跳ね橋と門
相変わらず、文字数多いので、
お暇な時にお読みください(´;ω;`)
「はぁ……」
溜め息をつきながら、ラディリアスは窓の外を見た。
秋の柔らかくなった日差しが、優しく部屋へと降り注ぐ。
さきほど父上にお会いしたが、話は一方的で、結局私は、何のために拝謁を申し出たのか分からなくなってしまった。
アレではただ単に、父と茶を飲んだだけではないか……。
「はぁ……」
溜め息ばかりが漏れる。
──フィリシア嬢との婚約を、破棄して下さい。
そう頼みに行ったハズだった。
けれど父は、受け入れてはくれなかった。
正直少しホッとした。本当に破棄したいわけではない。
けれど、心のモヤモヤは残る。
私は、フィデルとの約束のために、フィアとの婚約を取り消さなければならない……。
「……」
今、この国では、深刻な水不足に陥っている。
原因は未だに、究明出来ていない。
……いや、そもそもそれは、私が究明出来ていないだけで、父は既に、その原因を知っているのかも知れない。
そうでなければ、あのように落ち着いているわけがない。
「……」
私は指を噛む。
国の水不足は深刻だ。
ひとまず貯蔵している分があるにはあるが、それほど多くはない。貯蔵分のその水は、国の要となる施設へ優先的に配っているのだが、それも底をつきかけている。
当然、後回しになってしまう地域が出てしまうが、それはそれで仕方がない。水の絶対値が変わらないことには、配給もままならない。
小さな村では、暴動……とまではいかないが、小さな小競り合いがあったと言う。
今は、その矛先が村長程度で済んでいるからいいが、いずれ国を揺るがす程の大事に至るだろう。
そうなる前に、手を打たなければならない。
「……」
解決……出来ないわけではないのだ。解決策はある。
唯一この問題を解決できるのが、ゾフィアルノ侯爵家に蓄えられている《氷の城》。
あの城を解放してくれれば、ひとまず水不足は解決するはずだった。
それなのに──。
「……はぁ」
私は頭を抱える。
──『国民とフィア、お前はどちらをとる?』
……フィデルが、あんな事を言うとは、思ってもみなかった。
『そんな事を言っている場合か!』と言って、無理矢理解放させる方法もあるにはある。けれどそれになんの意味がある? 私は素直に、その条件を受け入れる事にした。
いがみ合う必要などない、と思った。
おそらくフィデルは、自分の想いを抑えるのをやめたのだと思う。もしかしたら、本気でフィアを囲みに掛かったのかも知れない。
「……」
そう思うとゾッとした。
いや……そもそも、《想いを抑える》もへったくれもない。アイツは最初から、私にフィアを渡すつもりがなかったじゃないか。……いや、屋敷から出すつもりすら、最初からなかったのに違いない。
フィアの傍に近づこうとする者は全て、排除する……そう言いたげな目をしていた。
《フィアは最初から自分のモノ》……そう思っているのかもしれない。
私は眉をしかめる。
けれどフィデルは、フィアを守りこそすれ、傷つけるようなことは絶対にしない。だからこそ私は、フィデルを信用しているし、フィデルであるなら、フィアを託してもいいとすら思っている。
「……」
この婚約は、父皇帝の命令でしかない。
だから、この婚約はフィアが望んでいるって事にはならない。正直、誰も望んではいないんだ。
菓子職人になりたいフィアにとって、皇家も侯爵家も関係ない。
社交もほとんどしない。いや、フィデルがフィアを外へ出さないから出来るはずもない。
恋愛どころか友人すら、その対象が驚くほど限られているから、いるはずもない。婚約者となった私ですら、常にフィデルが寄り添うフィアに近づくのは、難しかった。
「……はぁ」
溜め息が止まらない。
いや、違うだろ? フィデルのせいばかりにするのは、間違っている。
実際フィアは、恋愛に関して全く興味なんてないじゃないか。
私は頭を抱える。
そう。……そうなんだ。
この婚約は、フィアは望んでいない。
それどころか、恋愛ですら《余計なもの》と、捉えている節がある。
非の打ち所のないフィデルが傍にいるせいだとも思ったが、多分違う。フィアは純粋に、料理を作ることしか頭にない。
だから……私も、強く出ることが出来ない。
私が……父が、この婚約を望んだとして、それが叶ったとして、手に入れるのは、悲痛な顔をした彼女なのだろうか?
私がどんなに《好きだ》と囁いて、抱き締めたとしても、彼女は嫌だと泣くのではないだろうか?
