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これからの事と、心配事。

 

 結論から言うと、俺は不覚にも気絶した。



 ま、あれだ。

 力を使いすぎたってヤツだ。


 だから、俺たちを待っているっていうドルビーの騎士候補たちを、俺は見てもいないし、彼らがどんな技を使ってバルシクを留めたのかも分からない。

 ただフィデルが言うには、彼らの魔力を結集させ、バルシクが越えられない壁を築いたらしい。



 壁…………。


 聞いた時、どんだけ高い壁だよ……って思ったんだけど、正確に言うと結界張っただけ。


 高い壁が連なってるってわけじゃなくて、通り抜けられない見えない壁を作ったって事らしい。


 ……まぁ、そりゃそうだよね。

 だって相手は猫仕様のモンスターだよ?


 猫ってさ、身軽なイメージがするよね。

 壁とか、カッカって登って行って、跳び越えそうなイメージ。


 でも、どうなんだろね?

 バルシクってどんだけ跳べるんだろ?



 同じネコ科でも、チーターとか豹とかなら高く跳ぶイメージあるけど、ライオンは寝そべってるイメージしかない。


 バルシクも、どちらかと言うと後者で、ライオンほどではなくても、それほど跳ばない気もするんだよね。


 もちろん、さっきもそうだけど、バルシクは跳び掛って来ることはある。だけど、……障害物を跳ぶバルシク。……俺は、見たことない。


 跳躍力があまりないのなら、低い結界でもいけそうだよね?



 まあ何にせよ、ドルビーの奴らは《こんな対応をしたぞ》ってことを、フィデルは教えてくれた。


 ……本当は俺、見たかったんだけどね。


 俺ってさ、他の奴らが魔法を行使するところって、ほとんど見た事なくて、そういう機会って大切にしてるんだ。


 だって侯爵令嬢として育ってきて、ろくな護身術も教えて貰えない。


 ほとんど戦えない俺なんだよ?

 戦うのは騎士の役目。

 令嬢は、守られていれば、それでいいってやつ。


 俺が、男だって知ってるフィデルですら、必要以上に俺を守ろうとする。


 俺、……ちっこいけど、筋力あるし、戦えないわけじゃない。

 魔法だって人並み以上の魔力量を持っているし、他の人間が使えない水絞(すいこう)魔法だって使える。


 だけど誰も、()()()()()には戦わせてはくれない。

 ……まぁ、当たり前っちゃ当たり前なんだけどね。


 侯爵令嬢で、皇太子の婚約者。

 何かあれば、誰かの首が跳ぶだけじゃ済まなくなる。

「……」


 でも俺、黙って守られていたい……なんて思っていない。

 俺だって戦いたい。

 色んな魔術の種類を覚えて、使ってみたいって思う。


 ……だって普通、思うだろ?

 魔法だぞ?

 前世には存在しなかった魔法とか、考えるだけでワクワクするだろ?


  だけどこの異世界。

 魔法がはこびるこの世界に生まれてなお、俺は魔術の種類にどんなモノがあるのか、ほとんど知らされていない。


 理由は簡単だ。俺が侯爵令嬢だから。

 守られるべき存在だから。

「……」



 フィリシア()には、色々と制約がある。


 基本の魔法は教えられたとしても、必要以上の事は教えてもらえない。

 武術もそうだ。ほんの少しの護身術だけ。


 ズルいって思うけど、危険な場所に興味を持って、足を踏み入れないように……なんだろうなって思う。


 力を手に入れたら、誰だって試したくなる。

 だから、潜在能力のあるフィリシア()は、余計何も教えてくれなかったんだと思う。

 ……俺、フィデルより落ち着きなかったしね。危なっかしいんだろうな。


 だから独学で知識を得た。

 そうするより他なかった。

 理解してくれたのはメリサだけ。メリサだけが、俺に色んなことを教えてくれた。


 貴族の娘なんて、どこも一緒で、蝶よ花よと育てられる。

 それが俺には、もどかしくて仕方がない。


 魔術や武術は、実際に目で見て感じて学ぶ部分も大きい。

 だけど俺には、その機会が与えられない。


 唯一見れるのは、六月(むつき)として、こうして外に出た時のみ。その時初めて、自分以外の魔術や武術を目にすることができる。



 だからこういう経験って、ホント貴重なんだよね。

 それなのに俺って、気絶するとかね。もったいない……。

「……」


 ……やっぱり俺、相当無理してたんだと思う。


 気絶だよ!? 気絶! そんなん俺、したことないし!

