フィデルの勘
……すみません。
相変わらず、ダラダラです。。。
('、3_ヽ)_
「!」
嫌な予感がした。
……いや、予感なんかじゃない。
勘違いなんかじゃなくて、確実にフィアの意識が消えた……!
今まで感じたことのない喪失感に、俺は青くなる。
え……? 何が起こった……?
思わず目を見張る。
俺は、何故だか分からないけれど、フィアの感情を読み取ることが出来た。
目の前にいなくても……例え、離れていたとしても、フィアがある一定の距離内にいれば、フィアが何を思っているか、大抵のことが分かった。
俺とフィアが双子だからだろうか?
もしかしたら、見えない何かで、繋がっているのかも知れない。
それとも俺がフィアを好きだからだろうか?
ずっとフィアの事を考えていて、生活の全てがフィア一色になってしまったから、変に魔力が働いて、そんな事が出来るようになったのだろうか?
理由は分からない。
けれど俺は、幼い頃から、フィアが一定の範囲内にいさえすれば、その意識をとらえることが出来た。
前に俺は、フィアにも聞いたことがある。
《俺の感情を、読み解くことは出来るか?》って。
フィアはキョトンとした。
俺の言っている意味すら理解できなくて、フィアは無邪気に笑った。《なにそれ?》って、《からかってるの?》って言って。
くすぐったそうに笑うその顔が、とても可愛くて、俺は今でもあの時のことを、しっかり覚えてる。
フィアも俺と同じ感覚で、俺の感情が分かるのかなと思ったけれど、この力は俺だけのモノのようだった。
この様子なら、俺の心の内は分からないんだな……と、俺は少し残念に思って、……それから少しホッとした。
兄弟なのに、男なのに、こんな感情を兄が持っているなんて知ったら、フィアはどんな顔をするんだろう?
隠し事なく、何でも話せていたフィアだったけれど、これだけは恐ろしくて言い出すことが出来ない。
きっと、フィアは嫌がるかも知れないから……。
近づくな! と怒るだろうか?
それとも哀れみの目で、俺を見るのだろうか?
「……」
どちらにせよ、いつも見せてくる、あの無防備で無邪気な微笑みを、見せてくれなくなってしまうに違いない……。
そう思うと、胸が張り裂けそうになる。
ずっと傍にいたいと願っているのに、この気持ちに気付かれて、避けられたらどうすればいいんだ?
そんな事になるのは、絶対に嫌だった。
避けられるくらいならいっそ、自分のこの気持ちを押し殺し、黙っている方がいい。
俺はフィアの傍に、ずっといたいと願っているのだから……。
『それでもきっといつの日にか、
フィアにも好きな人が、出来るかも知れない』
そんな恐怖が、ないわけじゃない。
……今はまだ、不思議と子どもっぽいフィアだから、そんな感情を抱く人物はいない。それは間違いない。
そもそも出会いがない。
お茶会として呼ばれる家は、それなりに素晴らしい令嬢たちがいるものの、フィアの見た目は、明らかに女性だ。恋愛に発展することもない。
……いや、恋愛は出来ない身の上だ。
そういう制約を、フィアは生まれながらに背負ってしまった。
だから兄の俺が、支えてやらなくてはいけない。
それが俺には有難くもあり、フィアにとっては不幸な事なのだと思う。
本当は、自由に、恋愛したいんじゃないかと思う時がある。
何も知らない子どものままのような、無邪気なフィアだけれど、もう十六歳。子どものままではいられない。もしかしたら、俺が気づかないだけで、本当はもう、好きな人がいるかもしれない。
「……」
そう思って、俺は考えを巡らせ、首を振る。
いや、それはないな。そんな感情は、今まで微塵もなかったから。フィアは、呆れるほどお子ちゃまだから。
……まぁ、それがいいんだけど。
「……」
不覚にも少し顔が火照る。
いやいや、でもそれも今だけだ。
いずれ時が過ぎれば、フィアは全てから解消される。
男として、平民として自由に生きる時、その時フィアは俺の手を離れていく……。
いつか必ず来る、その日。
けれど《その日》が来るまで、俺はフィアの傍にいたいと思う。
フィアに恋焦がれて、こんな変な能力を手に入れてしまった俺は、きっと必ず来る《その日》を一番に知ることになるだろう。
その時俺は、どうするんだろうか?
傷つくだろうか? それとも素直に喜べるだろうか?
祝福してやれるだろうか? それとも、引き裂こうとするだろうか?
