魔力の違い
フィデルとメリサは、睨み合いながらテーブルについた。
「あ。お兄……いえ、フィデル? シチュー、冷めてしまったでしょ? 温め直しましょうか……?」
わたくしは、メリサの為にシチューを注ぎながら尋ねましたが、フィデルは軽く首を振る。
「ん? あぁ、大丈夫。自分で出来る……」
言ってフィデルは、自分の手を軽くシチューにかざす。
「……」
しばらくすると、シチューからは細かい湯気が立ち始める。シチューの優しいかおりが辺りを包み込んだ。俺はそっと微笑むと、新たについだシチューをメリサの前に、コトリと置く。
この世界では、魔力の強い者と、そうでない者が存在する。
たいてい、《貴族》と呼ばれる家系の血は濃く、力が強い。爵位が高ければ高いほど、それに比例して、魔力も強くなるが、逆にその力が反発しあい、子どもが出来にくい……という欠点がある。
だから大抵の貴族社会では、側室をもうける。正室が平民……ということもたまにある。けれどやはり、力の弱い者との婚姻となれば、その子どもの力も、弱くはなる。
だから上級貴族ともなれば、子どもが出来にくいというリスクを背負ってでも、同等……あるいは、上の爵位の者を伴侶とすることが多い。
……なんか、面倒臭いよね。色々と。
意地なんだろうね。貴族の……。まぁ、俺には関係ないけど。
そんな中で、俺たちはことごとく、珍しい存在だ。
父と母は、政略結婚と言えども、どちらも《侯爵家》。家柄としては、どちらも高位貴族だ。当然その子どもである俺たちの魔力は高い。
フィデルは《炎》を操る。
…………炎を操る魔力者だと思ってる。
「……」
俺は無言で、シチューを温め直すフィデルを見る。
ちなみに俺は、《水》を操る。
……いや、正確には《分子》を操っているのかも知れない。フィデルがやっている事を見ていると、料理の中の水分が振動しているのが見えるから。
……。
正確に言うと見えないよ?
分子なんて見えたら、そんなん人間じゃない。でも、感じるんだ。水分が動いている、そんな感じ。
どちらにせよ、フィデルがやってるのは火の温かさじゃない。摩擦熱に違いない。
「…………」
横目で、フィデルのやってる事を見ながら、俺は思う。
これって、電子レンジと同じなんじゃね……?
俺は人知れず、悩む。
この異世界に、電磁波とか、分子とか素粒子とかの知識は、今のところ存在していない。ちなみに俺も、よくは分かっていない。多分、そうなんじゃないかと思ってるだけ。だってもともと勉強嫌いだから。
そんな俺に、電磁波の何たるかとか、分子の何たるか……なんて分からない。
だけど、フィデルの使っているものが《炎》ではないことは分かる。
……だって、なにも燃えてないから。
《炎》を操る奴が、炎を出さずものを温めているんだぞ? おかしくね?
頭の悪い俺だけど、電子レンジが電磁波放って、食べ物の水分を動かして、その摩擦熱であっためてるってことくらいは、知っている。
炎を出さずに、物を温めるって、…………そういうことなんだと、思うんだけど……?
俺は以前、フィデルに聞いたことある。
《お兄さま? 炎は出てないのに、なぜ温かくなるのですか?》って。
そしたらフィデルは笑って、《見えない炎もあるみたい》って言った。
……《みたい》って……。
多分力を行使した本人も、どうなってるのか、理解していないんだろう。
俺は何となく、水なのか分子なのか分からないけど、それらが動いているのが分かる。だって、前世の知識として知ってるから。分子と電磁波の存在。
だから思う。
……多分。でもこれは、高確率で、
──フィデルは、電磁波を操ってる……!
うわ、アイツやっば……。
電磁波だよ? ちょっと厨二病的な、何かを彷彿とさせるんだけど?
……いや、もしかしたら、双子の俺にも使えるんじゃ? 電子レンジ機能。
そんな事を考えると、料理の幅が広がる。
え? 蒸し料理とか、茹でるの、鍋いらないんじゃ?
今度、プリン作る時、使ってみようかと思って、ハタと我に返る。
い、いや、プリンは難しいだろ。加減が。アレ一歩間違えるとすだつからな。知ってる? すだつ。プリンの中に気泡が入るやつ。気泡が入ってしまうと、舌触りが悪くなって美味しくない。
だから、プリンや茶碗蒸しは火加減が重要なんだ!
…………。
いや、そうじゃない。そうじゃないだろ! 俺!!
フィデルが、自分が操っているのが炎ではなくて、電磁波だって事を知ったら、とんでもない事になる。
フィデルに限ってないだろうけど、電子レンジ機能を使えば、生きている……例えば人間なんか殺すときに、中から破壊出来る。電子レンジのゆで卵みたいに。
「……っ、」
俺は身震いする。
ずっと昔に書かれた、某少年漫画を思い出した。
……あれって、電磁波じゃね?
確かあの漫画が出来たのは、電子レンジが出てくる前だ。作者は天才なのか……!?
いや、感動している場合じゃない。
下手をするとフィデルが、ケ●シ●ウになってしまう……! そんな事、弟として許せるわけがない! 殺すときには、綺麗に殺れ……!
いや違う。そこじゃない……。
また話がズレた。
まぁだけど本人、気づいてないから、摩擦で出来た炎を使ったとしても、電磁波レベルのものは知識がないから使わないだろうし、使えないとも思う。
持久力に欠ける俺はもちろんのこと、小さな目に見えない分子レベルを一個一個動かすより、固まった一つを動かす方が魔力を使わない。
それはフィデルにも言える。電磁波で分子レベルの物を、ちまちま動かすよりも、ある程度の大きさがあるものを動かし、発火させた方が魔力は少なくて済む。
頭のいいフィデルだからこそ、要領の悪い方法は、試すことすらしないに違いない。
……多分。
気づいた時が、恐ろしいけど。そもそも、炎の魔力者と思っているから、それほど心配はいらないだろう。
「……? フィア?」
悶々と魔力の事を考えていたわたくしは、よほど深刻な顔をしていたのでしょうね……、フィデルは不安気に、わたくしの顔を覗き込む。
「あ……」
わたくしは目を丸くする。
「わ、わたくしとしたことが、考え事をしていました。申し訳ありません……」
言ってシチューに手をつける。
……冷たい。
顔をしかめたわたくしを見て、フィデルは笑う。
「ほら、フィアのもあたためてやるよ……?」
言って手を出した。
「……お願いします」
わたくしは素直にお皿を渡す。
わたくしたちは双子で、多分同じような力を使えるはずだと思う。
だって、元々は一つの命だったのだから。
けれど不思議なことに、わたくしは物を温める事が出来ない。
逆にフィデルは、わたくしの力である水を操る事は出来ない。
双子は双子でも、何かしらの制約がつきまとうのでしょう。
「……」
それが少し、わたくしには、少し不思議でもありました。
フィアの乳母は、『メリサ』でした。
書き換えました。R4.1.30




