拝謁
長くなってしまったので、
ぼちぼち呼んでください( ̄▽ ̄;)
あぅ。終わりそうで終わらない。。。
これ、いつ終わるの。。。...( = =) トオイメ
「陛下。皇太子殿下が拝謁を願い出ておりますが、如何致しましょう?」
扉の向こうで、侍従の声が微かに響いた。
私は静かに、父皇帝の許可を待つ。
ゾフィアルノ侯爵家から帰ったその足で、私は陛下の執務室へと赴いた。
……フィアとの婚約を、やはりなかった事にしてもらう為に。
フィデルの質問に、答えを出すつもりだった。
どちらの答えを出そうとも、フィデルはフィアを手放しはしない。そんな事は分かりきっている。
だけど、だからと言って有耶無耶にしたとして、フィデルは納得しないだろう。ここは私も本気だと言うところを、見せなければならない。
もしかしたら、その為にフィアを失うかも知れない。けれどそれが何だと言うんだ?
私は乳母のニアと約束をした。
必ずフィアを手に入れると……。
フィアは……フィアは望まないかも知れない。だけど、フィアの夢を、本当の意味で叶えてやれるのは私だけだ。他の誰にも出来はしない。
例えここで、婚約を完全に取り消されたとしても、今度は自分の手で、必ず勝ち取って見せる!
命令でも威圧でもなく、フィアが心の底から私が好きだと……そう、言わせてみたい。……いや、言わせてみせる!
「……」
そうなれば、どんなに嬉しいだろう?
フィアがフィデルに見せる、家族に対する愛情の表情とは全く違った、恋する者に向ける微笑み。それを自分に向けてくれると想像するだけで、心が震える。
「ラディリアス殿下。陛下の許可が下りました。どうぞお入りください」
その言葉に、私はハッとする。
ゴクリと唾を飲み込んで、私はゆっくりと室内へと入った。
「ラディリアス……。来ると、思ったよ」
陛下はふかふかの赤いベルベットの長椅子に、悠々ともたれ掛かり、そう優雅に微笑んだ。
私は静かに、膝を折る。
「拝謁をお許し頂き、ありがとうございます。ヴァルキルア帝国五十二代目ラサロ皇帝陛下。謹んで、ご挨拶申し上げます」
「ふふふふ。そのように畏まるな。お前が来るのを、今か今かと待ちくたびれたのだ。……そこへ座れ」
「……は。」
私は一礼すると、勧められた席へと座った。
「ラディリアスへ、茶を……」
陛下が厳かに言う。
「はい。かしこまりました」
傍に控えていた侍従が返事をし、メイドに合図を送る。途端、メイドたちはススス……と別の部屋へ消えて行った。
それを横目で見送り、陛下は口を開く。
「ゾフィアルノ侯爵家のことであろう?」
その言葉に、私の肩が跳ねる。
「! 何故、それを……」
「お前は分かりやすいからな……」
そう言って陛下は、くくくと喉を震わせた。
カチャカチャ……と音を立て、メイドたちが茶を運んで来る。
ことり……と私の目の前に、お茶が置かれた。
見慣れない、緑色のお茶だった。
「面白いであろ? ここより海を隔てた北の国より取り寄せた、《緑茶》と言うものだ。……名前くらいは知っているだろう。紅茶は飴色だが、コレは美しい若葉の色をしておる……」
言ってカップを持ち上げ、口にする。
「しかし、緑茶だけではない。果物の香りをつけておる」
なんの果物か、分かるか……? と陛下は悪戯っぽく笑いながら私を見た。
私はカップを持ち上げ、促されるまま、こくりと飲んだ。
……美味しい。
爽やかな柑橘系の酸味の後から、ほんの少し苦味を感じる。嫌な苦味ではなくて、口の中をスッキリとさせるような、後に引かない心地いい苦味。
目を見開いた私に気づいたのか、陛下は優しく微笑む。
「どうだ?」
「これは……美味しいですね。グレープフルーツ……ですか? 少し苦味のある果物ですが、この茶には合うような気が致します……」
「そうだ」
陛下は、満足気に微笑んだ。
紅茶には、同じ柑橘系のレモンが合うが、この茶にはレモンよりもグレープフルーツの方が合うかも知れない。
グレープフルーツの独特の苦味が好きな私は、もう一口飲んで、ホッと溜め息をつく。
やはり陛下には、敵わない。そう思った。
