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9/10

決意

大原の声は緊張のあまりひっくり返っていたが、警察官人生で初めての逮捕劇とは思えないほど迫力があった。



ぼんやりと目を開けた寺田は、目の前で百香に抱かれるドンタを見た。



寺田は笑った。



「ふ、ふはは、ふはははは」



その場が静かになり、全員が寺田を見た。



「貴様ぁ!何がおかしい!」



大原が寺田のえりを締め上げた。



寺田の目はドンタを見ている。



「お前は、終わり、なんだよ、くそ犬」



我を取り戻したドンタは百香から離れ地面に立ち、寺田を見た。



大原が怒鳴った。



「いいから立て!終わりなのはお前だ!」



大原がしゃがみ込む寺田を引っ張り上げ、寺田はかろうじて自分の足で立った。



「いいかバケモン。最後に、いい事を教えてやるよ」



息遣いの荒い寺田はにやりと笑った。



「お前を誘き寄せる計画を立てた時、ある男が言い寄ってきたんだ。その男は言ったぜ」



くっくっく、と下を向いて笑った寺田は少し咳き込んだ後顔を上げた。



「お前の身柄を買うってよ。その額なんと十億だ。へへ。お前とんでもねえ組織に狙われたもんだ。お前はもう、どこへも逃げられねえんだよ」


かすれる寺田の笑いが辺りに響いた。


「黙れ!お前がしゃべるのは取調室でだ!バカもん!」


大原は寺田の耳元で怒鳴ると、寺田をさらに締め上げて持ち上げた。



釣り上げられた寺田がドンタを見下ろしながら勝ち誇った顔を見せた。


「奴らがくれたあの消臭剤、効果あったろ?あれは出回ってねえシロモノらしいからなぁ」


ドンタはギクリとした。


やはり、こいつはあの消臭剤を使っていたのだ。


「奴らは言わなかったが、俺にはわかってる。教えてやろうか、奴らの名前を」


と言った瞬間だった。


寺田の頭から大量の血がほとばしった。


皆、一瞬何が起きたか理解できなかった。


遅れて聞こえてきた雷のような音が銃声だと分かった時にはもう遅かった。


弾丸は寺田の眉間から後頭部へ貫通していた。


驚いた大原が両手の力を抜くと、寺田はボロ雑巾のようにその場にくしゃりと沈み込んだ。


寺田が地面に崩れ落ちるよりも早く、クロコが駆け出していた。


弾丸は、宝来山のすぐ横約十kmの場所にある鷹取山の山頂から放たれていた。


銃弾の飛んできた方向をいち早く察したクロコは、鷹取山へ向けて走った。


その姿とスピードはもはや犬というより、チーターだった。


木々や岩をかろやかに交わしながらクロコは一気に宝来山を駆け降り、鷹取山を登った。


一方のドンタも銃声とほとんど同時に、体当たりして百香を地面に押し倒した。


やがて事態を察した警察官のひとりが叫んだ。


「...撃たれた!寺田が撃たれた!銃撃だ!」


皆が体をかがめ、銃を手に取った。


幸いこの日、二度目の銃撃は起きなかった。



応援で駆けつけた警察官が護衛する中、手術をする高井たちの周囲に数名の警察官を残し、他の面々は下山した。



手術が終わったミミは高井財閥のヘリで病院へ運ばれた。


この日の夕刻、捜索を再開した「わんこの会」によって向井さんは無事に救出された。


向井さんは寺田確保の現場のすぐ近くにいた。


射撃練習のために銃で動物を殺している寺田を見つけた向井さんは、寺田を捕まえようと後をつけた。


が、足を滑らせて藪にハマり動けなくなっていたのだった。


声が出せないほど衰弱はしていたが、病院で二日もすると向井さんはすぐに元気になった。


向井さんが救出された頃、ミミが搬送された病院前の駐車場で、鷹取山から帰ってきたクロコとドンタが落ち合った。


「どうだった?」


ねぎらいの言葉もなく、ドンタがクロコに言った。


「何よえらそうに」


そっぽを向くクロコの背に、夕陽が沈んでいく。


ドンタは思った。


寺田は、どこかの組織が俺を狙っていると言った。


それはつまり、百香にも危険が迫っているという事だ。


断じて放っては置けない。


それに、あの消臭剤は裏社会でも入手は難しい。


「もったいぶるなよ。頼む、教えてくれ」



ドンタはクロコを見つめ、クロコもドンタを見た。



夕陽に照らされたドンタの顔はいつになく真剣だった。



"きゃっ!♡そのお顔は!♡やっぱり私のドンタ様!♡"



「しょ、しょうがないわね、教えてあげるわよ。現場には何もなかったわ」



「何も?」



「ええ。何も」



「...そうか」



ドンタは下を向いた。



クロコほどの犬が何もないというなら、何もないのだろう。



だが、弾丸はあ鷹取山の頂上から来たとしか考えられない。


木で視界がはっきりしないはずの中、十kmも離れている場所から正確に寺田の眉間を撃ち抜くなど一流のスナイパーでも不可能なはずだ。


「ただ...」


クロコがつぶやいた。


顔を上げたドンタは


「ただ?」


と聞き返した。


「とてもうっすらだけど白い霧のようなものがかかっていたわ」



「...ッ!」



ドンタの顔色が変わった。



「変よね。もう夏で、こんなに快晴なのに」



「白い霧...」



「え?白い霧?」



ドンタは戦慄した。



「いや、いい。忘れてくれ」


「何よ。もったいつけてるのはそっちじゃない」



真剣な顔のドンタは、口をとがらせるクロコを見つめた。



「な、何よそんなに見つめて」



"見つめられてるわ!♡こんなに近くで!♡"



ドンタはふと笑うと目を逸らした。



「いや、昔な、そういう名前の凄腕スナイパーがいたんだよ。だが...」



ドンタの顔がゆるみ、いつものだらしない顔に戻った。



「奴はとっくに死んだ。戦場でな。すまんな。怖がらせたか?」



「別に怖くなんかないわ」



ドンタの顔が緩み、クロコは落胆した。



"ああ...。私のドンタ様を返して..."



だが、とドンタは思った。



だとしたらさっきの狙撃は何者だ。



白い霧以外にあんな芸当ができる奴がいるってのか、しかも、この日本に...。



気を引き締めたドンタは、百香たちのいる病院を見上げた。



"百香。お前は父さんが守ってやる。絶対に"



"ああっ!♡また凛々しいお顔に!♡"



こうして、「わんこの会」による向井さん救出の任務は終了した。

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