3. ルゼ・グラント二ス
俺は理解が追い付けなかったが、目の前にいる推しになぜか涙が出そうになった。
「ルゼ様なの?」
「課長。私がルゼです」
「どういうこと?」
「宝仙瑠依はルゼ・グラント二スなんです」
俺は混乱していた。
「え?え?」
「詳しく説明したいのですが、そろそろ皆さんが起きてしまいます。場所を移動しましょう」
そう言いながらルゼ様が自分の頬に触れると宝仙さんの姿に戻った。
俺は全然理解が出来なかった。
居酒屋で寝ていた人たちが起き始めた。
「では行きましょう」
俺は宝仙さんに連れられて店を出た。
▽ ▽ ▽
「何でこんなところなの?」
俺達はラブホテルに来ていた。
「他の人に聞かれなくて、姿を変えやすいところがここしか思いつかなかったんです。すみません。それに始めてくるなら課長とが良かったですし」
「本当にごめん。まじでなんもわかんないし、部下にキスされて、謎の現象を見せられていろいろ混乱してる」
「ですよね。すみません」
宝仙さんは頭を下げた。
「まず、私の事を話していいですか?」
「う、うん」
宝仙さんが頬に触れるとルゼ様の姿になった。
「まず私の名前はルゼ・グラント二ス、異世界から転移してこの世界に来ました」
「え?」
俺の脳は処理にだいぶ時間がかかっているようだ。
「信じられないと思いますが、話を聞いてください」
俺は頷いた。
「私は知っての通り魔王軍の幹部でした。ある日、他の幹部の策略で私と魔王様は魔人領から逃げ出すことになりました。私達は敵に魔力の大半を奪われ、呪いのようなものをかけられました。魔王様は残っている魔力を使って禁忌魔法を使い、私達はこの世界に転移したのです」
「じゃあ本当に君はルゼ様なの?」
「はい。ですが禁忌魔法を万全の状態ではない時に使用したことが原因で、私と魔王様は人間の5歳の子供の姿になり、記憶がなくなってしまったのです。たまたま私達を拾ってくれたおじい様が育ててくれたので、何とか生きることが出来ました」
「それで?」
「私達が14歳になる年におじい様が亡くなりました。そして15歳になった時、私達は魔人族だった時の記憶を急に取り戻したのです。そして身体と力を少し取り戻すことができたのですが、いろいろと問題が発生しました」
「問題?」
「私達は生きる上で微量ですが魔力が必要なのです。記憶を取り戻すまでは、おじい様が魔力を持っていたみたいで何とか生きていけたのですが、亡くなってからは魔力を持つ人を見つけることが出来なくて」
アニメの世界の話を聞いてる気持ちになってくる。
「それでどうしたの?」
「なんとか魔力に変換できる物はないかと探していてたんです。いろいろなものを試したのですがなかなか見つからなかったんですが、ですがとうとう魔王様が見つけたのです」
「それは?」
「お金でした」
「お金?」
「はい。魔王様の力でお金を魔力に変換できるとわかってからは大変でした。おじい様の遺産である程度魔力を補充が出来たのですが、それも無限にあるわけではありません。それにこの世界で生きていくうえで必要なお金もそこから出さなくてはいけない。私達は自分達で稼ぐ方法を考えました」
何となくだがちょっと理解できるところが出てきた。
「それがVtuber?」
「はい。当時まだ流行り始めぐらいだったVtuberは私達にとって天職でした。パソコンに微量の魔力と意識を送るだけで出来たのですから」
俺が知ってる配信のやり方と違いすぎて驚いた。
「え?パソコンの中に入ってるの?」
「そうですよ。Vtuberを始めて、いろいろ大変なこともありました。最初は人も来ないし、お金も貯まらないし。でも頑張れたのはある人のコメントだったんです。それに救われたんです」
彼女の目線と今までの話で何となく分かってしまった。
「それが俺?」
「はい。そのおかげで今日まで続けられました」
ルゼ様の話は予想をはるかに超えていて、理解するまで時間がかかった。
だが推しが目の前に居る。俺はルゼ様の部下だ。信じる以外ない。
「ルゼ様。Vtuberでそれなりに稼げるようになってますよね?なんでうちの会社に?」
「元の世界に戻るためです。禁忌魔法は膨大な魔力を使います。魔力が不十分の状態で使用すると、この世界に来た時のようなことになってしまいます。なので、お金を稼ぎながら膨大な魔力を持つ人を探すのが魔王様からの指令でした。それに何年も人間として育っていたので、OLというのに少しあこがれがありました」
「なるほど、それで見つけたのが俺ということですね」
「そうです」
やっといろいろ理解することができた。
そして俺がやるべきことを。
俺はルゼ様の目をジーっと見た。
「ルゼ様」
「はい」
「俺の魔力を全部持って行ってください。俺の生活はあなたに貢ぐと決めていたんです。先ほど俺のコメントに救われたと言ってくれましたが、あなたの配信に俺は救われていました。元の世界に帰ってしまうのは寂しいですが、あなたに貢ぐと決めたんです。魔力を根こそぎ持って行っちゃってください。私は死んでしまっても構いません」