 前世と今世合わせてみても、他人が気絶することすら見たことない。

 結構稀な状況だと思うんだよ! まぁ……皆無、とまでは言わないけどさ。


 でも、気絶したってことは、必要以上の力を使ったって事だと思う。

 必死にフィデルから逃げて、バルシクに出会って、抱えられながら水で牽制して……。

 ……一人だったら既に倒れていたと思う。


 フィデルが一緒だったから、……フィデルがいてくれたから、普段以上の力を出せたんだろう。

 俺って、いつもフィデルにおんぶに抱っこで、守られてるばかりだったんだけど、いっちょ前に、フィデル守ろうとしたんだなぁ……。


「……」

 そんなことを思うと、なんだかこそばゆい。

 俺も少しは、役に立てたよね?


 ニヤニヤしながら、俺はフィデルに抱きついた。



 ……ん?

 なんでフィデルに抱きついてんのかって?


 だって、目の前にいるんだもん。ここ、馬の上だから。

 操っているのがフィデルで、俺を相変わらず抱えて、馬に乗ってる。


 ……そりゃそうだよね? 抱えてくれてないと俺、落ちるだろ……!? さっきまで気絶してたんだから!

 俺だって、好きでいつまでも、抱えあげられているわけじゃない! 自分で出来るならやってたさ!

 ついでに言うと、そーゆー意味での《おんぶに抱っこ》じゃないからな。さっき言ってたのヤツ!


 …………。

 いや、そりゃ結構、本当に《抱っこ》もされてるけど……。



 ちなみに、どういう経緯かは知らないけど、馬はさっき手に入れた《氷雨(ひさめ)》だった。


 多分帰り道、修道院で馬を調達しようと立ち寄ったんだろうと思う。他に手に入れられるような所はないから。

 その時司祭さまが、氷雨(ひさめ)を渡してくれたのに違いない。


 力は強い馬だから、フィデルと一緒に乗っても、屁でもないはずだ。

 俺はフィデルを、ギュッと抱きしめる。


 俺が、……俺が守った《命》……。

 俺だけの力じゃないけど、少し誇らしく思ってもいいだろ?




「……。目が、覚めたのか?」

 フィデルに抱きつくと同時に、ホッとした溜め息が頭上から聞こえた。


 俺が目覚めたのに気づいて、フィデルは馬の速度を落としたけど、揺れがひどい。

 俺は改めて、フィデルにしがみつく。


 ……氷雨(ひさめ)……フィデルに乗ってた時よりも、揺れるんだけど。

 てか、馬より乗り心地のいいフィデルって、いったい……。


 俺はフィデルを見上げる。


 フィデルは気配だけで、俺が見てるのに気づいたのか口を開いた。

「どうした? まだ辛い……?」


 フィデルの声は優しくて、俺は安心する。


 ここはもう、西の森じゃない。

 街道が長く続いていて、向こうからゴトゴトと荷馬車がやって来た。


 ずいぶん日も暮れた。

 きっと仕事を終えた人たちなんだろう……と、俺はぼんやりそう思う。


 そんな風景を、フィデルにもたれ掛かりながら俺は見て、口を開いた。


「ううん。……ここ、はぐっ……!」

 いきなり俺は、舌を噛んだ……。

 あ、ヤバい。やらかした。


 そう思ったけど、もう遅い。じわじわと痛みが這い上がる。


「……!?」

 そしてそんな俺を、フィデルは信じられない……と言ったように目を丸くして見下ろした。


 くそっ! 見んな……!

 俺は痛みに、顔をしかめる。


 こういう時って、噛んだ理解が先に来て、後から痛みが這い上がってくんだよな。それ、俺が一番嫌いなヤツ……っ。


 そしてフィデルに、()()()()を見られた。

 這い登ってきた痛みに、涙目になる俺……。


 ひ、氷雨(ひさめ)氷雨(ひさめ)、揺れすぎっっっ!

 揺れすぎだからっ!!


 俺は恥ずかしさのあまり、フィデルの肩におでこを擦り付け、必死に痛みに耐える。

 痛い。めちゃくちゃ痛いぃぃぃ……。


「……っ」


 でも、そりゃそうだよね? ここは馬の上だからね?

 ()()()()()()じゃなくて、()()()()()だからね!?

