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異変

「……おかしい」

 はぁ、はぁ……と荒い息をつきながら、リゼは唸った。


 先程フィデルと別れた後、全速力で廊下を走り抜け、今、その問題の部屋の前に辿り着いた。


 けれど肝心のフィリシアが出て来ない。

(早く出ていらっしゃらないと、フィデルさまが追いついてしまう……!)

 リゼは焦った。


(いっそ、ドアを開けてしまおうか……?)


 暫し思案する。

「……」


 けれどそれは得策ではない。


 万が一計画がダメになった時、自分がドアを開けたとなると解雇される恐れがある。

 (あるじ)が出した命令を反故(ほご)にすることは、それなりのリスクがつきまとう。

 ましてや自分には、前科がある。


「……っ、」

 リゼは歯噛みする。

 あの時自分は未熟だった。

 やるならやるで、見つからないようにするべきだったと、リゼは後悔している。




 ──フィアに近づいてはならぬ……!




 当主であるエフレン=フォン=ゾフィアルノ侯爵閣下。さすがにこの人ばかりは、敵に回すと(ろく)でもないことになる。

「……っ、」

 リゼは眉をしかめる。


 今やほぼその家督を、息子であるフィデルに譲ってはいるが、その力は絶大で、このヴァルキルア帝国において知らない者はいない。


 見た目温和で、どこにでもいるような老紳士ではあるが、その実、帝国内随一の軍事力を誇っている。


 その諜報部隊兼、拷問暗殺部隊……リゼが所属している部隊は、特に有能だ。

 そっと時の権力者に忍び寄り、寝込みを襲う……なんて事は朝飯前。

 代々その当主が望まないだけで、国家を手にすることも、実は容易(たやす)い。


 皇帝すらもその力を恐れ、その娘であるフィリシアを自分の息子……皇太子の妃に……と望んでいるのは誰もが知るところである。


(けれど、フィリシアさまは男……)

 リゼは目を細める。


 その事実がバレないように……と、侯爵は必死だ。


 結局のところ侯爵は、この国の皇帝に心酔しきっていて、討ち取ろうなどとは思いもしない。

 それどころか、家の都合で、自分の息子を娘と偽ったことを、未だもって後悔している。絶対にバレたくないはずだ。


 そのお陰で、リゼは解雇を免れている。

 フィリシアが本当は男だ! と解雇された後に言われるのを、恐れたのだ。


 けれどリゼは正直、バラそう……などとは思っていない。

 そんな事すれば、ライバルが増える。帝国内の人口は、女性の方が遥かに多いのだ。わざわざフィリシアの存在を公表するわけがない。


 けれど思う。

 例えフィリシアが男だとバレてしまったとしても、皇帝は侯爵を処罰するようなことはしないだろう。逆に、その事実を隠すことに手を貸すかもしれない。

 いや、もしかしたら、もう既に、フィリシアが男だと言うことを知っているのかもしれない……。


(あの皇帝が、そう易々と騙されるものか……)

 リゼはそう、思っている。


 例え男だと分かっていても、息子に嫁がせる……それくらいの価値が、このゾフィアルノ侯爵家の《姫》にはある。



 ゾフィアルノ侯爵の子ども達には、宵闇(よいやみ)国王家の血筋が受け継がれている。

 フィリシアと皇太子が結ばれるのは、その国交をより強固なものとする意味合いもある。


 逆にもし万が一、この帝国一の軍事力を誇るゾフィアルノ侯爵家が、宵闇と手を結んだらどうなるか……。


「ふふ。ふふふふふ……」

 それを考えると、リゼは笑いが止まらない。


 そうなったらきっと、この帝国は滅ぶだろう。

 その時、新しく生まれた宵闇国とゾフィアルノ侯爵家の国家に君臨するのは、エフレンの息子、フィリシアでまず間違いない。


 水絞(すいこう)魔法を操れるフィリシア。


 リゼの調べによると、宵闇国の国王真月(しんげつ)は、自分の後継としてフィアを狙っているのだとか。


(フィリシアさまは、なんて有能なのでしょう……)

 リゼはウットリする。


 あんなに儚く可愛らしい姫さまが、実は男で、誰もが手にしたいと恋焦がれる隠れた宝玉なのだと思うと、いても立ってもいられない。

 すぐさま自分のモノにして、この腕に抱けたら、どんなに幸せだろう?