こんな部下冥利に尽きることはあるだろうか。
俺は決めた、この身が朽ちてもいい。
ルゼ様を元の世界に帰す。
「いやですよ」
「え?え?ルゼ様?」
俺の中では最終回ぐらいの気持ちで言ったんだが、予想外の返答だった。
「さっき言いましたよね。最初は魔力目的でしたが、今は課長が好きだって。私と付き合ってって言いましたよね?」
「は、はい」
「その返事をまずもらってないです」
「え?え?」
「それでどうなんですか?付き合ってくれるんですか?」
「いやーえーっと」
ルゼ様の勢いに俺は戸惑ってしまった。
「課長のリサーチは済んでるんですよ」
「え?リサーチって?」
ルゼ様はまた謎なことを言い出した。
「私の同人誌とか家にあったじゃないですか!もうそれは好きじゃないですか」
「えー!ルゼ様!何見てるんですか!」
急な暴露に俺は戸惑った。
「目の前に居るんですよ?同人誌みたいなことしてもいいんですよ?」
「いやそのそれは!」
「返事をください」
さっきまで勢いがあったルゼ様が急にしおらしくなった。
「私だって初めて告白したんですよ。そんな無碍にしなくてもいいじゃないですか」
しおらしくなったリゼ様に影響されたのか、俺は真面目に返答した。
「あの、俺30歳なんですよ。だいぶ年上ですけどいいんですか?」
「私は身体は20歳ですけど、100歳超えてるんですよ?私の方が年上です」
「あーなるほど」
なんか数字が多すぎて訳が分からない。
「わかりました。最終手段です」
「最終手段?」
ルゼ様は立ち上がり、俺の目を見た。
「上司命令だ。私と付き合え!」
「わ、わかりました!!」
俺は謎の現象に巻き込まれ、推しが部下で部下が上司で上司が彼女になった。
▽ ▽ ▽
「ルゼ様、ちょっとこれを羽織ってください」
俺はジャケットを渡した。
ルゼ様の服装は配信の時に着ているのと全く一緒で目のやり場に困った。
「ありがとうございます。課長、ルゼって呼んでくれませんか?」
「え?」
「私はハルキさんと呼びたいです」
落ち着いたら問題が起きた。
推しがかわいすぎる。俺はすべてがぶち壊れない様にしっかり自制できている。
成長したな俺。
俺は自制を保つために真面目な話を始めた。
「まずはこれからの事を話しましょう」
「敬語もやめてください」
むくれる推しも素敵だ。
「わ、わかったよ。これからの事を話そう」
「はい!」
「元の世界には戻るんだよね?」
「はい。魔王様と一緒に裏切った奴らを懲らしめたい。それに魔人領が心配です」
「じゃあルゼは元の世界で暮らすんだよね?」
「暮らさないです。たぶん魔王様も暮らさないと思います」
「え?」
「いろいろ解決したら帰ってくるつもりです」
「そうなの?」
「はい。この世界に15年も暮らしてますし。私達を拾ってくれたおじい様の家を放置するのはちょっと嫌なので。魔人領を安定させて、こっちで暮らしたいです」
「なるほど」
「うん。でも数回は元の世界と行き来しないとダメだと思います。ハルキさんにはそのたび魔力を貰うことになると思うのですが、いいんですか?」
俺は1つ疑問が浮かんだ。
数回も元の世界に行き来するほど、俺は魔力を持っているのだろうか?
「そんなに俺って魔力があるの?」
「はい。容量も多いですし、回復もそこそこ早いです。その魔力の多さで私の魅了が効きませんでした」
「そうなんだ。どうやったら魔力って渡せるの?」
「触れるだけで奪えます。ハルキさんの魔力の容量は私の3倍はあるので、数時間触れていれば満タンになるはずです」
「え?じゃあさっきのキスは?」
ルゼはそっぽを向いた。顔は赤くなっていた。
「ごめんなさい」
「い、いや。俺の方こそ」
30歳でこんな甘酸っぱい空気を吸うことになるとは思ってなかった。
「は、話を戻すけど、とりあえず俺は何をすればいい?」
「明日うちに来てほしいです。魔王様にも会ってほしいので。あっ!もう今日ですね」
「え?」
ベッドの上の時計を見ると時間は深夜1時近かった。
「終電ないや。ルゼは?」
「私もなくなりました」
「「………」」
沈黙がつらい。
「と、泊まろうか」
「は、はい」
俺達は背中合わせでベットに横たわった。
30にもなって、胸の鼓動が暴れていた。
「お、起きたら1度家に帰って、それからルゼの家に行くね」
「ありがとうございます」
「なんか必要な物ある?」
「ないと思います」
「わかった」
「「………」」
沈黙がつらい。
ルゼ様が沈黙を破った。
「ハルキさん!」
「うん?」
「寝てる間でいいから、抱きしめててくれませんか?」
「え?え?え?」
今の俺ってたぶん気持ち悪いんだろうな。
「ま、魔力が回復できるので」
「あ、ああ。そういうことね」
俺は身体の体制を変えて、ルゼを後ろから恐る恐る抱きしめた。
そして目を閉じた。
ルゼは黙って俺の腕をつかんだ。