2.偽りの平日
朝の電車は憂鬱だ。
電車が進むとルゼ様の部下という役職から会社の課長という役職にどんどん変わっていくように感じる。
俺の家から会社までは電車一本で行ける。
ルゼ様に貢ぐために早く帰れて安い家賃の場所に引っ越した。
「はぁー。上司と部下の板挟みになりに会社に行くのか」
仕事も貢ぐための資金集めだと思うことで何とかやっていけていた。
30分ほど電車に乗り、会社の最寄り駅に到着した。
▽ ▽ ▽
会社に出社し、朝礼が始まった。
朝礼なんてうちの部署でしかやっていない。
今日はいつもより人が多い。
部長の隣には見知らぬ男女が立っていた。
「えー今日からこの部署に配属になった、内田君と宝仙さんだ。研修を終えたばかりの新入社員だ。わからないことも多いだろうから、しっかり指導を頼むぞ」
「「よろしくおねがいします!」」
部長が紹介すると2人は頭を下げた。
「じゃあ内田君は田所君のチーム、宝仙さんは及川君のチームで面倒見てくれ」
「「わかりました」」
「「よろしくお願いします」」
最悪だった。まさかの女性の方が俺のチームに来てしまった。
昔なら「女性だ!ラッキー!」ってなっていたが、さすがに30歳にもなると同性の方がやりやすいと感じてしまう。
それにルゼ様の部下になってからは、彼女を作ろうとしなかったせいか特定の女性以外と絡むのが苦手になっていた。
宝仙さんが俺の方にやってきた。
「宝仙瑠依です。宜しくお願いします」
宝仙さんは小さな声で自己紹介をしてきた。
「及川だ、よろしく」
宝仙さんは前髪が少し長くてメガネをかけていた。
第1印象はちょっと根暗そうなイメージだった。パリピやテンション高い系じゃなくてひとまず安心をした。
「じゃあデスクはここを使って」
「はい」
俺は部下の田端に指示を出す。
「田端!宝仙さんに仕事のやり方を教えてあげて」
「わかりました」
そしてうちの部署で唯一の女性の萩原にも指示を出す。
「萩原も同じ女性だから気にしてやってくれ」
「わかったわ」
俺は宝仙さんの指導を部下に任せ、仕事を始めた。
▽ ▽ ▽
偽りの平日もやっと最終日になった。
今日はすぐに家に帰って、ルゼ様の配信を見ないと。
「課長!」
田端に呼ばれた。
「ん?どうした?」
「今日は金曜なので、宝仙さんの歓迎会をしようと思うんですが課長もどうですか?」
「あー今日か…」
ルゼ様の配信を見逃すわけにはいかない。
でもさすがに新人の歓迎会に行かないのはまずい。
どうするか。
ヴーヴー。
スマホが鳴った。
「ちょっとすまん」
スマホを見ると、SNSの通知が来ていた。
それをタップして開くと、ルゼ様の投稿の通知だった。
[今日は魔王軍の仕事が忙しくて、配信はお休みします!明日はするからよろしくね!]
今日の配信は休みか。
「田端。歓迎会だが、参加するよ」
「はい!わかりました」
俺は新人の歓迎会に参加することを決めた。
▽ ▽ ▽
仕事が終わり、会社近くの居酒屋に俺のチームが集まった。
「では宝仙さんの歓迎会ということで、今日は楽しく飲みましょう!カンパーイ」
田端の乾杯の音頭で歓迎会は始まった。
俺のチームは男性4人の女性2人の6人だ。
新人の宝仙さん・俺の同期で女性の萩原・部下の田端・斉藤・山城だ。
同期の萩原は優秀で面倒見もいい。それに既婚者というところがいろいろと安心できる。
部下の田端君は新人の時から俺が指導しているので、俺が飲み会などにあんまり参加しないのを自然とフォローしてくれるいい部下だ。
飲み会は進んでいく。
テーブルは2つに分かれていて、俺のテーブルには田端と萩原がいた。
「課長と飲むの久々ですね」
「そうね。私も久々に呑むわ」
萩原と田端が珍しく変に絡んでくる。
2人はチームの中でも付き合いが長いので、仕事以外はだいぶフランクに話す関係だ。
「まあいろいろと俺も忙しいんだよ。まあ付き合いが悪いのは自覚してる。2人が俺のチームで助かってるよ」
「それが聞ければいいのよ。及川は仕事はできるから、付き合い悪いくらいならフォローするわ」
「そうっすよ。俺もずっと面倒見てもらってるんすから!まあ少しは呑んでほしいっすけどね」
「ははは。まあめげずに誘ってくれ」
「はーい」
田端のしつこくないところも本当に助かっている。
酒もだいぶ進み、歓迎会はそれなりに盛り上がていた。
「そういえば宝仙さんはどう?」
「優秀でいい子よ」
「そうっすねー。歓迎会をやるっていったらすごい喜んでましたし」
「あーそうなんだ。まあこれからも面倒見てあげてくれ」
「はーい」
新人について話す2人の顔はそこそこ赤くなっていた。
「てか及川って、宝仙さんと前からの知り合い?」
「ん?そんなことはないと思うけど」
「あーじゃあなんなんだろう」
萩原が首をかしげた。
「なにが?」
「私、宝仙さんと今週何回かランチに行ったんだけど、毎回及川のこと聞かれるのよね」
「え?」
「もしかして、及川モテ期?」
萩原はニヤニヤしながら言ってくる。
「課長はいいなー。顔も体型もいいのに、彼女がいないの信じられないですよ」
「そうよ。彼女作らないの?」
萩原と田端は酔っているのかグイグイ来る。
「は?馬鹿言うな。あんな若い子が、俺みたいなおじさんをそういう目で見るわけないだろ。それに彼女はいらん!」
