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12.因果応報



「陛下……っ」


 いつもの威厳を滲ませエリスの隣に立った皇帝アデルバート。その姿を見たエリスは溢れ出しそうな涙をなんとか堪えた。


 ここでエリスが号泣してしまえば何もかもが台無しだ。


 そんなエリスの手を取り、指を絡ませた皇帝は、励ますように繋いだその手にギュッと力を入れた。貴婦人達から黄色い悲鳴が上がる。


「皇后の発表はもっと相応しい場を設けようと思っていたが、俺が寝ていたせいで先に済ませてしまったようだな」


 残念そうな皇帝の物言いに、冷静に状況を見ていた家門の当主から声が掛かる。


「では陛下、エリス嬢を皇后に迎えられたのは本当なのですね?」


「ふん、見れば分かるだろ」


 繋いだ手を引き寄せてエリスを抱き寄せる皇帝。その体温や鼓動に心底安心したエリスは、皇帝の服の裾をギュッと握って応える。


 一連の動作を見ていた貴族達は納得し、貴婦人達は尊さに息もできない様子だ。


「で? 俺のエリスに難癖をつけていたのはどこのどいつだ?」


 皇帝の赤く鋭い瞳が怒りを滲ませてエバルディン伯爵に向けられる。ヒッと息を呑んだ伯爵は、慌てて言い募った。


「へ、陛下! 私はただ、その女が陛下を惑わせたのではないかと心配で……」


「つまり、エリスが俺を騙していると? よくも俺の愛するエリスを侮辱してくれたな。不愉快だ、捕らえて首を刎ねろ」


「えっ」


 暴君の健在ぶりを存分に発揮した皇帝の一言で、エバルディン伯爵はあっという間に拘束された。


 剣を向けられ死の淵に立たされた伯爵は、パニック状態の中で慌てて声を上げた。


「陛下! こんな、あまりにも横暴です! 私は聖水を飲んで倒れられた陛下をとても心配していたのですよ!? なのにこんな仕打ちは……」


 それを聞いた皇帝とエリスは、伯爵の自滅ぶりに呆れ果てた。


「間抜けにも程があるだろ。俺が飲んだのが毒ではなく聖水だと、どうして知っている?」


「そ、それは……ッ」


「成程、お前が俺を殺そうとした犯人だったのか。皇后を侮辱しただけでなく、俺の暗殺まで企むとは。今この場で首を刎ねてやろうと思ったが、一瞬で楽にしてやるのは物足りないな。たっぷりと苦しめてから処刑してやる。覚悟しろ」


 ニヤリと恐ろしく笑う皇帝に逆らえる者などいるはずもなく。あれだけ場を掻き乱していたエバルディン伯爵は呆気なく連行された。


「犯人も捕まったことだし、エバルディン伯爵に肩入れしていない家門は解放しよう。あの馬鹿に賛同した者どもは徹底的に尋問する」


 会場にいた貴族達の明暗は、これでハッキリと分かれた。安堵し皇帝と皇后に祝辞を述べて帰宅する者、自分は関係ないと叫びながら連れて行かれる者。寄り添う皇帝とエリスの神々しさに手を合わせ拝む者。


 暴君陛下の変わらぬ権威と、彼が迎えた皇后の賢明さはあっという間に帝国中に広まることとなった。





「苦労をかけてすまなかった、エリス」


 事態を収拾し、漸く二人になれたところで、皇帝は改めてエリスに向き合っていた。


「陛下がご無事で何よりですわ」


 目を潤ませるエリスを愛しく思いながら、皇帝は横目でテーブルの上に置かれたものを見た。


「……で、あの奇妙な枝はなんだ?」


 黒々とした、干涸びた枝のようなその物体を、なんとも言えない表情で見る皇帝。聖水に内臓を灼かれていた皇帝は、この枝の粉末を飲んだことで邪気を取り込み、体を蝕んでいた聖力が中和されて一命を取り留めたらしいのだが、その実物のあまりの不気味さに複雑な心境になる。


「あれはシャルシャジャラの枝です」


「シャルシャジャラ……?」


「以前ザハルーン王国の文化を調べた時、降雨を祈願して行われる祭事の話を聞いたことがあったんです。ザハルーン王国の砂漠部には強い邪気を宿すシャルシャジャラという木が根を張っており、切ってもなお邪気を宿すこの木の枝を燃やすことで、邪気を払い雨を呼ぶ演出をするのだとか」


 エリスが小説のために他国の文化を勉強し、その過程で外交官とも親しくなったと言っていたことを思い出した皇帝は、成程と得心した。


「ザハルーン王国の外交官、ラーシド様の家系は代々この祭事を執り仕切る司祭の家系だとか。ですから、ラーシド様に掛け合えばこの枝を譲って下さると思い手紙を書いたのです」


