計画
「……あぁ。もう、何なんだよ。早すぎるよフィデル」
俺は唸る。
だってそうだろ? 俺、ついさっき家を出たんだぞ? 氷雨だって使ったんだぞ?
俺に追いつくには、ほぼ同時に屋敷を出ないと、追いつけないハズだ。
いや、そりゃ俺だって、そんなに急いでなかったから、フィデルの持つ全ての力を使えば、追いつくことは可能だよ?
だけど追いかけるには、それなりの条件が揃わなくっちゃ、追いかけようがない。
まず、相手が逃げた事に気づかなくちゃいけないし、どこに逃げたのか、行先が分からなくっちゃ、追いかけることすらできない。
俺が屋敷を出たってことに、フィデルが気づいてないのなら、俺を追いかけることなんて不可能なはずなんだよ!
それなのに、なんで気がついた!?
なんで俺が屋敷を抜け出したって、バレてんの?
なんでもう、追いつかれてんの?
「うぅーっ!」
俺は頭を掻きむしる。
いくら考えても、理解出来ない。
……っかしいなぁ。
俺ってちゃんと、フィデルが自分の屋敷に帰るタイミングで、ウチを飛び出したんだよ?
いや、そりゃね、全く見つからないとは思っていない。
だけど俺が考えていた見つかるタイミングは、翌朝のはずだったんだ。
いつものフィデルは、朝になってからしか、俺のところには来ない。だから、見つかるのなら明日の朝だろうって、思ってた。
謹慎中の今は暇なのか、日に何度か俺のところに来てはいたけれど、本来のフィデルは父上の補佐とか、ラディリアスの仕事の手伝いとかで、宮廷に呼ばれる……なんて事はザラで、俺と違って、フィデルは忙しい身の上だ。
今まで謹慎していた分、溜まった仕事も当然あるはずで、謹慎が明ければ、それらに追われるのは必須だった。
だから運が良ければ、こっちに来れるのも、明日の夕方にならないと無理かもね……なんて俺は思ってた。
いや、そりゃ咄嗟の家出だった事は、認めるよ?
だけど、タイミングが合わなかったのなら、俺だって決行しない。
頃合いを見計らって、ちゃんと計画しなおすよ?
だけどあの時は、絶好のタイミングだったんだ。
あの時、俺とフィデルは、少し険悪なムードだった。
俺は疲れているから休むと言って、部屋に戻った。あの時は本当に、一人になりたかったから。
フィデルはまだ、俺と一緒にいたかったようだったけれど、だけど俺の気持ちを尊重してくれて、屋敷に戻って行った。
……あの状況で、フィデルが再び俺のところに戻ってくるなんて、考えられない。
戻って来たら、俺はきっと怒ると思うから。
そんな状況だったはずだ。
「……」
でも、俺を追ってここに来たってことは、あの後すぐに戻って来たってことになる。じゃなきゃ、今ここにフィデルがいる説明がつかない。
俺は指を噛む。
本当なら今日の夜、家の者が寝静まったのを見計らって、本邸に忍び込むつもりだった。
本邸には、宵闇への転移魔法陣がある。
それを使って、俺は宵闇に逃亡するつもりだった。
それなのに──。
「……なんで見つかったんだ?」
俺は頭を捻る。
メリサが伝えに行った……?
いや、それは有り得ない。
俺は頭を振る。
メリサは俺たちの乳母ではあるけど、何故かフィデルを警戒している。
《物事を楽観視するフィアさまは心配ですが、フィデルさまは、物事をよく考えていらっしゃいますから、私がいなくても大丈夫なのです。むしろフィアさまをお守りせねば……》と、ブツブツ言っていたから、俺の動向をフィデルに言うことは、絶対にないと思う。
……てか、同じ双子なのに、この扱い。
俺ってそんなに、信用ないのかな?