……それは、今の俺では分からない。
けれどその日まで、俺はフィアと一緒にいたいと切に願う……。
だからあの時、フィアとラディリアスを会わせるわけにはいかなかった。
「……」
俺は視線を落とす。
確かにフィアは、誰かを好きになるはずだ。
だけどそれは、ラディリアスではない。
ラディリアスと俺とは、同じ立場のはずだ。
同性であり貴族である、俺とラディリアス。
平民として、普通の生活を送りたがっているフィアにとって、俺とラディリアスは足枷でしかない。
だから、ラディリアスにフィアは、渡せない。
幸せに出来るはずがないからだ。
それなのにラディリアスときたら、出来もしない婚約にしがみついて、鬱陶しいにもほどがある。
幸せに出来ないはずのラディリアスが、フィアを自分のモノに出来るのなら、俺にだって、チャンスはあるはずだ。
赤の他人のラディリアスよりも、双子の俺といる方が、よっぽどいい。皇妃として苦労するよりも、俺の傍でのんびり過ごす方が、どれほどいいか!
……もしもフィアが、俺の傍にいてくれると言うのなら、誰よりも幸せにしてみせる。そんな自信が、俺にはある。
だけど、フィアは《俺》を選ばない。
《俺》はそもそも、選択肢に入っていないから……。
フィアはさっきまで《怒って》いた。
俺がフィアとラディリアスを会わせないように、ある小細工をしたせいだ。
俺は知らぬ振りを決め込みはしたけれど、フィアには分かっていたはずだ。あからさまに俺の態度はおかしかったから。
だからフィアは、余計に怒っていた。
いっそ、会ってはダメだと言った方が、納得したかもしれない。
フィアから発せられる、痛いほどの怒りの感情。
分かっていたけど、俺は敢えて、何もしなかった。
……少しは、……。
少しは気づいて欲しかったのかもしれない。
俺がフィアを想っているって事を……。
少し、意地悪だったかも知れないと、俺は後悔した。
──でもだからって、フィアの感情が消えるわけがない。
俺は唇を噛む。
何が起こった?
感情が察知出来なくなった理由は、二つしかない。
フィアが死んだか、屋敷の敷地の外に出たか──。
俺は不安になる。
フィアは真面目だ。
謹慎中の今、勝手に外へ行くなんてこと、するはずがない。
でもだからといって、フィアがこの敷地内で死ぬことは、それ以上に有り得ない。
となると、やはりフィアは敷地の外へ出たのだろうか……?
可能性は……ある。
フィアがその気になれば、屋敷にいる護衛の目を盗むなんてことは、きっと朝飯前。
フィアは驚くほど、敏捷性に優れている。
敷地内のそこここにいる護衛たちに、気づかれずに出ることなど簡単だろう。それが出来れば、俺に報告する奴などいないから、その分遠くへ行くことが出来る。
俺は眉をしかめた。
……フィアは、それを狙っている……?
でも、謹慎中なんだぞ?
真面目なフィアが、決まりを破るわけない。
俺じゃあるまいし……。
(じゃあ、何故……?)
俺は立ち上がりながら、考える。
フィアは怒っていた。
ラディリアスと会えなかったから。
まさかラディリアスに会いに行った?
そう言えば、フィアは悲しんでもいた。
凄く切なくなるような、《寂しい》と思う感情。
誰かを強く求めるような、……それでいて裏切られたような、そんな感情……。
あれは、ラディリアスを求めていたのか……?
「……っ」
そう思うと、嫉妬でどうにかなりそうになる。
「いや、違う……!」
俺は呟く。
違う。絶対に。
よく思い出せ。あの時の感情は、もっと違う悲しみ方だったろう?
ラディリアスを求めるような、そんな悲しみ方じゃない。
そう……確かあれは、絶望に似た、どちらかというと、
消えてしまいたい……という感情──。
「……っ、」
ゾクッ……とした。
俺は唇を噛む。
……よけい悪いじゃないか。
そんな事をフィアに思わせてしまった俺自身に、腹が立った。
フィアは傷ついていた。
その理由は、ラディリアスに会えなかった事じゃないかもしれない。
けれどそれがなんなのか、俺には分からない。
だって俺は、フィアにラディリアスを会わせない事に成功して、ホッとしていたから。
だから、フィアの感情の揺れを無視していた。
後でフォローすればいいと、そう思って。
けれどフィアは傷ついていた。
だからいなくなった?
それが理由?
いや違うかも知れない。
もっと別の何かかも知れない……。
だけど……だけど!
