フィデルの本音
──謝罪のお茶会に、ラディリアスさまをお呼びしました。
フィアが言った。
正直俺はイラッとして、思わず叫んだ。
《何であんな奴呼ぶんだ》って。
フィアは何も分かっちゃいやしない。
ラディリアスは本気で、フィアを自分のモノにしようと動き始めている。今まで以上に警戒しないと、本当に絡め取られてしまうんだぞ!?
フィアは本当に、そこのところを理解しているのだろうか?
もともとフィアは男だから、ラディリアスとどうこうなるなんて気は、これっぽっちもないはずだ。
だから今までのラディリアスのアプローチは、全部空回ってたけれど、これがフィアでなかったのなら、ころりと落ちている。
悔しいが、ラディリアスはそれほど魅力的な奴だ。
「……」
俺はムッと顔をしかめる。
……まぁ、それは認めよう。
認めざるを得ない事実だ。
サラサラの黒髪に、サファイアよりも深い青色の澄んだ瞳。
その上男とは思えないほどの滑らかな白い肌に、整った顔立ち。
人どころか、虫も殺せないのではと思うほどのその容姿に、コロリと騙される令嬢は、両手では数え切れない。
けれどそれは間違いだ。
ラディリアスは何人もの暗殺者を、顔色ひとつ変えず切り捨てていることを、側近の俺は知っている。
アイツは、騎士資格を習得しているから、滅多な者では手出しが出来ない。
資格の取得は、簡単じゃない。
俺だって血のにじむような努力を重ねて、やっと手に入れた。
俺には、弟のフィアを守るっていうちゃんとした理由があったから、死にものぐるいで頑張った。
それなのにアイツときたら、『だったら自分もフィアを守る!』とか言って、簡単に騎士資格を習得してしまった。
その上、フィアに跪いて、騎士にしてくれと懇願した。
皇太子のくせに! フィアには俺という騎士が既にいたというのに……!
あの時フィアがどれほど困ったかなんて、アイツにはどうでもいい事だったに違いない。
その上勝手に俺の事を恋敵と見なして、ことある事に対抗して来る。
恋は盲目などと言うが、アイツの盲目さには、ほとほと愛想が尽きた。目障りこの上ない。
そもそもフィアは、ラディリアスなんか求めていないってこと、なんで理解しようとしないんだ?
陛下も陛下だ。
振られるのが怖くて、告白すら出来ないなら放って置けばいいものを、わざわざ婚約命令なんか出して、お膳立てする必要がどこにある!?
告白出来ないなら出来ないで、他の令嬢を当てがえばいいものを……!
本当に、いけ好かない。
「……」
確かに実力は、申し分ない。
口さがない者たちは、皇子と言う身分だからこそ、騎士資格が簡単に取れたのだと言うが、この国の騎士団を構成する団体は、そんな簡単なものじゃない。
神殿が管理する騎士団は、皇族から独立した、ひとつの組織を形成している。
皇族とほぼ同等の力を持つ神殿が管理してる騎士団なのだから、そんな不正は決して認められていない。
純粋にラディリアスが自分の力で、取得した事になる。
けれどそれがまた、俺の癇に障る。
ラディリアスは非の打ち所がない。
容姿、頭脳、それから権力。
その全てを手に入れておきながら、俺からフィリシアを奪おうとする。
「くそ……っ、」
俺は唇を噛む。
「痛っ……」
あまりにもムカついて、思いっきり噛んでしまった。
加減などしなかったから、かなり切ってしまったようだ……。口の中が鉄の味でいっぱいになった。
「……」
俺はその血を指で掬いとる。
ルビーのような、真っ赤な鮮血。
フィアと同じ、《血》……。
同じ血って……双子だから当然だ。
けれどそれは、とても不思議な事のように思う。
俺とは違う、俺と同じモノ──。
フィアは特別だ。
本当なら、俺と双子であるのなら、見た目がそっくりのはずだ。小さい頃がそうだったように。
だけど今は、身長をとってみても、全く違う。
「……なんで、あぁも可愛くなれるんだ……?」
そこが最大の謎だ。
俺が女装したら、多分気持ち悪いモノが出来上がるはずなのに、双子のフィアはむしろ男なのかってくらい、女性的だ。
そうかと思えば、男として《六月》になったとしても、なんの違和感もない。なかなか狡い。お菓子屋さんになるよりも、隠密業を生業にした方が、よっぽど合っていると俺は思う。
