一対三十一
三人称視点となります。ご注意ください。
「そ……それでは両者、始め!」
『立会人』がその声を上げる。
同時に。
「「火よ、彼の者に炎を――」」「「水よ、敵に水針を――」」「「風よ、前へ――」」
覚悟が出来ていなかった者も居たが、周りの詠唱に感化され――そして『煉』を除く全員が、詠唱を開始した。
総勢三十名、有象無象の大詠唱。
勿論その全ては『碧優生』に向けてのモノ。
「……」
彼は動じない。
まるでその詠唱に聞き入っているかのように、立ち尽くしたまま。
やがて――
「「「ファイアーボール!」」」
「「「アイスアロー!」」」
「「「ウィンドブラスト!」」」
火の玉、氷の矢、風の塊――多種多様な魔法。
だが――標的はたった『一人』。
この決闘では死ぬことはない。
が、術者は魔法の発動後――確かに彼の『死』が見えた。
「――――『装甲化』」
幾多の魔法で彼の姿が見えなくなるほどになった頃、小さく彼の声が聞こえる。
魔法の使えない彼はその詠唱など行う事は無い。
これは、彼の異能の引き金だ。
―――――――――――――――
―――――――――
――――――
「……ゆ、優生君?」
最初に声を発したのは立会人の彼女だった。
ざわつく決闘場。
確かに彼の姿が隠れる程の魔法の数の、その全てが標的に命中したように見える。
『星丘』の優秀な生徒達だ――術者の攻撃は全員、見事に碧優生を捉えたと確信していた。
しかし。
『決闘の終了』……それは『片方の意識が無くなった時』、『死の状態になるほどのダメージを受けた時』にブザーが鳴る。後は決闘者の降参。
その終了を示す音が、全く響いてこなかったのだ。
「な、なあ、不味いんじゃないか?」
「まさか、この決闘場で事故なんて――」
舞う塵がその姿を隠す。
それが一層、彼らの不安を煽った。
『やりすぎた』――そんな考えが過り始めた生徒達。
前代未聞の一対三十一。
そして魔法の一斉発動。
『何か』が起こってもおかしくないかもしれない。
しかしその不安は、一斉に払われる事になる。
「……ん?」
煙の中、何事も無かったかのように姿を現す。
『無傷』の彼が。
「おいおいあんだけの魔法ブッパしといて――心配でもしてんのかよ?」
彼らはその姿に絶句して、声を出す事が出来ない。
先程まで心配していた……そう思った男が無傷で現れたのだから。
「じゃ! 今からお前ら一人ずつ、気絶するまで殴っていくぞ」
彼の宣言。
握り締めた拳は『本気』のモノだった。
「ふっふざけんな!」
「な、殴るってお前――」
対する声。
その声を聴いて、彼はため息をつく。
「しょうがねえだろ? お前らの知ってる通り――俺は魔法が使えねえんだからさ!」
嘆くようにそう言って、彼らの内の一人へと歩き出す優生。
「近付くな――っ! ひ……火よ、彼の者に炎の矢を――」
怯えながらも詠唱を始める彼に、一切の戸惑いも無く近付いていく。
「無駄だっての」
「ファイアーアロー!!」
至近距離――生まれ飛んでいく一つの炎の矢。
先程の無数の魔法と違ってその瞬間は良く見える。
パリン、と。
そんな音と共に彼の『服』に触れた瞬間……消えたのだ。
「は……?」
「言ったじゃん」
彼は歩く。
もう距離は、拳が届く距離だった。
「ひっ!」
「歯、食いしばれよ――」
振り上げられた拳。
そんな彼にまた、魔法が飛んでいく。
「ファイアーボール!」
「ウォーターアロー!」
「アースボール!」
彼はそれを見もしない。
パリン、パリンと消えていく魔法。
――もう誰も止められない。
容赦なく振るわれる拳。
場内に、鈍い殴打の音が木霊する。
「ぐっ――があッ! い、痛い、痛い!!」
「当たり前だろ殴ってんだから」
彼の目には、まだ怒りが満ちている。
まだまだ足りないと言うように。
「安心しろ、次で意識は飛ぶはずだ……それで終わりなんだろ? お前との決闘は」
「ひっ――わ、悪かった! こ、降参、降参だ――っ」
悲鳴に近い声で、地べたに転がった彼は言った。
そのまま決闘場から走って、出口に逃げる。
「根性ない奴だな……次は――」
「わ、私も降参で!!」
「お……俺も!」
「こんなのやってられっか! 俺もだ!」
「私も――」
続々と現れる降参者。
彼はそれを追おうともしない。
ただ待つ――これで全員逃げてくれれば、それで終わりだからだ。
「へ、え? み、皆降参でいいの!? 記録しちゃうよ!?」
急な事態にハッとする立会人。
勝敗を決定する立場の彼女が呼び止めても、無駄だった。
総勢三十一名居た決闘空間から、ドタドタと人が消えていく。
「へえ、お前だけは残るんだな」
しかし――
それは、『全員』ではなかった。
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