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1.充実した休日

俺の土曜日は空が暗くなり始めたころに起きるところから始まる。


昨日会社終わりに買い込んだサラダとチキンを冷蔵庫から出して食べる。


俺の食事はいつもこんなもんだ。

身体の健康と体型の維持のためだけに食事をしている。

食事なんていう行為、俺の中での優先順位はだいぶ下だ。


俺はスマホを開く。

別に誰からも連絡は来ていないが、そんなものはどうでもいい。


SNSを開きスクロールをする。

「おっ。起きてる」


俺は目的の投稿が確認できると、スマホをタップする。

「おはよ!今日も楽しみ!これでよし。投稿」

とりあえず毎日の日課の一つが終わった。


床にベタ置きのノートパソコンを開いて目的のページを出した。

「21時からか、まだ時間はあるな」


俺は時間をつぶすために筋トレを始めた。



俺は及川遥希。30歳。


平日は、普通に就職した会社で課長をしている。

課長というポジションがあるようなちょっと古めの会社だ。

上がどんどんやめて行き、ロケット鉛筆式でそこそこの役職に就くことができた。


それなりに給料をもらっているが、俺は家賃5万の普通のアパートに住んでいる。

俺にとっては住んでるところのレベルを上げる事すら優先順位は下だ。


俺には崇高な趣味というか生き甲斐がある、金も休日もそれにつぎ込むことが俺の生きがいだ。


筋トレで時間をつぶしていたが、21時までまだ時間があった。

「さっきの食事だけじゃ、ちょっと足りなかったな」


俺はケトルでお湯を沸かしてコーヒーを入れる。

お湯が沸くのを待っている間にタバコに火をつけた。

「ふー。今日も楽しみだ」


タバコが吸い終わると同時にお湯が沸いた。

コップにインスタントコーヒーを入れ、お湯をそそぐ。


「あと2時間か」

俺はコーヒーを飲みながら、崇高な趣味の時間になるのを待った。


▽ ▽ ▽


時間になった。


俺はパソコンを開き、イヤホンを付ける。

目的のページを開き、キーボードを打つ。


[haru:待機!待機!]

あと3分。


[haru:待機!待機!]

60秒


[haru:待機!待機!]

始まった。


聞き慣れた心地よい音楽がイヤホンから流れてくる。


[haru:始まった!]

[haru:待ってたよー!]


音楽が鳴りやむと、画面には赤いセミロングの髪に太くて短い角が付いている女の子が映った。


「部下共!待たせたな!私は暴食の悪魔で魔王軍幹部のルゼ・グラント二スだ!今日もよく配信に集まってくれた!」


この方が俺の金と時間を捧げる相手。上司のルゼ様だ。


[haru:参りました!]

[haru:今日も素敵です]


「ははは!今日も4000人近い部下が集まったようだな!感謝する!」


[haru:感謝!感謝!]


「はい。といういつもの挨拶のお付き合いありがとうございます。ルゼでーす。今日はいつものゲームをやりながらみんなとおしゃべりできたらいいなと思ってます。昨日も12時間くらい配信しちゃって魔王様に怒られちゃったから、今日は短くなるように頑張るよー」


[haru:長時間配信楽しいよ]

[haru:ルゼ様今日もかわいい!]


「うん。ありがとうみんな。じゃあゲーム画面に移動!」


そう。俺の崇高なる趣味はVtuberを推すことだ。


▽ ▽ ▽


ルゼ様とは5年前に出会った。

動画配信サイトを見ていたら、たまたまおススメに出てきた。


当時はVtuberなんか知らなかったし、何かを推すという感覚が分からなかった。

たまたま仕事でうまくいかなかったときに、気まぐれで送った初コメントを読まれて励まされてからドハマりしてしまった。


会社ではそれなりの役職なのでまともな人間を演じているが、本当はルゼ様の部下だと思いながら生活をしている。

ルゼ様がの配信が金・土・日が多いので、仕事が終わるとすぐ帰宅して21時からはルゼ様のための時間にしてある。


筋トレをしているのも、ルゼ様の為にいつまでも働けるようにしているだけだ。

ルゼ様が居れば、恋愛などの楽しみもいらない。


正直、自分がおかしいことは30歳なんだからわかっている。こんな自分を会社の人には見せられないし、高校時代の親友達にも見せられない。

でもわかっているのにやめられないんだ。


俺はそれが推すってことだと思っている。



5年前のルゼ様は同接が2ケタいけばいい方だった。


ある日の配信で素のかわいらしい一面を見せたのがきっかけで人気が出た。

魔王の幹部というだけあってちょっとエッチでSっぽい服や口調だったのに、素は優しいお姉さん系だった。

ギャップという言葉はルゼ様の為にある言葉とその時知った。

なので最近は最初の挨拶以外は素で配信している。



「ん?うん。今日も魔王軍のお仕事してきました。疲れましたよー。金曜日だからお酒を呑んで帰ろうと思ったんだけど、みんなに会いたくて我慢して帰ってきちゃいましたよ」


[haru:うれしい。飲んでもいいよー]


