能力
──ざぷーん。
「ふぅ。気持ちいい……」
体を洗った後、たっぷりのお湯に浸かりながら俺は溜め息を漏らす。
やっぱり風呂は、広いのに越したことがない。
大きい風呂なんて、いつぶりだろ?
てか、いいんだろうか?
水不足なのに、こんなに大量の湯……と言うか家にはストック有り余っているから、正直使い放題なんだけど、配布が滞ってたから、なんだか申し訳ない。
いつもは別邸で、一人で入っていたからね。
流石に、こんな大きな風呂でたっぷりのお湯……なんて使わなかったし、必要もなかった。
俺は風呂の端に、肘をついて微笑む。
本当は、久しぶりにフィデルと入れるんじゃないかって期待した。
いつも一人で入るから、たまには誰かと入るのも悪くない。修学旅行とかお泊まりとか、みんなで銭湯や温泉とかに入ったのを思い出し、少しウキウキとした気分になる。
というか、誰かと風呂って、無理なんだよね。俺の今の状況から考えると。バレちゃうしね。男だって。
フィリシアだったら無理だけど……そうか、俺、今六月だし、フィデルと一緒に無茶出来るじゃん……。
そう思うと、笑みが零れる。
今まで令嬢として、決められた事柄にがんじがらめの、制約だらけの生活だったから、ほんの少しの自由でも、ひどくワクワクする。
うん。いいな、やっぱり《六月》として生きていきたい。
「ふふ。別邸には、メリサしかいな……い、し……?」
一緒にお風呂は無理だよね……って思った途端、ゾワッと血の気が引いた。
そうだ、…………メリサ!
「!」
ハッとする。
そうだ。メリサ……。メリサはどうなった?
ちょっと待てちょっと待て! なにやってんの、俺?
ざばっ──。
大きな波を立てて、俺は立ち上がる。
フィデルは何故、俺をこっちに連れて来た? なんで俺の部屋に……別邸に連れていかなかったんだろう?
怪我をしてたから? 治療のため?
そんなの、別邸でも十分出来るはずだ……!
メリサはどうしてる?
まだ別邸なんだろうか?
考えれば考えるほど不安になる。
俺は近くにあったタオルを掴んで体を拭くと、用意されていた服を着る。
「!」
服は俺好みの動きやすい服装だったけれど、宵闇の服ではなかった。
「……っ、なんで」
再び嫌な予感が溢れてくる。
確かにさっき着ていた服は、バルシクに裂かれてしまったし、俺の血がついているだろうから着れないとは思う。
だけど替えなんて、いくらでもある。
別邸にはそれほどないけれど、この本邸になると衣装部屋がある分、かなりストックがある。
「……」
いやむしろ、俺サイズのヴァルキルア帝国の服がある方がおかしい。作った記憶は俺にはない。
使用人はこんな服着ないし、第一俺ほど小柄な者はいない。
明らかに、俺用にあつらえてある。
……いつ作ったんだ?
おそらくは、俺の体の寸法をそのまま業者に伝え、作らせたんだろうと思う。そうでなければ、今ここにこの服がある説明がつかない。
服はあるのに、わざわざ作らせたのか……?
宵闇の服は、それなりに揃えてあるから、足りなくなるなんてことは有り得ない。
種類だって戦闘用のものから、式典用の服と様々だ。
いくら着ていた服が使い物にならなくなったからって、ヴァルキルア帝国の服を出す必要はない。
第一、今の俺は、宵闇国の人間なんだから……!
なんでこんな事する必要があるんだ?
「……」
俺は手を口に当て考える。
妙な圧迫を感じて、腹の底からモヤモヤしたものが溢れた。
けれどどんなに怒ったところで、希望の服が出てくる訳もなく、時間が惜しかった俺は、手早くその服を着た。
服のことなんかでモヤモヤしてる場合じゃない。早くメリサの所へ行かなくちゃ……っ。
「メリサ。メリサ、ごめん。俺、忘れてた……っ」
俺、ホント馬鹿だ。なんで忘れていたんだろう?
疲れてたから?
……っ、そんなの理由になんか、ならないだろ……っ。
半泣きになりながら、扉へと急ぐ。
ガキン──!
「……え?」
俺は青くなる。
扉が開かない。
ガタガタと動かして見たけれど、扉はウンともスンとも言わない。従者がいるのかと見回しても、傍には誰もいない。
え? なに? なんで……?
再び力を入れてみる。けれど扉は押しても引いても開かなかった。まさか、引き戸!? とか思ったけれどそんなはずもなく、どうしたって開かない。
嘘……だろ?
視界がぐるぐる回った。
閉じ込められた? ……なんで?
思わずその場に座り込む。
近くには従者どころか、メイドもいない。
どこかに控えているのかと、大声で呼んでみたけれど、それも空振りだった。何が何だか分からない。
俺は……俺はもしかして、閉じ込められた……?
嫌な予感が、俺の全てを支配する。
扉の取っ手を掴む手が、ブルブル震えた。
……落ち着け、落ち着くんだ、きっと何かの間違えなんだから……。
俺はそう思いなおして、辺りを見回す。
さきほどのベッドと同様、細やかな彫刻を施された天井が、冷たく頭上を彩っている。
普段は感じなかった重厚な調度品が、逆に圧迫感となって、今の俺に襲いかかる。
分厚いカーテンまでもが、俺を閉じ込めるかのように、重く垂れ下がった。俺は微かに悲鳴を上げて、バルコニーへ通じる掃き出し窓へと走りよった。
窓は大きく開け放たれていて、爽やかな風が吹き込んでいた。俺は少し、ホッとする。
フィデルの部屋は、本邸の三階に位置する角部屋だ。普通なら、窓から脱出……なんて不可能なんだけど、でも、俺には出来る。
大きく跳躍して、近くの木に乗り移れば、そこから下へと降りればいい。
前世の六月……なら無理だけど、この世界の《俺》なら例えそのまま飛び降りても、傷一つ負わない自信があった。
良かった。
あそこから出れる。
俺は喜び勇んで、駆け寄った。
が──。
バリバリバリ──ッ!
バンッ!!
「……っ! うわっ……」
物凄い衝撃にぶち当たり、俺は弾き飛ばされた!
ゴロンと床に放り出され、その飛ばされた衝撃のおかげで、バルシクにやられた腕の傷が痛んだ。
「……っ痛」
もんどり打って身を捩る。
痛い……めちゃくちゃ痛い……っ。
「くそっ!」
ここまできたら、もう間違いない。
俺は明らかに閉じ込められている。
「な……んで……?」
何が起こっているのか、把握出来ない。
待って……待て待て待て待て。
俺、なんで閉じ込められてるわけ?
俺が何したって言うの?
「いや、……きっと気のせいだ……」
……気のせい……。
本当にそうだろうか?
俺は不安になる。
けれどそう思いたい。そう思うより他ない。
だから俺はそう思い直し、再び掃き出し窓へと手を伸ばした。
パリ……ッ。
「……っ」
俺は目を見張る。
もう、決定的だった。
気のせいとか、何かの間違いとか、そう思いたかったけどここまで来たら、もう間違いない。
間違いなく、俺は閉じ込められた……ゆっくり触れても、窓からある程度の距離を置いた場所で、パリパリと火花が散った。
俺は完全に、閉じ込められていた──。
× × × つづく× × ×