「……」
釈然としないなにかを感じ、俺はムッとする。
でも、確かにフィデルは勘がいい。
その上、知識も経験も豊富で、同じ双子とは思えないほど、要領もいい。
それは、誰もが認める事実でもある。
俺がフィデルにイタズラしようとすると、何故かすぐにバレて返り討ちに合うんだ。
それがまた嬉しそうで、癪に触るんだけど、今思うとなんでバレたのか、よく分からない。どれもコレも、上手くいくと思ってたのに、ことごとく失敗するんだ。
……そう言えばいつだったか、フィデルが妙な事を言ってたっけ。
ええっと、なんだけ?
アレは確か、《俺の心を読むことが出来る?》……って言ったんだっけ……?
…………ん?
ちょっと待って。
あの時俺は、《そのような事、例え双子だとしても出来ませんわ》って言って笑ったんだけど、もし……もしだよ? もし、フィデルが俺の考えていることが分かっていたとしたら?
「……」
サーっと血の気が、引いていく。
え? なに、俺の計画って、もしかして筒抜けだった?
……いやいやいや、待て待て。そんなハズない。
だったら、何も追いかけて来る必要なんて、ないハズだ。先回りすればいいだけのことだろ?
だけどフィデルは、俺を追いかけて来た。
しかもすごい形相で、俺のことを探してた。考えていることが分かるなら、そんなまどろっこしいことなんて、するわけがない。
「……だけど、ほぼバレてた」
それも紛れもない事実だ。
もしかしたらフィデルって、神がかり的な勘の良さを持って、俺の行動を予測してる!?
「え? 何それ、凄いんだけど!」
俺は目を輝かせる。
なんなの? それ。そんな特技があったの? なんで俺に黙ってるんだろ?
俺は思わぬ発見に、ワクワクと心踊った……けど。
……あ、そっか。
俺は悟る。
俺のイタズラを発見するために、黙ってたのか。と判断した。
「……………………。」
そう思うと、……なんだか、ねぇ?
俺は途端に、冷静になる。
妙な警戒されるより、手のひらで転がせた方が楽だしな。うん。それはよく分かる。
そうか……。
俺はフィデルの手の上の、お猿さんだったってわけか……。
「……はぁ」
妙なところで、俺は落ち込む。
だからフィデルは、その《神がかり的な勘》を使って、俺が屋敷を抜け出たことに気づいたわけだ。それでもって、俺の部屋に戻って来た。
戻って来てみれば俺がいない。
いないものだから、メリサに居場所を聞いた……と、そんなところだろう。
俺の行き先を知っているのは、メリサしかいない。ここは絶対に間違いはない。
……だけどちょっと待って。
俺は考える。
それってさ、フィデルにどんな風に伝わったんだろう?
少なくともフィデルは、血相を抱えて俺を探しに来た。しかもかなり怒ってもいたよね?
だって俺自身、殴られるって思ったくらいだから。
と、なると……。
「……」
俺は青くなる。
「メリサっ!!!」
思わず叫んでしまった。
俺は急に不安になる。
じゃあ、メリサは?
メリサはどうなった?
どの状態で、フィデルは俺がいないことに気がついた?
もしも……もしもだよ? もしも、メリサが原因で俺がいなくなったとか、そんな風に思ってたら……?
「……」
その先は、考えたくなかった。
ズキンッ、と心臓が跳ね上がる。
え……フィデル、フィデルはメリサに、酷いことなんてしてないよね?
メリサはフィデルの乳母でもあった。だからフィデルだって、メリサが大好きなハズで、……だから俺は、メリサに全てを話したんだ。
メリサから、説明してもらおうと思って……。
ゾフィアルノ侯爵家で、唯一俺の秘密を知っていて、長年この屋敷で働いている、信用の置ける乳母。
メリサは、そんな地位にある。
だけど、……。
だけど、だったら何故、フィデルはあんなに怒ってた?
