『漁師と速記が好きなおかみさん』
漁師は、海のそばに住んでいました。おかみさんと二人で、食べるには困らない生活でした。
ある日、漁師は、一匹のカレイを釣り上げました。見事なカレイです。しかし、漁師は、カレイに懇願されました。実は、自分は、ある国の王子だったのだが、魔法をかけられて、カレイにされてしまったのだ、と。どうして、西洋の魔法使いは、王子ばっかりに魔法をかけて、つまらない生き物に姿を変えさせるのでしょう。それはともかく、漁師は、カレイを逃がしてやりました。
漁師は、家に帰ると、おかみさんに、きょうの出来事を話しました。
「それで、お前さんは、何も言わずに、カレイを逃がしてやったのかい」
「元気でな、って言ってやった」
「そうじゃないよ、逃がしてやるんだから、かわりに何か願いをかなえてもらうがいいじゃないか」
「そういうものかね」
「もう一度、海に行って、速記道具でももらっておいでよ」
おかみさんに言われて、漁師は、海に向かってカレイを呼びました。
「どうしました、漁師さん」
「うちのかみさんがね、助けてやったお礼に、速記道具でももらってこいって言うんだよ」
「なるほど、そんなことですか。では、家にお戻りなさい。速記道具が届いていますよ」
漁師が家に戻ると、速記道具が届いていました。おかみさんは、少し速記をしてみましたが、知識がないので、書けませんでした。
「お前さん、カレイに、速記の知識をもらっておいでよ」
「またかい」
漁師は、海に向かってカレイを呼びました。
「どうしました漁師さん」
「うちのかみさんがね、速記の知識をもらっておいでって言うんだよ」
「なるほど、そんなことですか。では、家にお戻りなさい。速記の知識がついていますよ」
漁師が家に戻ると、速記の知識が身についたおかみさんが、速記を書いていました。
「お前さん、速記の知識があるだけでは、速く書けないんだよ。速記力をもらってきておくれ」
「図々しくないかな」
「命を助けたんじゃないか、いいから行っておいでよ」
漁師は、海に向かってカレイを呼びました。
「どうしました漁師さん」
「うちのかみさんがね、速記力をもらっておいでって言うんだよ」
「なるほど、そんなことですか。では、家にお戻りなさい。速記力がついていますよ」
漁師が家に戻ると、速記力が身についたおかみさんが、ばりばり速記を書いていました。
「もうこれで満足だね」
漁師が尋ねると、おかみさんが言いました。
「速記が書けるようになるとさ、もうあと上には、全知全能の神しかないと思うのさ。カレイに言って、全知全能の神にしてもらっておくれよ」
「全知全能の神に言って、カレイにしてもらうより難しいと思うよ」
漁師は、海に向かってカレイを呼びました。
「どうしました漁師さん」
「うちのかみさんがね、全知全能の神になりたいって言うんだよ」
「なるほど、それは禁止ワードですね。家にお戻りなさい。全ては元どおりになっています」
漁師が家に戻ると、おかみさんが、漁師のおかみさんに戻っていました。
教訓:速記道具、速記の知識、速記力、全知全能、という発展が、小気味いい。