魔法の質
全ての者が引き払った後、ザザの報告を聞いた。
「殿下。ご報告申し上げます」
そう言って話し始めたザザの話は、私の混乱を招いた。
到底、理解し難い内容だった。
ルルが言った、宵闇国からの『要人』とは名ばかりで、実際に西の森へ入り込んだのは、一ノ瀬六月と言う宵闇国の子爵だった。
「……子爵?」
私は顔をしかめる。
「はい。子爵……であります」
ザザは頷きながら、静かに答える。
「……」
子爵は、貴族階級の中でも、一番下の位置に属する。
家柄によっては、平民よりも困窮している場合もあり、どう足掻いても『要人』とは言い難い。
「……何かの間違いではないのか?」
思わず私はザザに問う。
けれどザザは頭を横に振ると、口を開いた。
「いいえ、殿下。間違いではございません。私は殿下から指示があった通り、サルキルア修道院に保管している、氷のブロックの管理をしておりました。氷に近づいた者は、修道院外部の者のみならず、関係者を含め、その素性を全て洗い流しておりますので……」
そう静かに言った。
そう。私は、ザザにサルキルア修道院を見張らせた。
……とは言っても、これ見よがしに氷の傍に侍らせたわけではない。
近くのドルビー寄宿所に控えさせ、その動向を見張らせただけだ。
サルキルア修道院は、フィアが最も気にかけている場所でもある。
《兄であるフィデルが、西の森に赴くときによく立ち寄る場所だから》……などと言って、懇意にしているが、実のところ、修道院にはルルがいるせいだからではないのか……と、私は密かに思っている。
そうでなければ、納得がいかない。
氷のブロックを修道院へ配置した上に、自由に使えるように……と、甲斐甲斐しく世話をしているのだ。世間一般の貴族令嬢は、金銭面での寄付を主とし、施設に立ち寄る事など皆無と言っていい。
ただでさえ、ルルに負い目を感じていた私は、その事実に胸が締めつけられる思いがした。
そんなにも、ルルが好きなのだろうか?
私との婚約を嫌がるのは、ルルのせいなのだろうか?
フィアとルルは同性ではあるけれど、フィアはもしかしたらルルを愛しているのかも知れない。
そんな考えが、拭いきれずにいる。
けれどそんな修道院も、その氷を蓄えているが為に、族に狙われるかも知れない……とも思った。
氷は特殊な術を用いらなければ、解除出来ない。
けれどそんな事は、我々貴族や関係者が知っていることで、平民は知る由もない。
となれば、修道院を襲えば水が手に入る……と勘違いした輩の餌食になるのは、目に見えていた。
仮にもフィアが気にかけている修道院。
ルルの姿を見たくなくて、私はほとんど足を踏み入れてはいなかったが、フィアが悲しむ姿は見たくない。
だから見張らせていた。
ザザは続ける。
「六月……と申すものが現れたのは、つい先程の事で、修道院に現れるなり氷のブロックをいくつか解除しました」
「解除……!?」
私は声を荒らげる。
ぞわり……と何かが背中を伝った。
解除?
解除が、出来た……のか?
「……」
私は考える。
モヤモヤとしたなにかが、胸の内に溢れた。
いや、……いやいや……、宵闇国の人間なら、解除は可能かも知れない。
「……」
……それでも、と私は思う。
氷のブロックを作ったのは、紛れもなくあのフィア。フィアなのだ。
フィアは宵闇国でも、今は国王のみにしか使えないと言われる、水絞魔法の使い手でもある。
その魔法が使えるために、そもそも一般人と比べて、魔法の質が濃い。
同じ魔法でも、密度が違う。
密度が違えば、どんなに研鑽をつんだ魔術師であっても、簡単には解除する事が出来ない。
だからこそ、宵闇国やこのヴァルキルア帝国……いや、他のどの国でも、秘法と呼ばれる特殊な力を持つ者が、その後を継ぐ事になっている。……もしくはそのサポートとなり、王に仕えるのが常だ。
そうやって、国政の威厳を保っている。
そもそも、秘法を収めることが出来るのは、王族の血筋にしか現れない。
──一ノ瀬子爵は水絞魔法が使える?
「……」
水絞魔法が使えるのは、宵闇にはいなかったのではないか?
そんな疑問が頭をよぎった。
ならばその六月と言う者が、次期国王?
