支度
すみませんm(_ _)m
フィアの乳母は『ニア』ではなくて『メリサ』でした。
『ニア』はラディリアスの乳母です。
名前を変更してますぅぅぅ(´;ω;`)
バカなのか? 私はバカなのかぁ。
(……間違いなくおバカです。多分、こんなミス、まだするから)
馬の手配をしに行ったメリサと別れ、俺は自室に入った。
宵闇の服……と言っても、宵闇の民が普段着ているものではなくて、当然戦闘用に作られた特別な服だ。
見た目は、そんな風には見えないけど、生地は軽くて丈夫で、多少の衝撃には耐えることが出来る。
……まあ、あれだ。
俺は正直に言って、力比べでは負けてしまう。
身体が小さいから、体重が軽い。その上、力も強いとは言い難い。体重を乗せて、力任せに……っていうテクニックを俺は使えない。
……いいよね。フィデルとか、ラディリアスとか。
ラディリアスはフィデルほど身長はないけれど、小さいわけでもない。比較的、戦闘に特化した体型だったからか、剣の腕前も驚くほど強い。
……に比べ、俺って……。
「はぁ……」
思わず溜め息が漏れる。
女として一日の大半を過ごしてるんだから、それは仕方がない。
仕方がないけど、やっぱり、それなりの体格には恵まれたかった……とは思う。言ってもしょうがないんだけど。
まぁ、前世の《六月》よりかは、いくぶんマシかな……。
この世界では魔法が存在する分、多少の体力負けも、魔力で補える。
速さと魔力量のおかげなのか、俺、これでも強い方だと思うし。
この体の軽さと、それなりに鍛えた筋肉で、敏捷性だけは誰にも引けを取らない。でも……比べてみたのが、あのフィデルとかラディリアスとかだから、実際は、もっと速い奴もいるかもしんないけど……。
とにかく、宵闇国で俺用に特別に作られたこの服は、隠密性に優れた動きやすい作りになっている。
だから見た目的に、戦闘服には見えないし、生地が薄めで軽い割には保温性とか防御性が高いんだけど、そんな風には、到底思えない。まさに凄い代物だ。
……本当はこれも、鎧のような身を守るようなものがついていたんだけど、重くってさ……。だから、俺……剥いじゃったんだよね……。
え? 危ないんじゃないかって?
んーだよねー。でもほら、俺ってば速さだけが取り柄だし? 鉄板担いで動き回るとか、やった事ないから、動きにくいし。
何かあった時、からだ重くて逃げられないとかになると、逆に危ないんじゃないかって思うんだ。
てなわけで結局、全部取り除いちゃって、今は、凄く軽くて動きやすい。今までだって、コレでなんの問題もなかったから、良いんだよ。コレで。
ついでに言うと、裸足だ。そこ、ちょっと笑っちゃうよね。
……。
いや、正確には裸足じゃないんだけどね。
宵闇の技術を駆使して作られた、特殊な履物で、まるで素足のような感覚で動くことが出来る。それなのに、足裏は痛くない。そして、この透明感!
……なんで透明にする必要があった? これ、見た目裸足だしね?
コレってどうなの? 宵闇の人って、なんか思わなかったの? だって宵闇って、氷の国だよ? そこら辺、ほとんどの季節凍てついてるじゃん……。なんで裸足っぽいのをチョイスした?
……分かってるよ。ちゃんと分かってる! あれだ。コレを作るために使われたのが《嫋々蝶》って言う、蝶の魔物の羽根だから、こんな事になったんだと思う。
軽くて丈夫で、長持ちする上に熱に強い。
いや、それは分かるよ? これを作るのに、どうしても必要だったこの特殊素材が、たまたま透明だったものだから、仕方がないんだって。
遠目には裸足に見えるけど、実際は足袋のような仕様になっていて、近づいてみれば、ちゃんと履いている……って、●ンデレラかよ……っ!!