……そう思うと、いたたまれない。
フィアには、心の底から私がいいと、言って欲しい。
傍にいる事が幸せだと、そう、自然に思っていて欲しい。
「……」
だから多分、私は逃げたのだ。
《国民のため》。
そう言いさえすれば、全て正当化出来るような気がした。
妙な取引を持ち出したフィデルを、婚約を解消した原因として、悪者に祭り上げておけば、それだけでいい。
仕方がなかったんだ……と言って、諦めさえすれば、全てが上手くまとまるような気がした。
《フィリシアさまの願いを叶えられるのは、殿下だけです!》
ニアは確かに、そう言った。
けれど──。
「……」
私は窓の外を見る。
「あぁ、なんて窮屈なんだ……」
思わずそう、呟いた。
皇宮は驚くほど広い。
けれど、自由はない。ひどく、狭い。
そんな中に、フィアを閉じ込めるのか……?
自分は逃げ出したいと思っているのに?
「……」
フィアは、お菓子屋さんになりたい……と言う。
けれど、その夢を、私は本当に叶えられるのだろうか?
「……皇妃になれば、それは叶わなくなるのではないか……?」
そうポツリと呟いてみた。
┈┈••✤••┈┈┈┈••✤✤••┈┈┈┈••✤••┈┈
皇宮……は想像以上に広かった。
ルルは真っ青になる。
あの後無事にドルビー寄宿所へ辿り着き、事の経緯を話した。
「私だけの言葉だったら、誰も聞いてくれなかった……」
私は青くなる。手に握りしめられたブローチが、本当に役に立った。
ブローチの効果は、絶大だった。
フィデルさまから託されたブローチ。
これは後から聞いたことなんだけど、このセイレーンと木馬が折り重なるように刻印されたブローチは、皇家に認められた、直属の侯爵家……しかも今現在は、次期宰相候補であるフィデルさまにしか、許されていない物だったらしい。
フィデルさまが皇宮に上がるその日、皇帝陛下自らが特殊な魔法を用いてお作りになられたのだとか。
その魔法がどういったものなのかまでは知らないけれど、普段フィデルさまの首元を彩るソレは、ひとたび緊急事態が発生した時に、その役目を果たす。
つまり、それが今だ。
こうして所定の場所でこのブローチをかざしさえすれば、皇帝の軍ですら動かせると言うから驚いてしまう。
そしてそんな唯一無二のブローチの効果は絶大で、それを見た訓練場総指揮官であるタッカーさまは、ひと目ブローチを見るなり青くなった。
「おい! すぐに支度をしろ! 西の森へ総動員で狩りに入る!」
猛獣が唸るように、そう叫んだ。
驚いたのは、周りのもの達だ。
「え? そ、総動員でありますか? そのようなこと──」
「口答えは認めない! そんな事で、騎士はつとまらん! 時間が惜しい。早くしろ!!」
「は、はい!」
理由も告げず、押し付けるように事を進めてしまった。
タッカーさまは、私へ向き直る。
「すぐに出発出来る。お前はこの後、皇宮へ行くのだろ?」
「え、あ……どうしてそれを……」
戸惑う私を見て、タッカーさまは、笑った。
「それを持っていると言うことは、そういう事だ。──ザザ!」
「は!」
「この子を皇宮へ連れて行け! その後すぐに、我々と合流しろ!」
「は!」
多分、この《ザザ》と言う人は、既に騎士となっている人なのだと思う。濃紺のマントを左肩に掛け、颯爽と膝をついて、タッカーさまの言葉を聞く。
要件を聞き終わると、素早く返事をし、立ち上がった。
鋭く、感情のない目を私に向ける。
「……っ、」
私は怯む。
灰青のその瞳は、凍りつくように冷たくて、ドキリとした。
射抜くような、吸い込まれそうな、そんな瞳……。
「あ、あの……」
恐ろしくはあったけれど、タッカーさまの申し出は、正直ありがたくて、《ザザ》と呼ばれたその人に、私は《よろしくお願いします》……と言おうとした。
「失礼……っ!」
「ひゃ……!」
けれどお礼を言う暇なんてなかった。
私はすぐさま抱えあげられ、馬に乗せられ、そして今に至るのだ……。
……騎士って、無口なのね。知らなかった。
淡々と仕事をこなすその姿は、カッコイイを通り越して、少し怖い。
まるで操り人形のようなザザの様子に、私は何も言えなくなった。
ここは素直に従った方がいいわよね……。
これじゃあまるで、誘拐だわ……。そうは思ったけれど、皇宮に行き着かなければ、フィデルさまのお使いは完了しない。それで私は諦めて、小さく身を縮こまらせながら、ザザ従った。
皇宮──。
皇宮は、とても広かった……。
そうだよね、……当たり前か。
と言うより、門の時点で、ものすごく大きいのよ。私は目を丸くする。
繊細な彫刻を施したその門構えは、見る者を圧倒した。当然、私も例外じゃない。
あ。
言っておくけど、こう見えても私、もの凄く大きな門……なんてものは、普段から見慣れている。
