 と、その時。

「FM○○~MIDMOONWORLD」

「ん?」

 そこから聴こえて来たのはいつものDJの軽妙な声ではなく嫌に落ち着き払った女性の声だった。

「あれ?番組違う?」

 確かに昨日の番組とは明らかに違うノリで流れて来た女性の声に困惑しながら、彼はスマホを取ってアプリを確認する。

 しかし・・・

「いや、俺の間違いじゃないな、FM○○ってさっき確かに言ってたし局は合ってる」

 お気に入りの番組が聴けず既に受験勉強もそっちのけで彼は首を捻りながら少しイラついていた。

「まいったな、こういう急に番組変更とかって結構あんのかな?あのDJ何か不祥事でもやらかしたとか?」

 昨今、芸能人がやれクスリだ交通事故だと不祥事が多く報道されることもあり一人でそうぼやく。

 しかし、そう言いながらも彼の耳には徐々にそのラジオから聴こえてくる女性パーソナリティーの声が妙に心地よく感じられるようになっていた。

「ん~でも、この声も案外いいかも?あ、あれかな?有名な声優とか」

 声の仕事と言えば声優がまず浮かぶ為、ラジオパーソナリティもその手の職業の人が担っていても決しておかしくはない、それどころかある意味本職でもあるのだと思った。

「よし!ちょっと落ち着いた声だから眠くなるのが心配だけど、今日からこの番組にしよう!」

 そう言って彼はあっさりとこの女性パーソナリティーの番組に乗り換えたのだった。


 それから平日の午前一時半には、毎日あの穏やかな女性パーソナリティーの声がラジオから聴こえていた。最も夏休み中なので平日も休日も彼には関係なかったのだが・・・

 そうしてそのラジオを聴く習慣も当たり前になって来た頃、その番組からあるリスナーの妙な内容のメールが紹介された。

「続きましてラジオネーム、ビサイドユーさんからの恋の相談メールです」

「恋の相談?はは、いい気なもんだな~こっちは恋愛なんかしてる暇なんてないのによ」

 彼はラジオの中のそのリスナーに嫉妬でもしたのか、休憩しながら夜食のカップ焼きそばをコーラと共に飲み込んだ。

「私は今、現在進行形である人に片思いをしています」しかし、女性パーソナリティーはそんな彼の嫉妬心などお構いなしに恋の相談メールを淡々と読み進めていく。

「私は来年に大学受験を控えている身で本来なら今も受験勉強に明け暮れていなければいけないのですが」

「おいおい!俺と同じ受験生かよ!それなのに恋してるだぁ?余裕だな~」お笑い芸人の突込みのごとく彼はラジオに向かって言い放つ。

「しかし、どうしても彼のことが頭から離れません、彼とは通う学校は違うのですが、私は女子校で彼は隣の学校に通っています」

「隣の学校?ウチも隣が女子校なんですけど?まさかこのリスナー違うよなぁ?」

 確かに、彼の通う高校の隣は大きな幹線道路を挟んでここら辺では有名な名門女子校である。

「彼はいつも歩いて登校していて、私はバス通学なのですが、私が学校の前のバス停で降りるときに毎朝彼を見かけます」

「青春してんじゃん!女子高生!受験生なのに!www」

 と、彼は少しからかうようにそのリスナーを笑う。

「ある時ちょっとドキッとしたことがありました」

「お!なになに!なにがあった?」

 彼はその女子高生リスナーの恋バナに興味を持ち始めている。

「彼は、いつも通学時に使っている黒いリュックを左肩に背負っているのですが、それに小さなかわいい熊のゆるキャラのぬいぐるみがぶら下がっていて、私も同じものを持っているので、なんだかおそろい気分で嬉しいと思いながらもドキドキしてしまいました」

「え?熊?」

 と、彼は思わず自室の入口のカバン掛けにある黒いリュックの方を見る。

 それはいつも通学用に使っているリュックで、とある地方の熊のゆるキャラの小さなぬいぐるみがぶら下がっていた。因みにそれは家族でその地方へ旅行に行った際に購入した自分用のお土産である。

「偶然か?てか、結構有名なゆるキャラだからな、同じの持ってるヤツがいてもおかしくはないな」

 彼は焼きそばを食べる手を止めてそう一人で呟く。

 そして更にその女子高生からのメールを女性パーソナリティーの声が読み進める。

「そうそう!そういえば彼はスニーカーがカッコよくて!彼自身のカッコよさをより引き立ててる赤い下地に黒のラインが入った〇〇メーカーのスニーカーなんです。それを履いてるオシャレな彼もとても素敵なんです!」

