願い
実のところ私は、フィアが私との婚約を破棄しやすいように奔走していたのを知っている。
それは事もあろうか、私の調べたところ、家族総出でコトに当たったらしい。
「……」
何なんだ? フィアの一族ゾフィアルノ侯爵家は。私になにか、思うところでもあるのか?
仮にも私は皇太子なのだぞ? その皇太子から見初められるのなど、常識から考えれば、光栄なことではないのか?
……しかしゾフィアルノ家では、その考え方は、当てはまらないらしい。
何故……?
「……っ、」
私は自分が、それほど有能だとは思っていない。
思ってはいないが、家族総出で嫌われるほど、悪くもないと思っている。
公私共に、常に人目を気にし、言動には気をつけている。
特にゾフィアルノ侯爵家相手では、気に入られたいと思っていたからこそ、言動には十分気をつけていた。嫌がられる事など、絶対に言っていないと断言してもいい。
それに加え、私のこの魔力量。
まず魔力に関して言えば、紛れもなく私は合格点のはずだ。
そもそも皇家以上の魔力の持ち主など、そうそういない。
コントロールに関しても私は他の追随を許さない。
それもそのはず。物心つく以前から、私は命を狙われた。コントロール出来なければ、そもそもこの皇宮で、生きていけるわけがない。
剣術体術においても、それは然り。
フィア守りたさに、かなり腕を磨いた。
この国の騎士の資格はそれは厳しいものだが、フィデルと同様十代で会得する事が出来た。
……しかしこれは、若干の手加減があるかも知れない。
父ラサロ皇帝陛下は、《皇族と言えども平等に!》となどと通達はしていたが、事実は分からない。
それなりの手心は一切なかった……などとは言いきれない。けれど剣術は、苦手分野ではないから、それなりの実力は、あるとは思う。
ただ、剣術体術も得意だとはいっても、フィデルには遠く及ばない。
フィデルには、常にその傍にフィアがいたために、幼い頃から私のみならず、フィアの護衛までつとめていた。
それは妹に対するソレではなく、いささか度が過ぎているようにも思えて、私はフィデルに対して嫌悪感を抱くことが多い。
前に私は、フィデルに言ったことがある。
『フィアは私が守るから、フィデルは自分の事だけを考えてればいいよ』
と。
するとフィデルは即答した。
『ラディリアスはフィアといつも一緒にいるわけじゃない。俺なら、フィアが眠っている時も、守ることが出来る……』
──眠っている時も守る……!?
一瞬、一緒のベッドで眠る二人を想像してしまったが、いやいやいや……そんな事はあるはずもない。けれど、私を牽制する一言であるのは確実だ。その後勝ち誇った顔をフィデルがしたのを、私は見逃さなかったから。
子どもの頃ならいざ知らず、今はもう二人とも結婚適齢期に入っている。二人がいいと思っていても、共に寝ることなど家族が許さないはずだ。
それだけじゃない。今日だってそうだ。
『フィアのエスコートは私がするよ』
と私が言えば、
『君は今日、主役じゃないか。しかも婚約破棄する立場だろ? それなのにエスコートは無理だ。俺がするから心配いらない』そう言って断られた。
その言葉を思い出す度に、私は震えが止まらない。
お前が一番危険なんだよ……!! そう叫びたかった。
それに婚約破棄じゃない。『解消』だ。そんな壊滅的な呼び方で、一度は婚約者となった者を貶めるわけがないだろ!?
……そう言いたかったが、我慢した。
事の発端は私であるし、私と一緒になったとしても、フィアが幸せになるとは限らない。皇族に嫁ぐのだから、むしろ苦労の方が多いに違いない。
……それに私の秘密を知れば、きっとフィアは、私から離れていくに違いないのだから……。
「……」
そんな想いを私が抱えていることに、フィアも当然の事ながら、その《兄》であるフィデルもまた、気づいてはいない。
それは私の思惑通りではあるけれど、だからこそフィデルは私に対して、遠慮などしないのだろう。
フィデルは四六時中フィアに張り付いていて、私とフィアが婚約者であった時期ですら、二人っきりにさせてはくれなかった。
だからこそ私は、フィアとフィデルが一緒にいることが不安でならない。
何なんだ? あの二人は!
もしかしたら本当は双子とかではなくて、血が繋がっていない家族……とか、そんな関係なのか……?
「うぐ……」
自分の妄想で、自らの精神を抉る……。
別に抉りたくて抉っているわけじゃない。
あの二人……特にフィデルの行動が兄のそれから逸脱しているのが悪い……。
フィデルだけじゃない。フィアだってそうだ。少しくらいはフィデルを拒めばいいのに、拒むどころか手を差し伸べている。
私にではなくフィデルに!!
……せめて、私に手を差し伸べてくれていたら、こんな妙な勘ぐりなんかしない。みんなが言うように、《仲の良い双子》で留めておけていたはずだ。
(……私の考え方が、おかしいのだろうか?)
