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赤の剣《つるぎ》

 調子が悪くなったのは、屋敷を出てすぐだ。


「ふぐ……っ、う、うぁ……あ……っ」

 胸に、ものすごい激痛が走った。


 痛い。……息が出来そうにないほど、痛い……。

 震えるように息をする。


 な、に……これ……。

「……っ、」


 震えながら、胸を押さえる。

 服越しにも分かる、異様なほどに早い鼓動。



「フィ……ア、さま……」

 メリサが心配して、僕の顔色を見ようと、必死に手を伸ばす。


「メリ、サ……っ、大丈……夫。少し……疲れた、だけ……」


 メリサに心配かけまいと、俺はそう言ったけれど、ダラダラと油汗が流れる。



 気持ち悪い……。

 すごく……苦し……。


 息がとても苦しくて、とてもじゃないけど立っていられなくなって、俺は片足をつく。


「あ……」

 反動で、メリサがバランスを崩した。


 俺は慌てて抱きとめる。

 けれど力が入らない。メリサ共々、地面に転がった。


 なに、これ。ホント情けない。


「ごめ、メリ……ごほ、ゴホゴホゴホ……」

 むせるように、咳が喉をついて出る。


 メリサから顔を逸らし、口に手を当てて咳き込んでいると、喉の奥底からがぼっ! と何かが溢れてくる。


「ごほっ、ゴホゴホゴホ……かはっ……!」

 ガボッとなにかを大量に吐きあげる。


 苦しい。

 息が出来ない……!


 俺は目の端に涙を溜めて、喘ぐように息をした。



「フィア、さま……っ!」

 メリサから悲鳴が上がる。


 吐瀉(としゃ)物がメリサに掛からないよう、俺はメリサを押しのけ、咄嗟に顔を背けた。


 俺、吐きあげた?


 吐きあげた物は、全て液体だ。

 ……そうだよね、朝ごはん食べてないし。

 吐けるのは胃液くらい……。


 そう思って薄目を開ける。


「! ……え、これ。ぐっ、……がはっ……」

 ガボッと再び吐く。


 苦し……っ、胃がひっくり返りそうにのたうち回って、体の中のものを全て追い出そうとする……!


 俺は涙でいっぱいになった目を、必死に見開いた。


 鉄臭い匂いが口いっぱいに広がる。

 吐いた吐瀉物は、胃液なんなじゃなかった。

 真っ赤な液体が、辺りを濡らす。



「ごほ、ゴホゴホゴホ……」

 咳をする度に、ガバガバ……っと大量の血を吐いた。


「フィ、フィアさ、ま。……フィアさま……っ!」

 メリサの叫びが耳を刺す。

 けれどもう、《大丈夫》なんて、簡単な言葉は吐くことが出来ない。

 ごめ、メリサ、俺……ダメかもしんない。


 …………。

 すごく苦しい。

 頭がズキズキと痛んだ。


 大量の血液を吐いたからか、クラクラする。

 目の前がかげり出し、チカチカと光る()()()が、いっぱい辺りを飛び始めた。


 胃液も当然吐きあげたみたいで、喉の奥がヒリヒリと痛んだ。血の匂いいっぱいの口の中が、凄く気持ち悪い。むせ返って、再び込み上げる吐き気を必死に捉える。


 俺って、どうしたの?

 もしかして毒でも盛られたのかな?


 俺、死んじゃうの……?

「……」


 思い返してみても、毒を盛られるような、そんな記憶はない。第一今日は、何も口にしていない。


 たしかに、俺を魔術牢に閉じ込めたフィデルは怪しい。けれど、そんな事をするようには思えなかった。

 そもそも毒を盛っているなら、魔術牢なんていらないはずだ。

 あんな綺麗な部屋じゃなくって、物置小屋とか、外に捨てるとか、敷地は広いんだからどうとでも出来る。


 何かが……何かが、おかしい……。



 俺は必死に考えた。

 けれど、血を吐くような今の状況に陥るような事は、何もしていない。

 今の状況がまったく理解出来ない。


 なんで俺って、血みどろになってんだろ……?



「……」

 人って怖い。


 誰がって?

 俺をこんな目に合わせている人物?


 違う。そんなのじゃない。

 ()()()怖い。


 自分が血を吐いたって思った時は、一瞬頭の中が、真っ白になった。

 でも、今の状況にすぐ慣れたんだ


 慣れると頭は冷静になる。冷静になったその頭で、吐いた大量の血液をごく普通の事として見下ろす自分がいる。


 あぁ、ヤバいなって。


 ……なにが《ヤバいのか》って?



 だってこの血。

 もしかしたら、俺の居場所、バレるかも知れない。


 ほら、よくあるだろ?