ゾフィアルノ侯爵家へ、私が行ったのを知っているのであるのなら、落ち込んでいるのも、当然ご存知なのだろう。
不用意な事が言えない陛下は、こうして私を慰めてくれているのに違いない。
私は子どもの頃から、この少し苦味のあるグレープフルーツが大好きだったけれど、やはり採れる時期があるのが植物だから、このグレープフルーツも夏場には食べられない。
残念そうにしていた私の為に、ニアがよくグレープフルーツの砂糖漬けを作ってくれた。
父上はそれを、苦笑しつつ見ていたから、覚えていてくれたのだろう。
「……」
私は少し、あたたかい気持ちになりながら、コトリとカップを置く。
「陛下」
言って私は、顔を上げた。
呼ばれて陛下は、目を細める。
表情からは、何も読み取れない。ただ、興味深そうに私を見て、意味ありげな笑みを浮かべている。
何もかもを見通しているような、そんな微笑みに、私は軽く息を吸って、口を開いた。
「ゾフィアルノ侯爵家のフィリシア嬢との婚約を、破棄……したいのです」
それだけを、震えるように伝えた。
《破棄》──。
言いたくもないその言葉を、私は振り絞るように……けれどハッキリと伝えることが出来た。このままでは、何も進まない。
婚約破棄は、私がこれから進む道への第一歩となるだろう。
……ただ、それが正解なのか間違っているのかまでは、今の私には分からない。
陛下の眉が、ぴくりと動く。
笑みが消えた。
私は、叱責を覚悟する。
「……どうしてもか?」
陛下の口調は厳しい。けれど、怯むわけにはいかない。
「どうしてもです」
私はキッと顔を上げ、ハッキリと申し上げる。
ふむ。といいつつ、陛下は長椅子に深くもたれ掛かった。
「そうか。それは……困ったな」
そう呟いた。
私は眉をひそめる。
「……困った? 何をお困りになるのですか?」
尋ねると、陛下はニヤリと笑う。
「いやな、儂は試しておるのだよ。フィリシア嬢を……」
「フィリシア嬢を……? ゾフィアルノ公子……フィデルではなく、フィアを?」
それはおかしな話だった。
確かに皇太子の妃となる者は、愚かではつとまらない。けれど、知識の面からすると、フィアは間違いなく合格点だった。必要以上の知識を持っている。
……ただ、ちょっと抜けているところがあるけれど。それは、しょうがない。
そもそも、そこまで求めていたら、キリがない。
そんな事をすれば、妃候補になど、一人も到達出来ないだろう。
逆に、婚約者の家族として、フィデルを試すのなら分かる。
フィデルは宰相候補でもある。出来る限りの完璧さが求められる。
けれど、陛下は《フィリシア嬢》と仰った。フィデルではない。
不可解だ……と言うような表情をしていたのだろう。陛下は私を見るなり声を上げ笑い、頷いた。
「あぁ、そうだよ。ラディリアス。そのフィア……フィリシア=フォン=ゾフィアルノ令嬢を、試しているのだよ? この皇家に相応しいかどうか」
陛下は身を乗り出す。
「お前はどこまで、彼女が見えている?」
「……っ、《どこまで》……とは……?」
身を乗り出す陛下に圧倒され、私は微かに仰け反る。
すると陛下は、そんな私をつまらなそうに見下ろし、顎に手をやり何やら考え込んだ。
……いったい父は、何が言いたいのか……。
「ふむ。そう……だな。……よし! 話を変えよう!」
言って膝を叩く。
「今、我が国は水不足である。……そうだな?」
「え? ……はい」
いきなり話題が水不足へと変わり、私は戸惑いつつも返事をした。
しかし、極端な話の変化でもない。
私がゾフィアルノ侯爵家へ赴いたのも、その水不足が原因だったわけなのだし……。
陛下は、私の反応を見つつ、話を進める。
「フィリシア嬢は、この帝国唯一の水魔法が使える。それも大きな魔力量で」
そこは、私が目をつけていたところでもある。
陛下の言わんとする事が、そんな私にも分かり、私は軽く頷く。
「……その通りです」
しかし、相手は私の父。
何か裏があるように思えた。
父上が、ただの水の調達の為に、フィアの名を出すわけがない。
(……父上が、フィアを狙っている……?)