だって私は、サルキルア修道院に住んでいるんだもの。
だから親も親戚もいない、身寄りのないこんな身分なんだけど、一般家庭にはない《門》と言うものを、私は普段から見ることが出来た。
そもそもサルキルア修道院は、それなりに大きな修道院だ。
だから、他の寺院と比べれば立派な門構えをしている……はずだ。
まぁ、他の修道院なんて、見たことないから分からないけど、多分そう。だって本当に、とっても大きいもの。サルキルア修道院の門。
私は毎日、街に仕事に行っているけれど、下手な貴族の屋敷よりも、サルキルア修道院の門は、大きな門構えをしている。
そりゃそうよね。帝国を誇る修道院だもの。
西の森の抑えとなるサルキルア修道院。それに修道院だけではなく、お隣のドルビー寄宿所の門も、かなり凄い造りになっている。
……と言うか、こちらは修道院よりも、もっと凄い。
だって帝国有数の騎士養成所なんだもん。それなりの威厳がある。
騎士になれる者、なれない者、当然、色んな人たちがこの寄宿所にはいるんだけど、全ての可能性を考慮して、養成所の構造は、考え抜かれている。
騎士だけでなく、護衛……としての兵も養成しているのよね。当然、将来王宮で働く……という人たちもいるはずで、そんな人たちの訓練になるように、その門構えも、それなりの大きさを誇っていると思うの。
それほど立派なのだ。
即戦力になるように、他の建物の造りも、貴族の屋敷とそれほど大差ないように造られているんだって。
で、そんな修道院と寄宿所が、近くに建っているような環境で育った私にとって、《門》がある建物って普通だったのよね。
だけど……だけどね、目の前の《ソレ》は、本当に規模が違った。
「……うわぁ」
私は唸る。
うん、もうコレは、国境だと言っても過言ではないかもしれない……。
ううん。国境であっても、こんな立派な大きな門構えはしていないはずだ。
見たことないけど、多分そうに違いない。それほど皇宮の門構えは素晴らしかった。
まず、どこの宮殿にもあるんだろうけど、最初に大きな堀が目についた。
これって、下手な川より大きいんじゃ……と、私は冷や汗をかく。
どう考えて見ても、この堀は自然のモノではなくて、皇宮を守るために、わざわざ人工的に造られたものだと分かる。
エグいほどに、深く掘り下げられたその堀は、いったん戦闘となればその効力を十分に発揮するに違いない。どう足掻いてみても、川を泳いで対岸へ行く……というのは不可能だろう。
考えるだけでゾッとする。
もちろん味方のために、登り口はあるんだろうけど、私はこんなに泳げる自信なんてない。
どんよりと、くすんだ色のその堀は、飛び込んだと想像するだけで溺れてしまいそうだ。
「……」
だ、だから、私が通れる唯一の通路は、目の前の跳ね橋しかない。
跳ね橋は、橋の中央で二つに分かれ、太い鎖で引っ張られていた。
緑色に光るどデカい魔法陣が、それぞれを補強していて、見るだけで物々しい……。
えぇー……これ、毎日展開してるのよね? この魔法陣って……。
私は青くなる。
これ程の魔法陣を支えるのに、いったいどれだけの魔力量が必要なんだろう?
これってやっぱり、魔法陣を行使する奴隷とか、いたりすんのかな?
そして、それってやっぱり、使い捨てだよね?
こんな魔法陣を毎日展開するってなると、もう抜け殻になるんじゃないの……!? なんなのここ? 魔王城なの!?
「……」
皇宮の闇を垣間見た気がして、目の前がクラクラする。
信じられない……。
やっぱり、貴族って外道だわ……。
けして口には出せないようなことを私は考えながら、ザザをギュッと掴む。
「……」
それに気づいて、ザザが私を見下ろしたけれど、私はそれを無視した。
だって、目の前にいるこのザザも、お貴族さまのはずだから。
貴族でなければ、到底騎士など目指せない。
ザザは、騎士のマントをつけているから訓練生じゃない。それくらい、私にも分かる。
震えるようにザザを掴んでいると、不意に声が降ってきた。
「……大丈夫。もうすぐだから」
「……!」
私はハッとする。意外に高い声だった。
思わず顔を上げる。
けれどザザは、もう私を見てはいない。
真っ直ぐ前を向いていた。
「……」
跳ね橋はあがっている。
けれど目の前の跳ね橋を通らなくては、この皇宮には入れない。
「は、跳ね橋……あがっているんですが……」
私は不安げに呟いた。
「問題ない」
「……」
ザザはそれだけ言うと、手綱を操り、跳ね橋の前にある塔へと馬を寄せた。
そして塔の前にいる兵へ、私の腕を取り、その手に持っているブローチを門番へ見せる。
「拝謁を願いたい」
「! すぐに……!」
ブローチを見るなり、門番はハッとする。
すぐに敬礼し、大声を張り上げた!