 権力が欲しいわけじゃない。

 本人すら気づいていないその才能と美貌と権力を有し、あまつさえ多くの人々から渇望されるその人を、誰にも知られない自分だけ場所に押し隠し、自分だけを求めるように調教する。

 そんな生活を夢見て、今まで生きてきた。


 そしてそれが今正に、現実になろうとしている……!



((くさび)はもう、打ちましたし……)


 リゼは目を細める。

 本当ならそんな事不可能なはずだった。魔力はフィリシアの方が遥かに上だ。

 けれど大切な乳母を傷つけられ、フィリシアの心は折れた。付け入る隙は、十分にあった。

 楔はいとも簡単に穿(うが)たれる。


(あんなに簡単に堕ちるなら、色仕掛けもしておけば良かった……)

「……」

 リゼは後悔する。


 けれど──。



 リゼは微笑む。

 それは、フィリシアを手に入れてからでも遅くはない。


「今度……ゆっくり、(ほどこ)せば()いのだから……」

 思わずそう、呟いた。




 キィ……ッ──。




「!」

 ドアが開いた!


 リゼの顔が、満面の笑顔で溢れかえる。

 遂に、遂にこの時が……!


「……」

 けれど出て来た人物を見て、顔が強ばる。


 その人物は言った。

「何をどこに《施す》気だ……?」

 ギロッと出て来た人物が唸る。


「フィ……っ、フィデル、さま……っ」

 リゼは狼狽する。

 おかしい。()は打ったはずだ。命令に背ける訳がない……!


「ご、誤解です。……それよりフィリシアさまは──」




 ──ふわり……。




 風が吹いた。


「!」

 窓が空いている……!?

 リゼは目を見張る。


 窓は……いや、カーテンすら開いていなかったはずだ。それほどメリサは心を病んでいた。そう仕向けたのは自分だ。

(それなのに、風──?)


 リゼはフィデルの肩越しに、部屋を覗いた。


 部屋は狭い。

 フィデルの肩越しでも、全てが見通せた。

「え……?」


(誰も、いない……?)

「そ、そんな……!」

 リゼは息を呑む。


 そんなリゼの目の前で、フィデルが大きく溜め息をつく。

「どうやら、逃げられたらしい……」

 悔しげにそう言って、フィデルは疑いの眼差しでリゼを見下ろした。


「!」

 リゼはドキリとする。

 けれど悟られるわけにはいかない。グッと堪え、その目を見つめ返した。


「……」

 フィデルは少し、こめかみをひくつかせ、窓の外を見る。


「……けれど、そう遠くへは行っていない。リゼ──」

 呼ばれてリゼはハッとする。


「──は、」

 膝を折った。


「……」

 フィデルはそれを冷ややかに見下ろし、冷たく言い放つ。

「フィアを追え。けれど、絶対に触れるな──」

「……!」

 リゼの肩が揺れる。


(《触れるな》……!?)

 こんな非常事態であっても、まだ縛るのか……!? ギリッと歯を食いしばる。


「……」

 フィデルはそんなリゼを、静かに見下ろして続ける。


「俺も共に行く。お前はフィアを()()()()()()でいい……。見つけたらすぐに知らせろ……!」

 言って(きびす)を返す。


 そしてそのまま、バッと勢いをつけて窓から飛び降りた。

「!」

 その後をリゼも追う。


 ビュオォォォ……と、飛び降りる時の抵抗を受けながら、リゼは舌打ちする。

「ちっ……!」

 悔しい。こんなにも思い通りにならないとは……!


 確かに、簡単にことが運びすぎるとは思っていた。

 けれど、こんな事になるなんて……。


「……」

 しかしあの時、ドアを開けなくて、本当に良かったと、胸を撫で下ろす。開けていれば今頃自分はここにはいない。

 それにフィリシアには、確実に楔を打っている。弱点である心臓に直接打ち込んだのだ。そう簡単に外すことは出来ない。


 《楔》は絶対だ。


「ふふ……」

 リゼは微笑む


 楔を打った者の命令に背いたのなら、じきにその効果は現れる。

 苦しみもがくフィリシアのその姿は、きっと美しいに違いない。リゼはそれが楽しみで仕方がない。


(そう……その時、フィデルさまに見つかりさえしなければいいのですから……)



 リゼは心躍らせ、フィデルを追った。


 誰よりも早く、フィリシアを見つけるために──。





 × × × つづく× × ×


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[良い点] 97/97 ・久しぶり来てみたら、うわああああ、どろどろどろどろ [気になる点] でろでろりん。でろでろでろりん [一言] まあいいや。YUQARIさんの職場、きっとこんな感じなのでしょ…
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