「及川のそのスタンスは何なの?ずっといらないって言ってるよね」
これ以上聞かれると、いろいろ隠せなくなる。
「まあいいだろ。人それぞれだ」
「いいけどさー。宝仙さんはいい子だと思うな」
「俺もそう思いますよ!」
2人にそこまで言われると、さすがに少し気になり宝仙さんを見てみると、酔った斉藤と山城に絡まれていた。
「おい。酔った2人が宝仙さんにだる絡みしてるぞ」
「え!?あのバカ!すぐに対処してきます」
田端はすぐ2人のもとに向かい、萩原は宝仙さんをこちらに避難させてきた。
「宝仙さん。大丈夫か?」
「…はい。課長も萩原さんもありがとうございます」
宝仙さんは苦笑いをしていた。
「わたしはちょっと田端のフォローしてくるから、宝仙さんと及川は喋ってなさい」
「え?お、おい!」
萩原は田端のもとに向かってしまった。
さっきの流れからのこの状況はだいぶ気まずい。
「ごめんな。せっかくの飲み会なのに、こんなおじさんと喋ることになっちゃって」
「いいえ。平気です!むしろ課長と話したかったです」
俺の想定していたリアクションじゃなくて少し驚いた。
動揺していたところに田端が戻ってきてくれた。
「課長!山城達つぶれたんで送ってきます」
「え?大丈夫?手伝うか?」
「家の方向が同じなんで、タクシーに突っ込んで帰っちゃいます」
「わかった気をつけろよ」
「はい!」
田端は酔いつぶれた2人の荷物をまとめ始めた。
すると萩原も戻ってきた。
「私もそろそろ帰るわ!」
「え?萩原も?」
「旦那がそろそろ家に着くって連絡来たし、田端だけじゃ2人は運べないだろうからタクシーまで手伝ってくるわ」
「そんなの俺がやるぞ?」
「及川は宝仙さんと飲んでていいから。主役を放置はダメでしょ。あの2人は私と田端に任せて。その代りお会計はおねがいね」
「わかったよ」
元々払うつもりだったから良いが、2人で飲むのは気まずすぎるし、宝仙さんも嫌だろ。
俺の考えを察したのか、萩原が宝仙さんに問いかけた。
「宝仙さんも帰る?それとももう少し飲む?」
「もう少し飲んで課長とお話ししたいです!」
「え?」
予想外の反応に声が出てしまった。
それを聞いた萩原はニヤニヤしている。
「じゃあ、課長よろしくね。くれぐれも手を出したりしない様に!しないとは思うけど」
「しないわ!」
宝仙さんを見ると顔を赤くしていた。
「じゃあ2人を送ってくるね。また来週!」
「課長、お疲れさまです!」
「おう。また来週」
「おつかれさまです」
2人は酔っ払い2人を連れて店から出て行った。
俺は宝仙さんと2人になってしまった。
「し、仕事にはなれた?」
「はい!楽しいです!」
「そうか、よかった」
若い子と話す内容が思いつかない。
俺が悩んでいると宝仙さんが口を開いた。
「実は課長に聞きたいことが」
「え?何?仕事の話?」
「私のこと、どう思ってますか?」
「え?」
急な展開に俺はもの凄く動揺した。
宝仙さんはそんな俺を気にせず話し続けた。
「私は課長が運命の相手だと思っています」
俺は混乱した。年下の部下からの謎のアプローチ。
いきなり運命の相手と言われても、どう返事するのがいいのかわからない。
大人の余裕を見せないと。
俺は深呼吸し、宝仙さんに質問をした。
「ごめん。なんでそう思うのか聞いてもいい?」
「はい。」
宝仙さんは口を開いた。
「まず顔が好きです」
「え?あ、ありがとう」
純粋に褒められたのはうれしいが、バカっぽい理由で驚いた。
「あと優しいです」
「それはみんな優しいだろ?」
「いえ、課長は特別なんです」
「そうか?」
「課長以外の人は、私が魅了しているので優しいのは当然なんです」
宝仙さんが怖い事を言い出した。
「課長には魅了が効いてないのに優しいんです」
「う、うん?」
全然意味が分からなかった。
「この会社に入社して課長を見かけた時は私も驚きました。この世界にこんな量の魔力を持ってる人がいるなんて思っていなかったから」
「ん?宝仙さん?」
「最初はその魔力が目的でした。だけど姿を変えてアプローチしても全く効かなかったんです」
「姿を?ん?」
「それから課長の調査をしたんです。そうしたら昔から課長に助けられていたことを知ったんです」
「うーん。ごめん。本当に何の話かわかんないよ」
「それを知って、私は課長の事を好きになってしまったんです。わざわざこの部署に異動できるように人事部を操作して、やっとしっかり話せるポジションに来たんです!」
「ごめんさっきから何の話かさっぱりで…」
「そうですよね…わかりました」
そういうと宝仙さんはメガネをはずした。
「少し魔力を頂きますね」
「え?」
宝仙さんは俺の唇を自身の唇で塞いだ。
「んーーーー!」
俺は動揺した。居酒屋で部下とキスなんて許されることではない。
それに俺には貢ぐ相手がいるんだ。
「いただきました。スリープ!」
ドサッドサッ!
「え?」
宝仙さんが何かを言った瞬間、居酒屋に居た全員が眠ってしまった。
「は?」
「課長。私と付き合ってください」
「え?」
宝仙さんの声ではなく、聞き慣れた声が聞こえた。
宝仙さんを見るとそこに宝仙さんはいなかった。
居たのは赤いセミロングに太くて短い角、ルゼ様だ。
「え?」
俺の偽りの平日は、大きく変動しそうだ。