ふと、そんなことを思う。
……いや、実際そうなのだろう。
どこの世の中に、兄に嫉妬する婚約者がいるのか……。兄妹で恋仲になるなど、ほとんど稀な話じゃないか。
このヴァルキルア帝国では、近親婚が認められている。
けれどそれは、遠い昔の話だ。認められてはいても、子どもができない……という制約がある為に、今では誰も実行に移さない。
皇族に置いては、兄妹どころか、従兄妹同士ですら認められていない。
「はぁ……」
私は溜め息をつく。
本当に私は、どうかしているのだ。
ずっと傍にいたいと願っているのに、それは叶わない。想いが遂げられない反動で、妙なところで嫉妬ばかりしている。今は歯止めが効いているからいいが、今後どうなるかは、自信がない。
私は似ていないと思うが、ほかの者はフィデルとフィアはとてもよく似ていると言う。『流石は双子』と絶賛する声はよく聞く。
フィデルとフィア兄妹の仲が良すぎると私が妙に勘ぐってしまうのも、双子特有のそのコンビネーションのよさせいなのかも知れない。
そう言えば、普段の生活のみならず、森での討伐の際でも二人の息はピッタリで、とても素晴らしいものなのだと、見た事のある者が言っていた。
フィアは女性に珍しく、魔物のいる西の森へも赴く事があるらしい。
私はそれを聞いて、血の気が引く。
西の森──!?
いやいやいや、コンビネーションとか、そんな次元の問題じゃない。西の森だぞ? あそこは騎士資格を持った者ですら危険なんだぞ!? 帝国の軍部で討伐に行く時ですら、必ず隊を編成するくらい、危険な森なんだぞ!?
森の浅い場所では、魔獣はそれ程でもないが、そこでは素材採取などは出来ないし、一匹二匹ほど魔物を狩ったとしても、報酬対象にはならない。だから、《森へ入った》となると、それなりの奥地へ赴いた事になり、リスクは必ずあったはずだ。
けれどそれを、フィデルは何事もなかったかのように、『必要な素材を取りに行っただけですよ』と言って、笑って話すのだ。
確かにフィデルは騎士の中でも、ずば抜けている。しかしフィアが共に行くとなると、その力も半減するものと考えるのが普通だ。
共に行った貴族たちも、フィアの魔力や剣技を褒めてはいたが、私の知らない間に、フィアをそのような危険な場所に連れていくなど言語道断。その者たちには強く言って聞かせたから、その後そのような話は聞いていない。
……いや、強く言ってしまったがために、情報が入って来なくなった……とも言える。短気は損気だ。情報が入らなければ、元も子もない……。
しかし、双子だからこそ、魔力の質は同じなのだろう。
夫婦で魔力を共有し合っているとか、侍従関係で共に戦う必要があって同調しているとなると話は別だが、本来魔力は近づき過ぎると反発し合う。それは兄弟姉妹であってもそうだ。
「…………」
……考えなければいいのに《もしかしたら、二人は魔力を共有してるかも知れない》と、ふとそんなことを思った。
魔力の共有……。
魔力同士は、近くに存在するだけで、反発し合う。それゆえ、魔物討伐ともなると、大抵はそれなりの距離を置き行動する。
稀に、複雑な動きを求められる戦いをする場合には、術者同士が近づくこともあるが故に、魔力をあらかじめ馴染ませて使うことがある。それが《共有》。
……しかし滅多にはしない。なぜなら《気持ち悪いから》。
そりゃそうだろう。
反発するような力同士を、ねじ伏せるのだから、それなりのリスクはある。
けれどそこを堪えて共有すれば、それなりの対価があり、たとえば討伐が楽になるとか、夫婦であれば、……子どもが出来やすくなるとか……。
「…………」
あの仲の良さは異常だ。
親には内緒で、二人だけのなにかを仕出かしているのかも知れない……。そう考えるとサーッと音を立てて、血の気が引いていく。
……ダメだ。もう考えるのはよそう。自分の心が病んでいくのが分かる……。
とにかく、二人は双子だ。そう公表しているからには、夫婦にはならないはずだ。
侯爵家としての身分があるからには、フィデルは妻を娶りゾフィアルノ家を継ぐより他なく、フィリシアはフィリシアで、どこかへ嫁ぐのが普通だ。
その嫁ぎ先が皇家ともなれば、喜ばしいことのはずだった。
私は容姿もそう悪くないはずだ。
女性に言い寄られることも少なくない。確かに、権力に目がくらんで……という者も中にはいるかも知れないが、フィア自身が私の顔を見つつ『美しい顔をしていらっしゃるから、異性に好かれるのですわ』と言った事があった。
少なくとも、フィアにとって私は、見たくないほど醜悪ではないはずだ。
性格も悪い方ではないと思う。
特にフィアの前では、気に入って貰えるよう優しく接している。
……まぁ、フィデルに対しては冷たくあしらう事もあるが……。それはもう、仕方がない。
学力もそれなりに成果を出している。これは数字で結果が出るから、間違いはない。政治においても、あの厳しい父上に褒められる事もあるから愚かなことをしているわけでもないと思う。
それなのに、ゾフィアルノ家総出で、私との婚約破棄を望んでいる。それはどういう事なのだろうか……?
疑問に思うのは、それだけじゃない。
家族総出で頑張った成果が、フィアの『不貞』? ……いったい何を考えてる!? そんな事をすれば、もう嫁ぎ先など見つからない。私のみならず、ほかの者とも結婚しないつもりなのだろうか?
フィデルと一緒にいたいからか……?
それとも本当に不貞を働いているのか……?
そんなハズはないのに、ぐるぐる、ぐるぐるとそんな不安ばかりがつきまとう。
私は頭を抱えた。
私はおかしいんだ。どうかしている……。
この負のループから、誰か救い出してくれ……!
そう切実に願った。
× × × つづく× × ×