──開門!!
良く通る声だった。
きっと、そういう人たちが、ここを警護するんだろうな……なんて私は思う。
ゴゴゴゴゴ……という軽い地響きと共に、跳ね橋が下がり始める。
「……すご」
私は思わず目を見張った。
こんな光景、もう二度と見られないに違いない。
あまりにも現実離れした目の前の状況に、思わずザザに縋り付く。
ゆっくり降りるてくる跳ね橋が、私のワクワクをほんの少しだけ駆り立てる。跳ね橋が降りてくると同時に、緑に光る大きな魔法陣がゆっくりと回転した。
「きれい……」
しっかり目に焼き付けて、後でみんなに教えてやろう……!
きっとみんな驚くに違いない。
そう思った矢先のことだ。
「ハッ……!」
ザザが動いた。
「……え?」
私は目を見張る。
ザザが馬に鞭を入れたのだ!
跳ね橋は、まだ下がりきっていない。
それなのにザザは、馬を全速力で駆った!!
「えぇ? え"え"え"え"えぇ〜……!?」
ひゅっと喉が鳴る。
ちょ、何考えてんの!? まだ橋は降りきっていない。
降りきっていないどころか、ものすごい勾配だ。馬が駆け上がれるとは思えない!
いや、駆け上がったとしても、まだ橋と橋の間はかなりの距離がある。
絶対に落ちるぅぅうぅぅ……!!
「ひいぃぃいぃぃ……」
私は思わず悲鳴を上げた!
堀は深い。
落ちればタダでは済まない……!
ま、まさか、まさか飛び越える気!?
「……っ!!」
ギュッと目をつぶった。
私はザザにしがみつくしか出来なかった。
ガッ──!
蹄が地を蹴る音が響いた……!
びゅおぉぉおぉぉ……。
「っ、!」
耳の傍を、風が音を立てて通り過ぎる。
フワッと体が浮く感じにゾワッとし、その後すぐに軽い衝撃が襲う!
「ぐっ……」
何メートルもの間の開いている、跳ね橋。
けれどザザは、難なくそれを馬で飛び越えた。
私は息を呑む。
し、信じられない。
信じられない信じられない信じられない……。騎士って、こういう職業なの!?
私は目を丸くする。
ザザは止まらない。そのまま馬を走らせた。
あっという間に跳ね橋を通り過ぎ、巨大な門がその姿を表す。
「うわ……」
重厚な分厚い石の門。
近くに来ると、その大きさに圧倒される。
いや、これ……デカすぎ……。
繊細な彫刻が施されたその門は、固く閉ざされていた。
ギギギギギ……。
さきほどの門兵が言っていた『開門』は、本来ここの事なのかも知れない。
……そうだよね、橋を下げるのに『開門』なんて言わないよね、きっと跳ね橋と門は連動してるのかも。
そんな事を思いながら、私は門を見上げる。
予測していた通り、門は不気味な音を立てながら、薄く開いていく。
「……」
そしてザザは滑り込むように、その隙間へと走りこんだ。
ギギギギギ……。
「……」
私は後ろを振り返る。
ぐんぐんと遠ざかるその門は、私たちを通すと、すぐに閉じていった。
門は、全て開かなかった。
……もしかすると、そういう決まりなのかも知れない。
そう……だよね、アレだけ大きな門だもの。
一人通す為だけに、たくさん門を開いたのなら、その隙に違う誰かが入り込むかも知れない。
跳ね橋も門も、全て開き切る前に、通過しなくちゃいけない決まりになっているのかも。
そんな風に思えるほど、ザザと門番の息はピッタリで、なんだか、凄いなって思えた。
私の住む世界とは、全く違う。
全く私の想像もつかない世界。
私は少し怖くなりながら、それでもザザにしがみつき、必死に耐えながら、これからの事を思った。
途中で投げ捨てることは、もう出来ない。
だって私は、フィデルさまの秘密を知ってしまったのだから。
皇宮に来たのは、もしかしたらチャンスかも知れない。
もしかしたら助けを求められるかも……。
そんな淡い期待も抱きつつ、私は皇宮の門を潜ったのだった。
× × × つづく× × ×




