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メリサの逃亡

 フィ、フィアさま……っ!


 目の前で、フィリシアさまが大量に血を吐かれ、ゆっくりと倒れていく……。私は慌ててその体をお支えした。


「う……っ、」

 抱えると、体中が痛んだ。思わず唸る。


「傷が……」


 傷口が少し開いたような気がしたけれど、今はそんなの気にしている場合じゃない。あのフィデルさまのこと、フィアさまが屋敷を抜け出したと知れば、きっと血相を抱えて追い掛けて来る。


 どんな仕組みになっているのかは知らないけれど、フィアさまが先刻屋敷を抜け出した際には、異様な速さで見つかってしまった。

 言い訳を考える暇すらもなかった。


 だからこの有様……。



「……っ」


 私は、フィリシアさまが作ってくれた、真っ赤な剣を握りしめる。

 何を考えているのかしら、フィアさまったら……。


 たとえこのような剣を作ったとしても、私たちは《逃げる側》。打って出る必要はありませんし、そんな事をすれば、更に立場を悪くしてしまう……。


 最終的にフィリシアさまには、ゾフィアルノ侯爵家へお帰りになるのが、一番の幸せだと、メリサは思うのです。


 ですからこのような剣、なにも意味をなさないのですよ?

 ですからせめて、余力を残し、逃げることに専念して欲しかったのですが……。



 私はそう思いながらも、荷物にしかならないその剣を握りしめる。

 《荷物にしかならない》。けれどこれは、せっかくフィアさまがお作りになられた物。無下にすることなど出来ましょうか?


「……」

 剣は細身で使い勝手が良さそう。

 フィリシアさまの血液で出来たそれは、とても美しい赤色をしていて、いくら見ても見飽きない。私は、剣は嫌いじゃない。

 いえ、けれど私は、どちらかと言うと、《弓》の方が得意だ。


 小さい頃は、お転婆で名を馳せたこの私。

 例えば見習い騎士程度の相手であれば、遅れは取らないと密かに自負している。風の魔法を使える私は、その的を必ず射抜く!


 でもだからこそ、私はフィリシアさまとフィデルさまの乳母になり得たと言ってもいい。


 弱い人間が、この武家然としたゾフィアルノ侯爵家で雇われるわけもありませんし、嫡出子であられるフィデルさまとフィリシアさまのお側近くに、弱い人間など侯爵さまが置くわけがないのです。


 それなりの条件を満たした者だけが、こうしてお傍にいる事を許されるのですから……。



 私は、曲がりなりにもフィアさまの乳母。この命に変えてなんとしても、フィリシアさまをお守りする覚悟でいるのです。

 それが例えフィデルさまであったとしても……!


「……」

 ……けれどさすがに、フィデルさまへ剣を向ける訳にはいきません。私の(あるじ)でもあるのですから。

 そこは自重するべきです。



 私は辺りを見回す。


 何も《剣》だけが武器だとは限らない。逃げる身としては、さまざまな自然状況が、武器になりえる。


 幸いにも逃げ出したこの場所は、かなりの好条件が揃っている。この状況を上手く使わなければ……。



 私は自分の力、《風》の魔法を練り込み、見えない《鳥》を形取(かたちど)った。




 ──ピュクククク……。




 小鳥は涼やかに鳴くと、その大きな翼を広げる。


「分かっているわよね?」


『ピュクク……』

 私が尋ねると、鳥は頷く。

 当然、普通の鳥ではない。私の分身。

 鳥は風を伴って、大きく羽ばたいた。




 ──バサ……。




 ビュオォォ──。



 風が吹いた。

 鳥はその風に乗り、驚くほど速く飛んだ──!



「私も進まなくては……!」


 絶対に見つかるものかと、私は剣を握りしめ、フィアさまを担ぎ上げると再び風を練る。今度は濃く……!




 ふわっ……。




 体が軽い。

 これで、ある程度の所へは行けるはず!


 私は地を蹴った。


「っ! ()ぅ……」


 けれど拷問で受けた傷が、逃げようとする私をこの場に縫いつけようとする。絶対に、負けるもんか!


 私はギリッと歯を食いしばると、風を(まと)い、更に地を蹴った。





 × × × つづく× × ×


毎週月曜日と木曜日に更新していましたが、書き直しとほかの投稿の具合もありまして、更新は不定期とさせていただきますm(_ _)m


気長にお付き合い下さいませ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ちょっと久しぶりかな? おおお、メリサ背負って行きますか! [気になる点] 剣の能力、はよ!
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