ルゼ様は人気FPSバトロワゲームをやりながら雑談している。

「え?飲んでいいんですか?でも魔王様に怒られちゃうから今日は我慢。魔王軍は明日お休みだから、魔王様に怒られないレベルでみんなと喋っていたいな。あーやばい!敵が!あー蘇生お願いします!蘇生を!」


[haru:うれしい!朝まで付き合う!]

[haru:どんまい!]

[haru:NF!NF!]


ルゼ様のゲームの腕はいまいちだ。毎回雑談をしている間にやられてしまっている。

話に出てくる魔王様というのは良く一緒にコラボをするVtuberのことだ。


「よーし。さっきはすぐに負けちゃったので、次はチャンピオン目指して頑張りますね!」


[haru:がんばって!]


ルゼ様と過ごしているこの時間が最高に幸せだ。


▽ ▽ ▽


「あーいけるよルゼ様!」

ルゼ様のゲームを見ていると熱が入って声が出てしまう。


前はもの凄く下手だったが、最近は少しずつ上手くなっている。

ちゃんと努力が出来る子なんだ。


「あと1部隊?部下のみんな、頑張るから見てください!あ、あ、あ、あーー負けた。2位だ」


[haru:NF!次は勝てるよ! ¥10,000]


「あー負けちゃいました。あっ!haruさんスペシャルチャットありがとう。いつもありがとございます」


俺が送ったのはスペシャルチャットといい、配信者へお金を貢ぐ方法だ。

俺の給料の大半は、ルゼ様へのスペチャとグッズで無くなる。

同接が1ケタの時代から俺は貢ぎまくっていた。


「よーし次こそはチャンピオンになりますよ!部下のみんな見ててね」


[haru:うん。がんばれ!]


ルゼ様の諦めない姿勢も本当に尊敬できる。

どこかで生きているルゼ様が俺のスペチャでおいしいご飯を食べていてほしい。


▽ ▽ ▽


「じゃあ今日もスペチャ読みしながらお話ししようか」


[haru:今日も楽しかったよー]


時間は日曜の朝8時だ。

結局ルゼ様は1回もチャンピオンを取れなかった。


「haruさん。スペチャありがとー」

スペチャ読みでもちゃんと名前が呼ばれた。


「明日は魔王様とコラボしようかなーって思ってます。てかもう今日だね。たぶん魔王様が私の配信部屋に来てゲームする予定なんだけど、何かおすすめあります?」


[haru:謎解き系は?]

[haru:普通に雑談でも面白そう]


「うーん。ホラーにFPSに謎解きにほのぼのゲーに雑談かー。ありがとう。魔王様と決めておきますね」


[haru:どれになっても楽しみ!]


「じゃあ今日はこの辺で終わっておこうかなー。部下のみんな、配信見てくれてありがとう!バイバイ」


パソコンの画面が黒くなった。ルゼ様の配信が無事に終わった。

パソコンの画面にはにやけきった表情の30歳が映る。

俺はパソコンを閉じ、たばこを吸いに行く。


「今日もルゼ様かわいかったな」


俺は冷蔵庫にあるサラダチキンを食べ、布団に入った。



▽ ▽ ▽



今日の俺は昨日より遅くに起きた。

ルゼ様の配信が終わったら寝ずに仕事に向かうから、ギリギリまで寝ておいた。


換気扇の元へ行き、タバコに火をつける。

ルゼ様の配信まであと1時間。


俺はケトルのスイッチを入れた。

コップを準備し、インスタントコーヒーを入れる。

「今日は日曜だから、朝9時まではさすがにやらないだろうな」


お湯が沸き、コップにお湯を注ぐ。

「配信が始まる前に、さっさと栄養吸収しないと」


俺はサラダとチキンを冷蔵庫から出し、身体に吸収した。


▽ ▽ ▽


時間になった。

イヤホンからは聞き慣れた音楽が流れ始める。


「部下共!待たせたな!私は暴食の悪魔で魔王軍幹部のルゼ・グラント二スだ!今日もよく配信に集まってくれた!」


[haru:馳せ参じました!]