それに何故、あんなに泣きそうな顔だったんだろう? 俺はフィデルが、泣いてるのかと思ったくらいだ。
そもそもフィデルの泣き顔なんて、見たくても見れるものじゃない。それなのに、あの表情……。
「……」
メリサからそれとなく俺の居場所を聞いたのなら、フィデルが心配なんてするわけがない。
だって前々からこのことは、家族で話し合っていたんだから。
《俺が女として生きる代わりに、後で自由を手に入れる》
それが俺たち、ゾフィアルノ家で交わされた約束事。
さしあたって宵闇国に親戚がいるから、それを頼って移り住み、ほとぼりが冷めたら帰れるねって話してた。
ずっとそんな風に話してたんだ。
……そりゃ、行動に移ったのは早かったかも知れない。
だけど、俺は必要なくなったんだろ?
唯一俺が操作してた氷のブロック解除にしても、フィデルの口から言ってくれなかったじゃないか! 俺がいなくっても、どっからか水を調達するつもりだったんだろ? 俺は要らなかったんだろ?
だったら、少し早まるけど、今からでも宵闇に行ってもいいんじゃないかって、俺は思ったんだ。
……なのに、あの顔。
「……」
俺には意味が、分からない。
フィデルは何を考えてんの?
フィデルは、その《神がかり的な勘》で、俺の考えていることが分かるんだろう? だったら何も心配なんてする必要ないじゃないか。
俺はただ、少し早めに宵闇国へ行くだけだから。
あの時俺は、《お前は要らない》と言われたと思った。それなのに、俺がいなければいないで、周りを巻き込むかと思うほどに、フィデルは取り乱すの?
急に怒り出したり、泣きそうになったりするフィデルは、強いのか弱いのか、サッパリ分からない。
俺にも、《神がかり的な勘》があれば良かった。
そうすればフィデルも、あんなに取り乱すことなんてなかったはずだから……。
フィデルは、俺にどうして欲しいの?
人形のように、言うこと聞いてればそれでいいとか思ってんの? 俺、人間だよ? ちゃんと人として生まれたんだよ? 俺にだって、自由に生きる権利くらいあるだろう?
……あぁ、でも、そんな風に考える俺も、そーとーだと思う。
だって俺は多分、メリサの事を考えてなかったから。
自分の事ばっかりで、メリサがどうなるかなんて、思ってもみなかった。今頃メリサはどうしているだろう?
一人あの屋敷にいるだろうか?
それとも俺を守れなかった罪で、投獄されているだろうか?
「……」
それを考えると、震えが止まらない。
どうか、どうか前者であって欲しい。
一人でいるのもどうかと思うけど、俺がいなくなった事で、罰を受けていたりしていたら、俺はどう償えばいいんだろう?
それを思うと、ブルブルと手が震える。
フィデルだって、同じようなものだったのかも知れない。
自分のことで手一杯で、夢中になって、俺の気持ちが疎かになったんだ。
「……っ、一度帰らなくっちゃ……」
俺は決心する。
メリサがどうなっているのか、新たな問題に直面してしまった。
あのフィデルの様子がすると、メリサが何らかの罰を受けた可能性が高い。俺が思っている以上に、この世界の人間は、他人に対して非情なところがある。
「酷いこと、されてないと良いけど……」
俺は泣きたくなる。
西の森は危険だけど、本当ならメリサも連れてくるべきだった。修道院で待っててもらうって手もあった。それなのに俺ときたら……!
「メリサ……」
そうだ。そこが間違ってたんだ。
メリサは普通に屋敷から出てきてもらって、修道院で落ち合えば良かった。
行き先を伝えるのは、何も今じゃなくっても、宵闇についてからでもどうとでもなったじゃないか……。手紙を書くって手もあったし。
「……」
俺は歯噛みする。
「早く、……早く戻らないと……」
それにはまず、西の森の状況把握だ!
西の森は広い。
けれど目指すところは、分かっている。
魔物の生まれる泉……《魔湖》。
恐らくそこに、新たな魔物が生まれているんじゃないかと思う。
それさえ確認すればいい。そしたら、そしたらすぐに帰るから、メリサ! もう少し、もう少しだけ待ってて……!
俺はそう決心すると、ありったけの力を振り絞って、魔湖へと急いだのだった。
トルムラクスは造語でーす。
カタカナ長いの嫌なので、『・』入れました。