……。
宵闇……地味に日本に似てて、ちょっと近親感湧くけど、コレはない。
いやだって、おかしいだろ? 着色すりゃ良いんじゃね? ……着色……出来ないのかな……? 俺も、それほど魔物には詳しくないから、分かんないんだけど……。
でも、こーゆーわけのわからない事するんだよね、あの国って。
亡命するって決めたけど、俺、やってけるんだろうか? ……少し、心配になってくる。
……でもあれだ。普段履く履物はちゃんとあるんだよ? 普通に靴が。
コレは動きやすさとか、実用性を重視してるからこんなだけど、普通のは違うし。
普通の履物はちゃんとあるから、……だから、普通に生活する分には、問題は……問題は無いだろうけど、……。不安が全くないと言ったら、嘘になる。
……そりゃ、生まれて過ごしてきた土地がいいに決まってる。
…………。
「はぁ……」
考えても仕方がない。なるようにしか、ならない。もう、しょうがないんだ。
あぁ、それにしても、この格好でこの国の貴族とかに会ったら、嫌な顔されそう……。
まあ、……会うこともないだろうけど。
むしろ、会わないように努力するから。見られたら、面倒なことになりそうだし……ね。
そして仕上げの、マスク。
……着るのが俺だからね。特別に作ってもらったの。
マスクって言うよりも、ネックウォーマー的な。
夏場暑そうに見えるけど、俺、水と氷を操れるから、暑くはない。それよりも、顔を隠さなければならない理由が俺にはあるから、この存在は有難い……。
男の六月と、女のフィリシア。
同じ俺なんだけど、魔法をつかっているせいもあって、同一人物と見られることは、多分ない。
だけど、万が一って事もあるから、六月は顔を隠すようにしている。フィアが、マスクとか仮面つけてたら、それこそ噂になっちゃうし。
あまり出てこない、異国の六月の方が、顔を隠すには打って付けだったんだ。
「……」
……あーぁ。
でもさぁ、改めて考えると、フィアも六月も、人様に顔向けできないようなヤツなんだよなぁ……。
俺はしんみりと、そんなことを思う。
どうなんだろうね、それって。
どっちも俺で、どっちも宙ぶらりん。
いるようでいない、俺の存在。
俺って、誰かに必要とされる日なんて、来るんだろうか?
一生このまま、隠れて過ごすんだろうか?
つい……そんな風に、考えてしまう。
「……まあいいや。もう、……着替えよう」
俺は荒く息を吐く。
考えても無駄だ。世の中、なるようにしかならない。
必死に頑張ることも必要だけど、時に諦めることだって、自分の心を守るためには、必要だ。
俺は頑張ったよ! 十分頑張った!
だから、ここら辺で、休んだっていいんだ!
暗くなった気分を無理に押し上げて、自嘲気味に笑いながら、俺はドレスを脱ごうと、胸のリボンに手を掛ける。
シュルル……と、爽やかな音が響き、シュルリとリボンは床に落ちる。
そして俺は、はたと気づく。
……ん? ちょっと待て。俺、ドレスじゃね? 一人で脱げるの? これ。
「……」
俺は青くなる。
だって、前世みたいなファスナーとか、ついてないんだよ? これ。
ほっそいリボンみたいなヤツで、スニーカーみたいに穴に紐通して結んであるんだよ? しかも背中にだよ? どーすんの? 一人で脱げるわけないじゃんかっ!
使用人の服ならともかく、コレは貴族用……しかも上級貴族用。
そんなのを着る奴らは、自分で服を着ない。着せてもらうんだ。侍女とか男だったら侍従とかに。
俺の目が、動揺で軽く彷徨う。
………………。
…………。
……うん。
うん! これはもう、仕方がない。斬っちゃおう!
俺は宵闇の服を手に取り、ドタバタとベッドの上にあがった。
……なんでベッドに、上がるのかって?
ベッドが安全なんだよ! 万が一スパイとかいて、覗き見とか、盗聴されてたりしていても、ベッドとドレスルーム、バスルームは重点的に防護魔法がほどこされているから、何してたって覗き見も盗聴も出来ない。
俺が、魔法で氷の剣とか出しても問題ないし、その剣でドレスを斬り裂こうが暴れようが、《フィリシア嬢、ご乱心》とかにならない。
要は、弱味を握られる隙を見せないってことなんだ。ふふ。俺、頭いい。
……まぁ、見た目的に、ベッドの上でドレス斬ってる方がどうかしてるけどね……。
え? ドレスルーム行けって?
