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脱出

 (フィリシア)はどうにか魔術牢の端に、自分が通れるほどの《穴》を作り上げると、辺りを警戒する。


 ここで誰が来たら、計画はおじゃんだ。絶対に見つかる訳にはいかない。

 しかも、今の俺って六月(むつき)だからね?

 ここに連れてこられた時のとこは覚えていないけれど、屋敷の人間じゃない六月(むつき)がウロウロしていたら怪しまれてしまう。


 客人として招かれているならいいけれど、今牢獄にいるこの状況から考えてみても、何らかの罪状でもって、ここに囚われた可能性だって否めない。

 捕まれば、それこそ一巻の終わりだ。


「……」

 耳をそば立たせ、小さな音でも聞き漏らさないぞ! と言う意気込みと共に、俺は神経を研ぎ澄ました。


 ……音は、なにも聞こえない。


 でも、油断はならない。廊下にはカーペットが敷き詰められ、足音は極限に抑えられている。しずしずと歩く本邸の従者たちの足音は、目の前にいたとしても、ほとんど気づけない。今、俺は部屋の中にいるから、余計聞こえるわけがない。


 だけど、そんなのは言い訳にならない。俺は()()()()()


 水はなにも池や川、海だけとは限らない。空気中にも大量の水分が存在していて、物音は、その水分や空気を振動させて耳まで届く。

 だから集中して感じれば、耳では捉えきれなかった振動も、分かるかもしれない。


 ……やった事? そんなのあるわけないじゃん? 水の振動で、音を感知……なんてやった事ない。

 だけどやった事はなくても、どうすれば察知出来るのか、何となく分かる。


「ふぅ……」

 俺は軽く息を吐き、静かに目を閉じる。《耳》ではなく《感覚》を研ぎ澄ませる。


 しん──と静まり返った空間に、コポコポ……と水の存在を感じた。

 その空気中の《水》に魔力を込め、辺りを探る。




 ──……。




 ピンと張り詰めた空気は、静かな風の動きのみ。

 人の気配どころか、生き物の気配は少しも感じられなかった。


「……よしっ、誰もいない」


 気配を十分に探り、俺は魔術牢の《穴》へ慎重に体を通す。

 《穴》は、思ったよりも狭い。


「……」

 ……まずった、もう少し、大きくすれば良かったか?

 俺は反省する。

 だけど今更やり直すのも、時間がもったいない。


 もしかしたら、《穴》を開けたことで、フィデルが異変に気づいて、今頃こっちに向かっているかも知れない。悠長なことは出来なかった。


「ゆっくりゆっくり、慎重に……」

 俺は呟きながら、《穴》に体を通す。

 ……うん。まあ、どうにかなりそう。


 だけど異様に、魔術牢は分厚かった。

 俺は焦る。詰まったら、どうしよう……。


 えぇー……魔術牢って、こんなんなの? この厚さを思うと、結構シビアだよね……?

 魔術牢のこの分厚さが、フィデルの執念を表しているような気がして、俺はゾッとする。


 ……俺、そんなに悪いことしたっけ?

 情けなくなって、そんな事を考える。

「……」

 だって、屋敷抜け出ただけだよ? フィデルなんて好き勝手に出てるじゃないか!

 何故俺だけこんな目に合っているのか、意味が分からない。


 いや、そりゃ、黙って屋敷を抜け出たのは悪かったとも思う。だけど仕方なかった。フィデルもラディリアスも、今のこの国の現状を教えてくれなかったから。事は一刻を争ってたし……。

 俺だけ除け者にして、二人して好き勝手やるなら、俺だっていいだろ! とムキになった。


 だけど、それだけだ。

 こんな牢に、押し込められるようなことをしでかしたつもりはない。

 その上、気がかりなのがメリサの事。


 俺がこんな目に合っているのに、召使いでしかないメリサは無事なのだろうか? まさか、ひどい仕打ちを受けているんじゃないかと、気が気じゃなかった。俺のワガママに付き合っただけのメリサが、今、どうなっているのか、ひどく心配だった。


「……」

 嫌な予感が溢れてきて、どうしようもなくなる。

 俺は必死になって頭を降って、その忌まわしい想像を掻き消した。

 それでも不安は後から後から溢れ出て来る。


 だってそうだろ? 抜け出ただけの俺を牢に閉じ込めた。

 手引きしたメリサは? メリサはどうなったんだろう?

 とにかく本邸を、しらみ潰しに探して、それから離れに戻ってみよう。もしかしたら何事もなく、あの離れにいるかも知れないし。


 そう思いながら、細く長い魔術牢の穴をくぐり抜ける。


 ……ん。それにしても、ちょっとあれだよね。既視感(きしかん)


 ほら、あれだ。修学旅行で行った東大寺の大仏の鼻の穴サイズの柱の穴! あんな感じ。

 かなり細くて、ちょっと厚さがあるけれど、通れないわけじゃない、あの妙な感じの穴サイズ。


 てか、あの大仏の鼻の穴って、大工さんが大仏作る時に通ってたらしいけど、なんでもうちょっと大きくしなかったんだろ?

 やっぱりアレなんかな? 昔の人は体が小さかったっていう、……。


 だけどアレを、俺はくぐる事が出来た。コレだってくぐれないはずはない。


「よっと……」

 妙なところで俺は自信をつけ、鼻の穴……もとい、魔術牢の穴から抜け出る。

「お。上手くいった。上手くいった……」

 俺はほくそ笑む。


 牢から出られれば、後はどうとでもなる。


 広い屋敷だから、すぐには見つけ出せないかも知れないけれど、事は慎重に運ばなくちゃいけない。


 フィデルは、色々なところで抜かりがない。

 だからどこかで、《罠》を張っているかも知れなかった。





 × × × つづく× × ×


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― 新着の感想 ―
[良い点] さて、逃げてどこへ行く? メリサは? 気になるところだらけですね!
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