「……いや、それはない」
私は呟く。
たとえ生まれが《子爵》であったとしても、宵闇国の秘法である水絞魔法が使えるのなら、その事実だけで昇格……いや、宵闇国王の養子となってもおかしくはない。
そもそも秘法を収めることができた時点で、王族の血筋となるのだから。
けれどそんな情報は、入って来ていない。
後継がいない……と言うのは、弱点でしかない。
後を継ぐ者が現れれば、率先して他国に触れを出すハズだ。けれど、そんな話は聞いた事がない。
皇太子である自分が知らないのであれば、そんな事実はない。
ならば、一ノ瀬六月は、水絞魔法を使える宵闇国の民であるにも関わらず、王太子ではない……という事になる。
「……」
目の前がぐるぐるする。
ちょ、……ちょっと待て、ちょっと待て。
何かとんでもないことを、私は見落としているに違いない。
必死の思いで自分を落ち着かせ、私はザザを見る。
「ザザ……」
私は呟くように、ザザを呼んだ。
「は」
ザザは相変わらず、静かに答える。
「……その、一ノ瀬子爵は、どのような人物なのだ?」
その言葉に、ザザは少し悩む。
「どのような……。そう、ですね……フィデルさまより、年下……でしょうか。フィリシアさまと同じくらいの背丈のように見受けられましたから」
「背、丈……」
ザザは更に続ける。
「その一ノ瀬卿が氷のブロックを解除した後に、フィデルさまが現れました。既にものすごい剣幕で、卿を捕まえようとされましたが軽く躱され……」
「躱した!? フィデルをか?」
私は目を見張る。
フィデルは、このヴァルキルア帝国最年少の騎士だ。
その実力は、誰もが認めている。
若い分、筋力も充実しているため、帝国騎士随一の速さを誇る。そのフィデルを上回った……?
「はい。……その現場を陰ながら見ましたが、フィデルさまは一度、一ノ瀬卿を捕まえはしたのです。けれど滑るように卿はその腕をすり抜け、あっという間に礼拝堂の天窓から逃げ出しました」
ザザの頬が紅潮する。
その様子が、とても興味深かったのだろう。いつもは無表情のザザが、いつになく目が輝いている。
「それはもう、《素晴らしい》の一言につきます。あ、もちろんフィデルさまも速いのですが、一ノ瀬卿はそれを軽々と上回り、まるで羽根でも生えているかのような、……夢を見ているかのような、素晴らしい跳躍を見せてくれました。……フィデルさまは卿を逃した事をとても悔しがり、ルルにリテイナーブローチをお預けになったのです」
「……なっ。それだけでフィデルは、ブローチを使ったのか?」
「はい。それが全てでございます」
「……」
私の思考が止まる。
そもそも、リテイナーブローチを使う状況じゃない。
「いや……それはおかしいだろう? リテイナーブローチだぞ? それはつまり……その一ノ瀬六月と言う者がこの国において、驚異になる……とフィデルが判断したと言う事なのか? 一ノ瀬が修道院に保管していた氷に触れたがために、フィデルの怒りを買った……と、そう言うわけなのだろう? つまりフィデルは、その子爵を《族》と見なしたわけなのだな?」
私の言葉に、ザザは考え込む。
「……族? ……いいえ、フィデルさまは明らかに、一ノ瀬卿を心配されていました。卿に逃げられ、《怒る》……と言うよりも、むしろ《泣きそう》な顔をなされていましたから」
「《泣きそう》……?」
泣きそうな顔のフィデルなんて、想像出来ない。
私は頭を抱える。
更にザザは続ける。
「そもそもフィデルさまと一ノ瀬卿は、旧知の仲なのです。ドルビーの者たちによりますと、よくご一緒に西の森で魔物退治をなさるのだとか」
「……」
何が何だか分からない。
少なくとも理解出来たのは、一ノ瀬六月なる者が怪しい……と言うことだけだ。
「……分かった。もういい下がれ……」
私の言葉にザザは、丁寧なお辞儀で返すと、部屋を出て行った。
「はぁ」
頭の中が混乱して、どうにかなりそうだ……。
軽く頭を押さえていると、今度は別の使者がやって来た。
私は唸る。
「今度はなんだ!」
「は、はい! ご報告申し上げます!!」
使者は、私の怒鳴り声に一瞬怯みはしたものの、声を振り絞って報告をした。
「……なに?」
私は目を見張る。
報告は、フィデルがリテイナーブローチを行使したドルビー寄宿所の者からだった。
──《西の森に、バルシクが発生しました》
それが、報告の全てだった。
現れるハズのない、バルシクの発生。
私は考え込む。
もたらされる報告の何もかもが、未だかつてないほど、有り得ないものばかりだった。
× × × つづく× × ×




