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ラディリアスの憂鬱

 カラカラとなる馬車の音を聞きながら、私はボーッと窓の外を眺めた。



 ──()()()()お選び致しますか……? フィア? それとも民?



 フィデルは、私にそう言った……。


「……ずるい」

 私は呟く。

 どっちを選ぶのか……だと? そんなの決まってる。


 私はきつく目を閉じた。


 フィデルは狡い。

 どちらかを私が選ぶのか。なんて、……いや、()()()()()()()なんて、最初から分かりきっている。それなのに、こんな質問をするなんて……。


 私は、苦々しく思いながら目を開ける。

 どう足掻いても、今の現状からは、目を逸らすわけにはいかない。どうにかしなければ、民が死に絶えてしまう。


 多くの屍を出し犠牲を出した上で、フィアを手に入れることが出来たとしても、それが何になる? それで私は満足するのか? いいや、そんな邪な考え方で、幸せになど、なれるものか……!


 そんな事をすれば、フィア本人が絶対に許してはくれない。


「……」

 ……だから、フィデルは狡い。


 心の奥底から選びたいと思っている答えすら、私は選べない。それを知っていて、まるで見せつけるかのように、私を追い詰める。『お前にその度胸があるのか?』とせせら笑っているように見える。


 四歳年下の臣下ともあろう者が、皇太子のこの私に向かって、失礼この上ない。いったい私をなんだと思っている?

「……」

 しかし私は、そんなフィデルの一言一言に腹を立てつつも、声を荒らげることも出来ずに、ただただフィデルを睨むことしか出来なかった。


 あぁ、……情けない。



 そうなる事すら、フィデルは計算づくだと言うのに! 見れば分かるじゃないか。あの、フィデルの勝ち誇った顔……!

「……はぁ」



 ……けれど、分からないわけでもない。


 家族としてのフィデルからしてみれば、一番にフィアのことを考えて欲しいに違いない。


 多くの民よりも、大切な家族を守って欲しい……。フィア一人を想ってくれる人物に、娘を託したい。きっとフィアの家族は、そう思っているに違いない。……子を想う親の気持ちは、平民も貴族も変わらない。


 私はそっと、窓の外を見た。

 木の葉がハラハラと舞っている。

(風……?)

 風は……吹いていないようにも見えたが、今は秋だ。風がなくとも、葉くらい落ちる。


 まるで自分の心のようだと思いながら、フィデルとフィアの事を考えた。


 フィデルにしてみれば、おそらく私は恋敵だ。

 私の存在が、邪魔でしょうがないのに違いない。


 ……フィアはそんなわけはないと、笑うかも知れないけれど、フィデルはフィアを()()()()で見ている。それは間違いない。

 私だって、そうではないと言いたい。けれどそう言うのには、今の状況は、幾分信憑性に欠けている。

 今日だってフィデルの行動は、明らかにおかしかった。必要以上に、フィアを私の目に触れられないように、隠していたじゃないか……。


「はぁ……」

 ため息ばかりが出る。



 今日私は、国内の水がなくなったことに対して、ゾフィアルノ侯爵家の当主に支援をお願いしたく、ここへ来た。

 本来ならまず初めに、ゾフィアルノ侯爵家当主である、エフレン=フォン=ゾフィアルノ侯爵に直々に話し合いの場を設けるべきところを、真っ先にフィアの住む屋敷へと来てしまった。……フィアに会いたかったから。


 前に会った時に、変な別れ方をしてしまった。

 フィデルがフィアを好きなのは知っている。でも、フィアがそうだとは、まだ確信していない。

 フィアは少し抜けた所があったとしても、基本的なところは、絶対にブレることはない。フィデルが自分を好きだと言うことを受け入れていたとしても、フィアが兄であるフィデルを好きになるとは限らない。

 《兄》として好きであったとしても、けして《恋人》として見ることはないと、私は人事ている。


 ……けれど、それも私の単なる思い込みなのかも知れなくて、本当のところ、フィアが何を考えているかは、分からない。


 だから、フィアを……フィアに一目でもいいから会いたかった。

 ゾフィアルノ侯爵家が備蓄している《水》が、本来の目的ではあったハズなのに、まず初めにフィアと会ってしまった。


 フィデルにとっては、面白くない事だったかもしれない。だからあの時、私とフィアを引き裂くような行動に出たり、国民とフィアを天秤に掛けるような真似を仕出かしたに違いなかった。