どういう意図で、狙っているのかは分からない。けれどそれは事実だ。
そうでなければ、例え侯爵という身分であるとしても、一介の貴族令嬢に、これほど執着するような人ではない。
「……」
私は青くなる。
まさか……まさか、自分の側室に……などと言わないだろうな?
そんな考えが、頭をよぎった。
……いや、それは有り得ない。
私は激しく、自分の考えを否定する。
父は母を愛しているし、我が子よりも幼い女性を側室にするわけがない。今まで散々側室の話を蹴ってきた父だ。今更、道理に反するような事をする人ではない。
何が起こっている?
フィアがどうしたというんだ? 何故、フィアに執着する?
いや、考えすぎかも知れない。
私の婚約者に……と、父上が最初に言われたのだ。ただ単に、私に相応しいかどうかを見ているだけに違いない。
フィアはずっと屋敷に篭っていて、ほとんど世間には姿を表してはいない。存在は知っていても、フィアの人となりを父上はご存知ない。だからこそ、気になっておられるだけだ。
ただ、それだけだ。
……私の……私の考え過ぎなのだ。
私はテーブルの上の茶を見た。
緑色の澄んだ茶の表面が、私の心を映したかのように、少し揺らめいた。
……しかし油断もできない。
私は背筋を伸ばし、口を開く。
「そう……です。陛下。陛下の仰る通りです。ですから──」
「ゾフィアルノ侯爵家へ、援助を求めに行った。……そうであろう?」
被せるような陛下のその口振りに、私は眉を寄せる。
人の言葉に言葉を被せるなど、あってはならないことだ。それがたとえ、最高権力者だったとしても、許されるべき事ではない。
いやむしろ、最高権力者だからこそ、許されない。
「……」
私は訝しく思いつつも、再び頷く。
「……はい。そう──」
「しかし! 令嬢には会えず、その兄であるゾフィアルノ公子に追い出された! ……どうだ?」
再び言葉を被せられ、私は眉を寄せる。
あからさまな態度だったが、ふと湧き上がった父の側室疑惑に、少なからずとも私は苛立ちを隠せない。
私は大きく息を吸い込み、口を開く。
「えぇ。何故そ──」
「その時、公子はこう言っただろう? フィ──」
「陛下!」
私はたまらず声を荒らげ、陛下の言葉を遮った。
失礼である事は、十分分かっている。
けれど、先に仕掛けたのは陛下だ。咎められる言われなどない。
「……ご存知であるのなら、その先も私が申し上げなくとも、お分かりなのでしょう?」
私はあからさまに嫌な顔をして、陛下へ申し上げる。
……貴族は普通、感情を表には出さない。けれど、今の陛下はどうかしてる。
何かの策略なのかもしれなかったが、それに付き合っているほど暇ではない。陛下がフィアを狙っているのなら、守らなくてはならない。
早々に、ここを立ち去り、対策を練ろう……そう、思って立ち上がろうとしていた時だった。陛下がおもむろに、ふふふふと笑った。
……試すような微笑みだった。
私はゾッとする。
「……」
やはり、何か企んでいる。
陛下は肘掛に腕を乗せ、首を傾けると私を見た。
「あぁ、そうだ。全て分かっている。……だからここにお前が来るのも分かっていたし、何を言うかも分かっていた。……しかし」
陛下は私の目を覗き込んだ。
私の瞳の色よりかは随分と薄い、灰色の含んだ水色の虹彩。
虹彩が薄い為に、その奥に潜む闇のような瞳に吸い込まれそうになって、私は息を飲む。
「先程も言ったが、儂はゾフィアルノ侯爵家令嬢を試しているのだ。婚約も儂の意思で、お前の意思ではない。これは立派な、政略結婚……もとい婚約なのだ。私よりも身分の低いお前に、それを破棄する権利など、そもそもないのだよ? それは、承知しているのか?」
ギロリ……と睨まれた。
私は怯む。
……怯みはしたが、私の心は少し穏やかになる。やはり、フィアをご自分の側室に望まれているわけではないのだと、ホッと安堵の溜め息をつく。
「……」
けれどだからと言って、フィデルが出した条件が消えたわけではない。
フィデルに誠意を見せるならば、まず婚約を破棄しなければならない。そうでなければフィデルは、納得してくれないように思えた。
フィデルには思うところもあるが、実力を兼ね備えている上に、フィアの兄である事もまた事実。蔑ろにするつもりもない。
「し、しかし──」
私は父に反論する。
「しかしもへったくれもない。破棄したいのなら、儂を殺し皇帝にでもなってみせろ」
「な……っ!」
私は怯む。
こちらはコチラで、なにをそのように躍起になっているのだろう?