 手負いの人間が、その血液のせいで居場所がバレるってやつ。


 俺、逃げてんだよ? ダメだろ? 痕跡残しちゃ……。



 そんな事を考えた。


 あぁ、それにしても苦しい。

 何も考えたくない。……いや考えろ。幸い俺は《水》を操る。それでこの血を消せばいい。


「……っ!」

 俺はそう思い立って、力を練り上げた。体調が悪いせいか、力が安定しない。でも出来なくはない──!




 ──ぱあぁぁ……。




「!? フィア、さま!」

 メリサの叱責が飛ぶ。


 あ、あぁそうだ。武器、武器がいる。

 薄れる意識の中で、そんな事を思う。


 多分、俺は気絶する。


 メリサがひとりになっちゃう。

 だから、武器がいる……!


「……っぐぅ……」

 渾身の力を込める。




 しゅうぅぅぅ……。




 血液はより集まり、一本の細い剣となって、俺の手に収まった。

 うん。これならいける。

 俺はそれを、メリサに押し付けるように渡した。


「な……っ」

 メリサが唸る。



 メリサは俺に、剣を教えてくれた。

 だから、使えないわけじゃない。

 武器さえあれば、後は逃げてくれればそれでいい。


 あぁ、空気が……足りない。


 だから、必死になって息をする。

 けれど息を吸っても、息苦しさは消えない。


 喉が気持ち悪くて咳込めば、今度は咳が止まらない。

 咳が止まらずむせていると、今度は喉の奥底から、大量の血液がせり上がってくる。


 新たに溢れる血はしょうがない。

 地中深くに押し込めて、それと分からないように隠した。


 鉄の匂いに似たその真っ赤な血をこれどけ吐いたのに、それでも気分は良くならない。

 どんどん、どんどん悪くなる。


 血を吐いたからなのか、頭はボーっとして、ハンマーで殴られたようにズキズキと傷んだ。



「メ、メリサ……その、剣を持って……逃げて……」

 俺は、俺の血で作った剣を持ったメリサを見る。


 メリサは顔をしかめた。


 あぁ分かってる。分かってるよ、血塗られた剣なんて、気持ち悪いって言うんだろ?


 だけど、だけど……メリサを守るためだから。

 お願い。

 お願いだから、持って行って……。


 そう、喘ぐように呟いた。



 メリサが何か言った。


 でも、よく聞き取れない。

 目が(かす)む。


 クラクラと目眩までしてきて、俺は自分の目に触れた。

 ぐるぐる回る世界。

 立っているとか、座っているとか、そんな話じゃない。

 もう、目の前のメリサが把握できない……。


 自分が何処にいるのかさえ、分からなくなってくる。


「おね……い。……メリ……」

 自分の血に染ったその手のひらが、何だか他人の手に見えた。


 うわぁ……めちゃくちゃグロ……。

 そりゃメリサも嫌がるな。俺は少し微笑んだ。




 ──ドサリ。




 遂に地に頭をつける。

「……」


 寝転がると、少しは楽だった。

 胸の痛みが、少し引いていく。


 俺は地面に倒れ、目を閉じた。



「フィ、……さま、……っ、フィ……アさ、ま……。誰、かぁ……!」

 メリサの声が途切れ途切れに聞こえた。


 ……メリサ。逃げて。俺はいいから……。



 薄れゆく景色の中で、泣きじゃくるメリサの顔が見えたような気がした。

 あぁ、俺はとことん役立たずだ。

 いつもメリサを泣かせてしまう。


 ごめん。ごめんねメリサ……。

 いったいどうやって償えばいいのか、分からない……。



 俺の目から涙が溢れる。


 苦しくて泣いているのか、

 悲しくて泣いているのか、

 歯痒くて泣いているのか、

 結局分からないまま、俺はその場に倒れ込み、意識を失った……。






 × × × つづく× × ×

データー保存のために、Dropboxへ移行していたのですが、

今度は場所が気に入ったので、

『魔法のiらんど』へお引越し中でふ(*Ü*)


『なろう』をやめる……まではいきませんが、

量が膨大なので、しばらく『月星雪』と『シフォン』の更新を

ストップします!


全部の工事……はしませんが、

良い区切りのところまで、する予定です。


期間は多分、1週間ほど。

(1週間したら、多分飽きる……( ̄▽ ̄;))


今、そちらでは、『星守』の手直しをしています。

ペンネームは変わりませんので、

興味がある方は覗いてみてね♡



それでは更新は、また来週(*'-'*)ノ"


でも、『なろう』には毎日来ます。


2022.7.17

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― 新着の感想 ―
[良い点] 毒を飲まされた? 剣? なんだか意外な展開です。 [気になる点] メリサ、六月を運べるのかっ。
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