フィアの感情が、実際消ている。
感知できない。
今まで、こんな事は一度だってありはしない。
出掛ける時には必ず俺に言って出掛ける律儀なフィアだったし、フィアの乳母であるメリサも、逐一フィアの動向を教えてくれていた。だから屋敷からフィアの意識が消えても、不安には思わなかった。
けど、今回のは違う……!
俺は真っ青になる。
フィアが消えた。
フィアが、いなくなった!!
黙っていなくなるほど、俺はフィアを傷つけたのか!?
今まで自分の手の中にいた大切なものが、知らぬ間に、するりと指からすり抜けた感覚に、俺は激しく取り乱した。
フィア……、フィアに会わないと……。
会って、理由を聞かないと。
俺とフィアは、何かとんでもない勘違いをしてるかも知れない。
今すぐフィアに会わないと……!
「? フィデルさま……?」
執務を手伝ってくれていた執事のダグラスが、いきなり立ち上がった俺を見上げ、不思議そうな声をあげた。
俺はダグラスの方へ顔だけ向け、手短に要件を伝えた。
「フィアのところへ行く──」
言って俺は、椅子に掛けてあった上着を羽織った。
「え? フィデルさま? フィリシアさまの所へは、さきほど行かれたばかりではございませんか……っ!」
ダグラスの悲鳴をあげつつ、俺を引き留めようとする。
そりゃそうだよな? 今、ヴァルキルア帝国は、歴史上類をみない天変地異に晒されている。
枯れるはずのない川が枯れた。
その対応に俺たちは追われているわけだが、忘れては困るんだよな。今、俺は謹慎中だから。仕事なんて出来ないはずなんだよ?
けれど解決策はすぐ目の前にある。
俺がフィアの作った氷の城を崩す……と、判を押すだけで、ひとまずは落ち着く事案なのだ。
だけどそれを俺は渋っている。
ラディリアスの出方も見たいからな……。
けれどそんな俺の思惑を、このダグラスが知るわけもない。
哀れな悲鳴をあげるダグラスを無視しつつ、それでも俺は、フィアの元へ動く足を止めなかった。
フィアのことは、俺にとって最重要事項だ。
誰も俺の行動を止めることは出来ない。
勢いよく扉を開けると共に、俺は走り出す。
「フィデルさま……っ!!」
背後でダグラスの叫びが聞こえる。
そんなの、知ったことか……! お前で何とかしろ!
出来る限り早く、フィアの屋敷に到達するように、俺は身体強化を自分に施す。
フィアのスピードには負けるが、俺だって遅いわけじゃない。
本気を出せば、フィアの屋敷へも一瞬で行ける……!
「フィア……っ」
俺は自分の持ちうる全ての力を駆使し、フィアの屋敷へと急いだ。
そこへ着くまでのほんの束の間、……俺は後悔した。
「……くそっ、だから違う屋敷など、俺は反対だったんだ」
吐き捨てるように呟く。
せめて、俺の部屋の近くにいたら、こんな事にはならなかった。
ずっとずっと、傍にいられたのに……っ。
フィアの屋敷までの、ほんの一瞬の道のり。
短いはずのその時間が、俺には泣きたくなるほど長い時間に感じた。
どんなに速く足を動かしても、フィアの屋敷が遠い。
フィアと俺との距離の様に思えた。
走っても走っても、届かない……距離。
屋敷は確実に近づいているはずなのに、フィアの思考の欠片すら、俺は拾うことが出来なかった。
フィアどこにいるんだ……っ。
俺はいよいよ泣きたくなる。
フィア……フィア? 何処にいる?
何があった?
まさか自分から出ていったの?
もう、帰って来ない気じゃ……。
そんな不安に押し潰されそうになる。
いや、違う。
絶対に、違う……!
必死に否定して、俺は頭を振る。
そうだ……もしかしたら、族が入ったのかも知れない。
フィアが自分から出ていくはずなんかない。
……フィアが族如きに負けるなんてことは、あるわけはないけれど、可能性がないわけではない。
いったい誰が?
ここは侯爵家。簡単には入り込めない。
だけど……。
「……」
俺は、一人の可能性を見出す。
……まさか、ラディリアス?
今日会えなかったからと言って、襲ったか……?
皇太子なら、この屋敷にも、簡単に入り込むことが出来る。
魔力量もフィアより上である可能は高いし、自分よりも上の立場であるラディリアスに、抗うことも出来ず、この侯爵家から連れ出すことも可能だろう。
「ラディリアス……っ」
俺は恨みがましく唸りながら、先を急いだ。