父の意図するところが掴めず、私は頭を抱えた。
「それが出来ないのなら、お前は黙っていろ」
頭を抱えた私を、父は横目で見ると、嬉しそうにフンっと鼻で笑った。
……もう、何が何だか分からない。
「陛下。しかし国内の水が……!」
そこまで言って、私はハッとする。
そう言えば、さきほどの茶……。
横目でチラリとカップに目をやると、陛下が面白そうに笑った。
「ラディリアス。我が国はそんなに愚かではない。とうに対策など取っておる」
……陛下の言わんとする事が、私にもようやく分かった。
《緑茶》と言うものがあることを、私は知っている。もちろん、それがどこで生産されるのかも。
家庭教師から教わる知識だけであったから、茶を飲んでも気づけなかった。
しかし陛下は、最初に仰ったではないか。
《海を隔てた北の国》だと。
北の方角には、国は一つしかない。
一年を通してそのほとんどを氷で閉ざされると言う宵闇国。
その国では、フィアのように水を操る魔法士が、たくさんいると聞いた。
氷に閉ざされ、魔物が跋扈するその国では、非常食や常備品を備蓄する技術にも、優れているのだという。
そう言えば、フィアにもその国の血が、少なからずとも流れているから、水を操れるのだと、そう言っていたのを思い出す。
「宵闇からの……援助。……ですか?」
私は呟く。
陛下は頷いた。
「そうだ。しかし、手札をすぐに出してはつまらないだろう? 我が国にも、水魔法を使える者はいるのだからな。そして、その者は大量の水の保管もしている。果たして、この状況下。フィリシア嬢は、どう動くだろうかの? 楽しみだ……」
ふふふと笑いつつ、陛下は茶をすすった。
「……」
私は黙り込むしかなかった。
側室ではないが、狙われていることには変わりはない。
このヴァルキルア帝国にも、多少の備蓄は存在する。私が焦っていたのは、水が枯れた原因を、まだ掴みきれていなかったからに過ぎない。
いつまでもその備蓄が、持つかは分からない。先手は打っていた方がいい。そう思っていた。
けれどそれを見越していたのは、父上も同じだった。
そして、父上は余裕すら見せている。
もしかしたら、水が枯れた原因すらも突き止めているのかもしれなかった。原因を掴んでいるのなら、この水不足が、いつまで続くのかも自然と分かる。
それは目の前の父が、私と同じ土俵に立っていない事を表し、遥か高みに父はいるのだと言っているようなものだった。私は歯噛みする。
到底、太刀打ちなど出来るはずもない。
私は、父の手の上で転がされている、ただの《玉》なのだろう。
きっと父の目には、今の私の姿が、ひどく滑稽に映っているのに違いない。
そんな陛下が、本気でフィアを試している……。
私はフィアの置かれている状況を考え、いても立ってもいられなくなった。
まるで、知らぬ間に綱渡りをさせられている……。そんな状況だった。
私は父に軽く会釈をし、陛下の執務室を後にした。
例え父がどんな手で来ようとも、フィアだけは守り通すつもりだった。