[haru:今日も楽しみでした]


「ははは!今日は魔王軍のボスである魔王様に来てもらった!」

画面には金髪で下を向いてる角を付けている幼女が現れた。


[haru:_○/|_]


「部下共、頭を上げろ。吾輩が強欲の悪魔で魔王のリディア・マールモンドだ。今日は部下のルゼの配信に来てやったぞ」


[haru:リディア様!]

[haru:魔王様!魔王様!]


「今日は吾輩と部下ルゼで謎解きゲームをやっていく」

「魔王様、謎解きゲームは得意ですか?」

「吾輩に苦手なものなどない!」

「そうでしたっけ?」

「そうだ!このゲームで証明してやろう!」

「わかりました。じゃあゲーム画面に移動!」


画面が切り替わり、ゲーム画面になった。


「よし。俺のコメント採用された!」

俺は昨日投稿したコメントが採用されたと思って、ものすごくうれしくなった。


▽ ▽ ▽


「魔王様!ここからずーっと出れませんよ」

「吾輩に任せろ!」

「それさっきからずーっと言ってますよ!」

「ルゼ!それは言うなー。吾輩を立てろよー」

「すいません。あっ!魔王様、ここを押してみてください」

「おっ?こうか?開いたぞ!」

「さすがです。魔王様!」

「そうだろ、そうだろ」


ルゼ様とリディア様は謎解きゲームに悪戦苦闘してた。

リディア様は魔王で偉いはずなのにちょっとポンコツなところがかわいらしかった。


[haru:やっと進めたね。まだまだ頑張れ!]


「魔王様!そこダメです!死んじゃいますよ?」

「え?え?あーマグマああああああ!」

「ここで待ってますんで、戻ってきてください」

「うん。待ってて!すぐに行くから」

「あーごめんなさい。私も死んじゃいました。」

「え?」

「またこの部屋からやり直しですね」

ゲーム苦手な2人の沼プレイは一生見続けられる。


[haru:ドンマイ!魔王様元気出して!]


リディア様はソロの配信だとずっと魔王様だが、ルゼ様とコラボをすると普通の女の子みたいな一面を出す。

本当に2人は仲が良いみたいだ。


「魔王様、そのアイテムちゃんと持っててくださいね」

「わかってるよー」

「行きますよ、この扉を開けることが出来たら次のステージです」

「うん。ルゼ、コメントにALTとF4押せば扉が開くって書いてあるよ」

「ダメです!魔王様!」

「あっ!ゲーム落ちた…」

「それ強制終了のショートカットですよ」

「ああああああ!!!」


[haru:wwwwwwwwwww]


「あールゼ。喉が渇いたよー」

「冷蔵庫に飲み物ありますよ」

「とってくるね!」

「今はダメですよ!目の前に敵がいる!」

「え?」

「あーやられた」


[haru:ドンマイ!]

[haru:今のうちに飲み物取りに行って]


2人の時々感じるルームシェア感がすごいよかった。

この後もリディア様のポンコツやリスナーに騙されながらも、がんばってゲームを進めていた。


「そういえばルゼ、明日は仕事じゃないの?」

「し、仕事ですよ。魔王軍のね!魔王軍の!」

「そ、そうだぞ。そのつもりで聞いたんだぞ」

リディア様といると、ルゼ様のお姉さん感が味わえる。とても助かる。


[haru:もう5時だけど大丈夫?]


「もう5時だってよ?」

「えー全然終わってないですよ?」

「これは難し過ぎる。魔王の吾輩にクリアさせないなんて、すごいゲームだ。部下共もやってみろ」

「魔王様。同じタイミングでプレイをし始めて、もう5回クリアしたというコメントが」

「なに!!!」

「私達が下手みたいです」

「ま、まあルゼの部下に優秀な者が居るのはいいことだな。ははは!」

「そうですね!じゃあ今日はちょっと早いけど、ここら辺で終わりにしましょうか」

「だな!続きは次回やろうな」

「はい。では部下の皆さん、配信見てくれてありがとー。スペチャ読みはまとめて後日やりますね」

「部下共、今日はお邪魔した!また遊びに来るし、吾輩の配信にも遊びに来てくれ!」

「じゃあおやすみなさーい」


配信が終了した。


時間は5時30分。

この瞬間から、俺の偽りの平日が始まる。


風呂に入り、準備してすぐに出社だ。

ここから5日間はルゼ様の部下ということを隠しながら世間に溶け込んでいく。




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