だって、近くなんだもん。ベッドの方が……。
──スルリ……。
俺は冷たい音を響かせ、氷の剣を出す。
氷の剣は、その名の通り氷で出来ている。
いや、見た目的に、氷と言うよりドライアイス?
触ったら危険な感じのする冷気が、辺りを覆う。
便利だよね。水魔法。
今は氷の姿をとっているけど、瞬時に溶かせる。
溶かせば水として使える。
知ってた? 水って、その圧力でどんな物だって斬れるだぞ。
それこそ鋼の剣だと、どうしたって斬れない物も出てくるけれど、水なら何でも斬れる。
ぶっちゃけダイヤモンドでも斬れるはず! 斬ったことないけど。
だけど思うんだよね。
なんで水の高圧噴射は出来るのに、お湯に出来ないんだろ? 動かしてるのに。高速で。それなのにお湯にならない。やり方が間違ってるのかな……?
まぁ、いいや、とにかくこのドレスを斬ってしまわないと。
俺は剣を、自分の胸元に差し入れる。
……あ。
ここで一応言っとくけど、分かってると思うけど、俺、男だから。見事な谷間なんてないから。笑笑。
魔力で多少膨らみは持たせているけれど、それも気持ち程度。今回は、その境目に、そろり……と氷の剣を差し入れる。
「うげ。冷た……っ」
ゾワッと鳥肌を立てつつ、俺は剣を前へと倒した。
サク……。
ドレスは難なく斬れた。
この剣のいい所は、斬りたいモノと斬っちゃダメなモノと区別出来るってとこ。
どういう仕組みか、やってる自分でもよく分からないんだけど、多分モノによって、斬れる圧力が違うんだと思う。
だから今回の場合、皮膚は斬れないようにして、《布》だけを斬る……って神業みたいな事も出来る。本当に便利だ。
俺はドレスの残骸をベッドの上に投げ捨て、着替えを済ませる。
「……さてと」
俺は呟く。ここからが、骨が折れるところだ。
俺は軽く首を回し、ベッドの上で跳ねる。
確かに、ベッドの上は防御魔法がほどこされている。けれどその間出ては意味がない。
出来るだけ、見えないように屋敷……いや、このゾフィアルノ侯爵家の敷地から出なくてはいけない。
俺は大きく息を吸い込むと、強化魔法で、自分の体を覆う。
それから身体強化。
あ! そうそう、忘れるところだった! 俺はハッとする。
これ! コレは忘れちゃいけない。邪魔な長い髪の毛を切っておかなくちゃ。
俺は自分の髪の毛を掴むと、程よいところに剣をあてる。
ザシュ──。
「……」
いつもはフィデルに切ってもらうから、忘れるところだった。
一応、結べるほどの量は残し、余分な長さの髪を切り取る。
切った髪はそのままベッドの上に捨て、残った髪をリボンで束ね、結い上げ直す。
メリサの結び方と比べると、ずいぶん雑だけど……うん。こんなもんだろ。
俺は満足気に微笑む。
よし。これで準備おっけー。
屋敷の配置を想像し考え、跳ぶ軌道を導き出す。
そして、軽く目をつぶり、息を大きく吸い込む。
俺の移動軌道上の水分を出来るだけ排除し、
そして、それから──。
シュン──。
ベッドを蹴った。
ダン! とベッドは激しく軋み、天蓋から垂れていたベールと、窓のカーテンがはためいた。
近くの木の葉っぱが、少し多めにハラハラ……と舞う。
その木にとまっていた小鳥が、ピルルっと可愛らしい声で鳴いた。
……だけど、それだけだ。
後は、何事もなく、優しい秋風が吹きすさんだ。
清々しい程の、雲一つない秋晴れ。
木々を彩る銀杏や紅葉の葉が、驚くほどに美しかった。
だから、誰も気づかない。
葉が少し散ったとしても。
枝が揺れたとしても。
そして、
風が吹いていないのに、カーテンが少しはためいたとしても。
きっと秋風だろう……と、気にもとめない。
だから俺が
こっそり
屋敷から抜け出したってことは
誰も、……誰も、気づかなかったんだ……。
フィアの乳母は『メリサ』でした。
書き換えました。R4.1.30