 堅物と有名な外交官から快く協力を得たエリスの手腕に、皇帝は脱帽するしかない。


「しかし、ザハルーン王国からここまでこれを運ばせるには何日も掛かるはずだ。何故こんなに早く調達することができたのだ?」


 皇帝が更なる疑問を口にすると、エリスは眼鏡に光を反射させて答えた。


「そこはオニクス商会の流通網を利用させてもらったのですわ。オニクス商会は魔晶石を原動力とした商品の瞬間転送システムを開発しているのです。試作段階な上に、稼働に大量の魔晶石と多額の費用が必要とのことでしたが、私の要請を受けた商会長が迅速に対応してくれました」


 これまた小説執筆のために得たコネを遺憾なく発揮したエリス。


「お二人への連絡には、出版社の緊急通信を使用させてもらいました。本来は新聞のスクープを世界各国にいち早く届ける魔術システムなのですが、担当のルークに頼んで大至急手紙の内容を二人に届けさせたのです」


「…………」


 黙り込んだ皇帝は、無言のままエリスを抱き寄せた。


「!! 陛下……?」


「……お前のお陰で助かった。お前がいなければ、俺は死んでいただろう」


「縁起でもないことを言わないで下さい!」


 皇帝が死ぬかもしれない。そう思うだけで、エリスがどれほど絶望したことか。


 人の気も知らないで、と怒るエリスを見下ろした皇帝は、痛いほどに胸が痺れるのを感じていた。ドクドクと高鳴る鼓動と、果てしない安息と、表現し難いほどの激情。皇帝の胸中に渦巻くそれらが、全て腕の中のエリスだけに向けられている。


 この狂おしくも心地好い感情の名を、皇帝は知っているような気がした。


「あの婚姻誓約書にサインしたということは、正式にお前は俺のものになったと思っていいんだな?」


「……はい」


 エリスを独占したい。自分だけのものにしたい。と同時に、自分だけを見てほしい。自分と同じだけの想いを、自分に向けてほしい。


「全部だ」


「え?」


「愛も恋も執着も、俺の中の感情全部がお前だけに向いている」


 エリスの眼鏡を外した皇帝は、鼻先が触れ合う距離で傲慢に命令を下した。


「永遠に俺のそばにいろ。小説が書けなくても、皇后の務めを果たせなくても構わない。だが、俺から離れるのだけはダメだ。それだけは絶対に許さない」


「はい……陛下」


 既に心を決めていたエリスは、ゆっくりと落ちてくる彼の唇を素直に受け入れたのだった。







 暴君皇帝の妻となった皇后が、ロマンス小説作家エリストラであるという話は帝国中に広まっていた。


 それは当然、エリスの父であるトランチェスタ侯爵の耳にも入ったわけで。


 父からの手紙を受け取ったエリスは、ワナワナと震えていた。


【エリスよ、お前があんなに破廉恥な……いや、情熱的な話を書いているとは知らなかった。お前の才能に気付いてやれずすまなかった。正直とても複雑だが……しかし、納得もした。以前陛下から伺っていたお前の夜の才能については……これも受け入れるのに相当な時間が必要だったが、あんなに破廉恥な話を書くお前であれば、そういう面でも才能を発揮するのだろうと、今ではなんとか受け入れられそうだ。何はともあれ陛下と末永く幸せにな。 追伸、お前と陛下のアレコレを想像してしまうので、お前の新作は買ったまま未読だ。そのうち気持ちの整理ができたら読んで感想を送るから、待っていてくれ】


 顔中が赤くなり、嫌な汗が吹き出て目を逸らしたくなるのを必死に我慢しながら父からの手紙を読み終えたエリスは、握り締め過ぎてシワの寄ったその手紙を震える手で机の中に封印した。


「陛下? いったい父に何を言ったのですか?」


 目を吊り上げたエリスが、皇帝を睨む。危険を察知したジェフリーは早々にその場を逃げ出して行った。


「い、いや……俺はただ、エリスがいないと生きられない体にされたと言っただけで……」


 汗を流しながら弁明する皇帝。全てを悟り呆れるエリス。


「…………暫くの間、陛下とは口を利きたくありません」


「なっ!? エ、エリス……」


「……」


 くるりと背を向けたエリスに、皇帝は情けなく追い縋った。


「エリス! 俺が悪かった! 頼むから許してくれ、この通りだ! お前に無視されるなんてこの世の終わりだ!」


 土下座する勢いの皇帝は、妻の前では暴君の威厳など投げ捨てて必死に許しを乞う、どこにでもいるようなただの男に成り果てたのだった。



 暴君皇帝陛下が治める帝国は、今日も平和である。










地味令嬢ですが、暴君陛下が私の(小説の)ファンらしいです。 完



最後までお読み頂きありがとうございました!



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― 新着の感想 ―
サクッと読めて、大爆笑でした。 良い物語をありがとうございます。
大爆笑回
[一言] めちゃくちゃよかったです〜〜〜〜!!! 俺様だけど好きな人には弱いイケメン、最高です(^^)
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