 そりゃ、ボーッとして口開いた俺が悪いよね……。


「ひぐ……っ」


 俺は半泣きになって、噛んだベロの痛みに耐えていると、俺を支えていたフィデルが、くくくと笑いを堪えているのが分かった。


 ……む。ちょ、なにそれ。

 俺のこと、バカにしてんの!?


 笑いこらえてても、俺お前に抱きついてるからな! 笑ってるのすぐ、バレるんだからなっ!

 ムッとして、俺はフィデルを睨む。


「ご、ごめん、ごめん。 まさか本当に舌噛むとか……っ」

 ヒーヒーと笑いを堪え、フィデルは目の端に涙をためている。


 ……。

 そんなに、笑わなくってもいいだろ……。


 俺に悪いと思ったのか、フィデルは数回咳払いをして、笑みを消し、俺に話しかける。

「……六月(むつき)、もうすぐ、屋敷につく。一応、腕の怪我は修道院で治療してもらったけど、バルシクの爪が当たったんだから、化膿するかも知れない。帰ってから、すぐ主治医に見てもらえ」

 淡々とフィデルはそう言った。


「……ん」

 俺は短く返事する。


 フィデルに聞きたいこととか、言いたいことは沢山あった。

 なのに俺は一言、《ん》とだけ言ってフィデルにおでこを預ける。


 噛んだ舌が痛んだせいもあったけど、何から話せばいいのか分からなかった。


 確かに、フィデルを守れたことは嬉しいよ? だけどそれと同時に失ったものもある。


 俺は、()()()()()()()()()

 ……それは、宵闇(よいやみ)へは行けないって事に他ならない。

 その事実が、俺を落ち込ませた。


 バルシクが西の森にいると分かった以上、ソレほっぽって宵闇(よいやみ)なんかに、行けるわけがない。

 フィデルだって、『まだ行くのは早い!』とかって怒るんだろな。


 ……フィデル、あまり宵闇(よいやみ)の事を快くは思ってないみたいだったし。


 それにメリサの事も心配だ。

「……」


 俺はフィデルを見上げる。

 俺の視線に気づいて、フィデルは目を細めた。

 けれど、俺の方は見ない。さきほどと同じように、フィデルはまっすぐ前を向いたまま、口を開く。


「ん? どうした?」


「……。んーん、なんでもない」

「……?」

 フィデルは少し、困った顔をした。


 メリサの事は知りたい。

 でも……、少し怖くもある。


 こんな不安定な馬の上で、フィデルから逃げられないこの状況で、メリサの事を聞くのは、得策じゃない。

 

 もし、メリサの身に良くないことが起こっていたとしたら、俺はメリサを救うために、動かなくちゃいけない。

 もしかしたらフィデルは、それを阻止しようと動くかも知れない。

 そうなったら俺はまた、フィデルから逃げることになる。逃げられない今の状況は、明らかに不利だ。


 もっと広い場所で、逃げ場を確保した後に聞かなくちゃ……。


「……」

 だけどそんな状況、なければいいと思う。


 だって、そんな状況を作り上げるとすれば、それは紛れもなくこのフィデルの仕業。

 《メリサに良くないこと》が起こったとすれば、それは紛れもなく、フィデルが命令したって事になる。


 フィデルは自分が正しいと言い張るだろうし、俺は多分、……フィデルを許せない。

「だから、《今》聞いちゃダメだ……」

 俺はぽつりと呟いた。


「? ……フィ……六月(むつき)?」

 フィデルの心配したような声が、頭上から降ってくる。

 だけど俺は頭を振る。


「なんでもない。帰ったら、話すから……」

「……」


 俺はそれだけ言って、これからの事を考えた。

 なにかが少しずつズレていく。


 そんな言いようのない不安に、俺はひとり静かに耐えた。





 × × × つづく× × ×


さて困った。

この状況、フィデルがめっちゃデカい。

もしくはフィアがめっちゃ、ちびっこ。。。


いやいや、

フィデルのお膝に乗ってるって思うからいかん。

フィアは純粋に《馬》に《馬》に乗っかってるって

思ってくださいっっっ!!!

(いい加減。。。( ̄▽ ̄;)ははは……)

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― 新着の感想 ―
[良い点] あら、やっぱり、すんなり戻ってしまうのかっ。フィア、逃げろぉぉ! ダメ? [気になる点] 乗馬の姿勢はどんな感じなんでしょう?
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