 次の焼きそばを口に運ぼうとして、彼は再びその手を止めた。

 止めて、自宅の玄関にある〇〇メーカーの赤い下地に黒いラインの入ったお気に入りのスニーカーを思い浮かべた。

 先月、友人に付き合って貰ってようやく購入した今人気のスニーカーだ。

 手にするまで靴屋の長蛇の列に友人と並んだ記憶が蘇える。

「ぐ、偶然だよな?ス、スニーカーだってめちゃくちゃ人気のヤツだし!誰でも持ってるだろうし!ズルズル!・・・!うっ!ゲホッ!ゲホッ・・・!」彼は背筋に感じた寒気を振り払うように思いっきり手元の焼きそばを吸い込んでむせてしまった。

「それに彼の素敵なところはそれだけじゃないんです・・・」

しかし、女子高生リスナーのメールを読み進める女性パーソナリティーの声は止まらない。

「先日のことです、一人のおばあさんが交通量の多い横断歩道を渡ろうとしていたんですが」

「え?」彼はむせた喉を落ち着かせようと、慎重にコーラを飲んでいたところ、再びその手を止めた。

「彼がそのおばあさんに優しく声を掛けて一緒にその横断歩道を渡っていたんです、私ずっと見ていたんですけど・・・」


 『私ずっと見ていたんですけど・・・』


「・・・!」

 その言葉に、彼は心臓が跳ね上がる思いだった。

 三日前のことだ、確かに自分は交通量の多い信号もない道路の横断歩道で困っているおばあさんに声を掛けた。もちろん、一緒に安全に渡る為だ。

 しかしなぜ、それを知っている。

 ずっと見ていたから?

「彼、本当にやさしくてそれで渡り切った後にそのおばあさんから何度も何度も頭を下げられてて、最後には彼の手を取るおばあさんの皺くちゃの手からそれぞれ違う味の飴を照れ臭そうに貰っていたんです」

「うわぁっ!」彼はそう叫ぶと自分が座るイスから転げ落ちそうになりながら、慌てて制服のポケットをまさぐった。 

その手には、レモン、イチゴ・・・

「彼が貰ったその飴はそれぞれ、レモン、イチゴ・・・」

 女性パーソナリティーの声がわざと緩やかに女子高生リスナーのメールを読んでいるかのように、ゆっくりとラジオから聴こえてくる。

「べっこう飴」

「ひぃっ!」彼は生まれて初めてそんな悲鳴を上げた。

 そして今度は、あのおばあさんのしわがれて聴き取りにくい声から発せられた言葉が思い出される。

『レモンやイチゴは孫がよく食べるんだけど、べっこう飴なんか食べんでね、迷惑だったら申し訳ないんだけど・・・』

『いえ、俺べっこう飴、結構好きですよ!俺のばあちゃんも好きでしたから!』

 そう言った自分のセリフも思い出し、おばあさんがニッコリ笑ってくれた皺くちゃの優しい笑顔も思い出していた。

 しかし・・・

「彼のおばあちゃんもべっこう飴好きなんですって!」

「やめろ!もうやめろ!」

 そう叫んで彼はスマホのラジオアプリを切ろうとする、しかし何故かスマホは真っ暗な画面のままで全く反応しない。

そこに映るのは不安と恐怖と混乱と様々な感情がこもった彼の表情だけ。

「私、彼と同じ志望校にしたんです」

「え?なんだって?」

「〇〇大学の文学部。だって彼はああ見えて

結構文学青年でもあって、世界中の文学を勉強するのが好きらしいです」

「なんで?照れ臭いからそんなこと親と家族にも話したことないのに」

「だって私は彼のことなんでも知ってるから!だって・・・大好きだから」

「・・・・・・」

 何も言えなくなった彼の耳にようやく女子高生リスナーのメールから一息突こうとする女性パーソナリティーの声が聴こえて来た。

「そうですか、ではその大好きな彼に今ここで告白しちゃいましょう」

「え?なんだって?」

 一瞬、女性パーソナリティーの発言の意味が理解できなかった。恋愛相談で送られてきたメールのはずなのに、まるで今、そこに、その女子高生がいるかのように・・・

「いるわよ・・・アナタのそばに」


 その時、彼の後ろで部屋のカーテンが揺らめいた。

 窓を開けていただろうか?

 ゆっくりと彼が振り向くと・・・


 そこには、隣の女子校の制服を着た

 知らない娘が立っていた。


                                                 

                   了

受験ストレスに限らず、生きていれば様々なストレスに見舞われます。

忌々しいことではありますが、時にそんなストレスの隙間に忍び寄り怪異をみせる。

そんな存在もまたあるのでしょう。

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