 フィデルがフィアに恋心を抱いてなければ、フィアと皇太子()との婚約は、喜ばしいことであるはずだった。それは間違いない。


 けれど、フィデルの想いは違う。


 早々に私を追い出そうとし、私の目の届かない場所へとフィアを移動させた。フィデルがフィアを恋愛の対象として、フィアを見ているのは、明らかだ。それは嫌でも分かる……。


「……っ、」

 そう思うと、胸が焼け付くように痛い。

 フィデルが私の存在を邪魔だと思うように、私もフィデルが邪魔だ。


 けれど、ゾフィアルノ侯爵家の《貯蔵されている水》が切り札にあるからには、私も強く出ることが出来ない。


 様子を窺いつつ、フィアから距離を置かなければいけない立場である私に対し、フィデルはフィアの兄だという立場のおかげで、好きなだけフィアの傍にいられる。


 血縁者だからフィアが恋愛の対象として、兄であるフィデルを見ることはないとは思うが、それも確実じゃない。……心は変わるものだから……。

 現に兄であるフィデルが、妹であるフィアに想いを寄せている。フィアだって、四六時中傍にいて、自分を守ってくれる存在に、好意を寄せないわけがない。


「……っ、」

 私は唇を噛み締める。


 逆に私は、恋愛対象として見ては貰えるが、皇太子と言う立場上、フィアよりも民の生活を守らなくてはいけない。その上私は、フィアへ想いを寄せる数多くの求婚者の一人でしかない。


 ……婚約者としての立場だった以前ならいざ知らず、今はその状況すら危うい。

 ……そもそもフィアが、私を望んではいない。


「……」

 どうすればいいんだ……。

 私は、頭を抱えた。諦めようと思って諦められるのなら、とうに諦めている。

 出来ないから、こうして苦しんでいるんだから……。



 時として、暴君と言われる我儘な君主も存在する。

 いっその事、民よりフィアを取れば、フィデルは納得するのか?

 フィアを選べば、フィアは無条件にこちらへ来てくれるのか?


 そんなわけはない。

 皇太子としての職務すら果たせないような私に、大切な妹をくれるもんか。今度はそれを理由に、断りを入れて来るに違いない。


 私は唇を噛む。


 ……それに、そもそもこの私には、そんな事をする度胸はない。

 婚約者であったあの時ですら、素直に《傍にいて欲しい》と、言えなかった。

 ひと言いさえすれば良かったことなのに、皇太子としての自分のその一言が、フィアを縛り付けると分かっていたから、口にする事が出来なかった。


 その事に、おそらく父は気づいていたのだと思う。

 だからこそ、皇帝の命令として、フィアを私の婚約者にしたに違いない。本当なら、自分の口から言うべき事だったと思う。


「はあ……」

 私は深い溜め息をつく。


 けれど私には、言えない事情がある。

 フィアは好きだけれど、好きだからこそ、傷つけたくもない。

 傷つけたくないくせに、自分以外の誰かにフィアを取られると思うと、この世の全てを壊したくなる。


 ただそうやって想像するだけで、鳥肌が立つほどに怒りが込み上げるのに、実際目にしたのなら、どうなるのだろう? 宰相候補のフィデルさえ、時々殺したくなるんだぞ?

 もしもこれが、知らない相手だったとしたら……?


「……っ」

 私は自分の肩を抱く。

 ゾクッと寒気がした。


 きっと私は、相手を殺してしまうかも知れない。

 自分を止める自信がない。


 フィアが私との婚約破棄のために、証拠作りをしていた時も、コレは偽装だと知っていたのにも関わらず、我を忘れそうになった。

 共に行った護衛騎士に、何度取り押さえられたか分からない。


 自分は、どうかしている。

 落ち着く為に、フィアと距離を置くのも、必要なのかも知れない。


 いずれにせよ、どの答えを出したとしても、フィデルはフィアを渡してはくれない。

 だったら、今すべきことを……しなければならない事を、するだけだ……。


 私はそう、心に決めた。


昨日寝落ちしたので、推敲途中です。

加筆する可能性ありですm(_ _)m

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― 新着の感想 ―
[良い点] 39/39 ・うおおおお、パワーが出てる。想いパワー [気になる点] 究極の2択を突きつける兄。うまい [一言] たぶん大丈夫ですよこのままで。
[良い点] ラディリアスが「足りない」という点がよく分かります。2択じゃないはずです。フィアを徹底的に取りに行く、バカを演じればいいのです。フィアの良心が民を見捨てることはできないという計算ずくでw …
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