1 クリスマスをお祝いしよう
私はクリスマスが嫌いだ。
家が母子家庭ということもあり、満足にお祝いできた試しがない。
母は一人でずっと働いていて、いつも帰ってきたらぐったりとしている。身を粉にしているのに得られる収入はわずか。自由に使えるお金は少ない。
おまけに幼い妹までいる。
私は妹の世話をずっとしてきた。
小学生高学年になるころ、妹はまだ6歳だった。
登下校はずっと一緒。
学校からの連絡も全て私を通して行われた。
中学へ上がってからも私は妹を学校へ送り届けてから登校。
そのため、部活の朝練に参加できないので運動部は無理。
文科系の部活もお金がかかるのはダメ。
そもそも家事は私の役割なので、そんな時間はない。
私の青春はそのほとんどが妹と家事のために費やされた。
着るものも使う物も、ほとんどがおさがり。
母が知り合いのつてを頼ってもらってくるのだ。
私は顔も見たこともない人が来た制服を着るのが嫌だった。
体操服はもっと嫌だった。
でも断れなかった。
申し訳なさそうにする母の顔を見ると、何も言えなくなってしまうのだ。
私は15歳になった。
何も楽しいことがなかった中学時代が終わる。
修学旅行も参加できたし、友人関係もそれなりに充実していたけど話題について行けない。
アクセサリやコスメの話を背伸びして楽しそうに話す同級生たち。
その輪の中に入れないのが悔しくて。
私は髪を後ろで束ねてポニーテールにしているのだけど、100円ショップで買ったヘアゴムを使っている。
同級生がオシャレなシュシュをつけているのを見ると、たまらなく羨ましくなる。
実は以前からピンクのシュシュが欲しいなと思って、食材の買い出しのついでに駅前のお店に見に行ったりしている。
買い物をするときは妹が一緒にいることが多いので、冷やかしで長いあいだ滞在するわけにもいかず、ほんのちょっと見るだけ。
お小遣いがもう少しあればなぁ……。
そんなんだから、私は早く自分でお金を稼ぎたいと思った。
中学を卒業したら何処に就職しようか頭を悩ませる。
先生にそのことを伝えると、三者面談で予告なしに母に暴露され、彼女を泣かせることになってしまった。
それ以降、担任に進路の話をするのは控えている。
しかし……もう時間がない。
実はまだ迷っていたりするのだ。
一応、勉強はしている。
市内の公立高校なら十分に合格ラインを満たす学力がある。
せめてあともう三年……勉強してみたい。
でも……そのことを素直に打ち明けられずにいた。
母は受験をしろと言うけれど……。
12月になってもまだ、私は進路を決めかねていた。
クリスマス・イブ。
今日の夕食は何にしようとカバンに教科書をしまいながらぼんやり考えていると、幼馴染のユウから声をかけられる。
「ヒロ! 今日一緒にケーキ作らない?」
ユウは活発な女の子。
小学生の頃は男の子に喧嘩を売るほど血の気が多くて、一緒に帰って意地悪な男の子から守ってもらったりしていた。
そんな彼女だが、中学に入ってから恋に落ちてショートカットからロングに髪型を変更。
恋は叶わなかったものの、その変貌ぶりに驚いた男子たちが次々に告白したらしい。
しかし、彼女は誰とも付き合わなかった。
自分が好きだと思った相手にしか興味がないらしい。
「え? なんでケーキ?」
あまりに突拍子もなかったので、思わず聞き返した。
「だってクリスマスじゃん!」
「いや、そりゃそうだけどさ……。
家族で祝うもんでしょ、普通」
といいつつ、今までまともにクリスマスを祝ったためしがない。
母が買ってくるのはスーパーで半額になったケーキ。
それもホールではなく、小さくカットされたもの。
鶏肉は唐揚げだったり、ステーキだったりとまちまち。
だいたい半額の総菜を寄せ集めたものだ。
毎年、母なりに工夫してごちそうを用意してくれたのだ。
感謝こそすれ恨むなんてとんでもない。
ただそれでも……どこかさびしさを感じていた。
アニメやドラマに出てくるようなクリスマスパーティーにあこがれる。
「いや……その……」
「……?」
歯切れの悪いユウ。
何か言いたそうにしているが、ハッキリ言わない。
「どした?」
「ええっと……なんて言うか……。
ほらさ……クリスマス会が……」
思い出した。
ユウは毎年、クリスマス会に参加していたんだっけ。
誰が始めたか分からないけど、この中学にはクリスマス会を開く勢力が三つほどあり、それぞれが参加者を集めて派閥争いを繰り広げている。
私は妹の世話があるので早々にパスしたのだが、ユウは三つの勢力からお誘いを受けて、頭を抱えていたと聞く。
悩みのなさそうな彼女にもそれなりに苦労があるらしい。
「もしかして同情してる?」
「そういうわけじゃなくて……」
「悪いけど、別に興味なんてないんだよ。
クリスマス会なんてさ」
嘘だ。
本当は一度でいいから行ってみたい。
陽キャの派閥争いに巻き込まれるのはごめんだけど、楽しいクリスマス会は一度でいいから参加してみたいな。
なんなら三つの会場をはしごしてもいい。
妹がいるから無理だけどさぁ……。
「じゃぁ、私たち二人で祝おうよ、今年は」
「ううん……ユウはいいの?
クリスマス会に出なくて」
「いや、私はもういいや。
去年ので懲りた」
「去年の?」
「これが長い話になるんだけどね」
ユウ曰く。
去年は三つの派閥からお誘いがかかり、どれも断り切れず会場をはしごすることになったらしい。その時に会場を離れる時に言い訳したり、見つからないようにこそこそしたりと、苦労したと言う。
おかげで全く楽しめなかったとか。
「そうだったんだ……」
「だから、ね? お願い。
私を助けると思ってさ」
そう言って顔の前で両手を合わせ、ウィンクするユウ。
まぁ……断る理由もないか。
「分かった、いいよ」
「ほんとぉ⁉」
「でも材料費はどうするの?」
「それなら任せて!
うちのオカンから軍資金もらってるから!
3000円あれば足りるでしょーって」
「3000円……」
その金額を聞いて言葉を詰まらせる。
ケーキ一つに3000円も……。
「……どした?」
「いや、頑張れば一週間もたせられる金額だなって」
「いや……普段どんだけ節約してるの、あんた」
「…………」
これが格差!
嫌と言うほど思い知らされた。