俺は、そんな事を考えながら、指で掬いとった自分の血を、舌でペロリと舐めとった。
フィアの血と同じ血液。
その血液は、まるでチョコレート菓子のように、濃厚でほろ苦い、甘美な味……。
舐めとって俺は、くすりと笑う。
ラディリアスには到底得ることの出来ない、俺たちだけの《血》。
絶対にアイツにだけは、この血を犯させない。
俺は空を睨む。
ラディリアスには、秘密がある。
多分それは、フィアにも話していないに違いない。
近くで見るには恐れ多い身分の人物だから、知る者もいないだろう。
ラディリアスのあのサファイアのような目は、普通の人間が持ち得ない独特の虹彩を持つ。
……いや、独特の虹彩とか、そんな生易しいものじゃない。
アイツは目に……その虹彩には、魔法陣が組み込まれている。
目に魔法陣とか、どんな酔狂かよと思うんだけど、皇家では至って普通のものなのだと、ラディリアスは言い訳がましく言っていた。
なにが当たり前だ。陛下ですらついてないものを……。
《お前の目がおかしい》……と俺が初めてアイツの目を指摘した時、アイツは酷く動揺して、
『この目には、真実を見抜く魔法陣が組み込まれているんだ』
とか言っていた。
けれどそれは嘘だ。
それが本当なら、フィアが本当は男だという事を、とっくに知っててもいい。
それなのに、未だに《婚約は解約しない!》と言い張っている時点で、あれが真実を見抜く魔法陣でないことは決定的じゃないか!
もっと別の、何かだと思う。
例えば、人を魅了するとか、そんな感じの……。
「……」
俺は眉をしかめる。
俺の予想だと、あれは《魅惑の魔法陣》なのではないかと思っている。
魅惑の魔法陣──強制的に人を従わせる力。
それこそが、ラディリアスの目に組み込まれている魔法陣なのではないだろうか?
魅惑の魔法は、禁忌魔法のひとつでもあるけれど、皇族なら簡単に手に入れられる。
禁書庫を見れば良いだけの話だから。
ラディリアスは皇太子だ。いずれ皇帝になる。
それは生まれた時に決定した、逃れようのない運命。だからこそ皇室関係者は、ラディリアスの目に魅惑の魔法陣を仕込んだんじゃないだろうか?
上に立つ者に必要なものと言えば、人を従えるその気質。
けれど、皇族に生まれたからって、それを生まれながらに持ってく生まれてくるわけじゃない。当然、人の上に立つには到底相応しくない者も生まれてくる。
……でも、何故ラディリアスだけ?
陛下にはついていない。
もちろん、王弟殿下にもない。
……いやむしろ、王弟陛下にこそつけるべきだろ? それとももっと別のなにかだろうか?
瞳に刻まれているだけに、文字までは見ることが出来ない。
俺は唸る。
流石に、ラディリアスと目と目を合わせて見つめ合うわけにもいかない。誰が考えたのかは分からないが、上手いことをする。アレでは指摘のしようがない。
何にせよ、それが魅惑の魔法陣だとしても、ラディリアスの性格上、簡単には使えないはずだ。だが、信用は出来ない。
もしも本当に人を魅了する魔法陣だったのなら、フィアを近づけさせる訳にはいかない。
自分の意志と反して、フィアがラディリアスに好意を寄せるとか、考えただけで寒気がする。
フィアは大切な、俺の双子の弟。絶対に、ラディリアスには渡さない!
フィアは、俺たちが双子として生まれてきた為に、しなくてもいい苦労を強いられて、今まで過ごしてきた。
俺と二人一緒に苦労するなら、まだいいよ?
だけどそうじゃない。
フィアだけが、したくもない女装までして生きてきたんだ。
俺と同じ体型になるはずだったのに、身長はほとんど伸びなかった。
騎士資格だって、俺よりも早く取れたはずなのに、このヴァルキルア帝国では、フィアに受験資格すらなかったんだから……。
俺は眉をしかめる。
ずっと前、フィアが悔しがっていたのを俺は知っている。『俺はフィデルと双子なのに』って、そう言った。
……俺はそれを聞いて、苦しかった。
自分だけが男として育ったことに、引け目を全く感じなかったわけがない。
俺はのうのうと、当たり前の人生を楽しんでいるのに、フィアは……。フィアだけが……!
フィアには、小さい頃から申し訳ない思いでいっぱいだった。
だから俺がフィアを守って、誰よりも幸せにするんだ。
フィアがお菓子屋さんになりたい……そう言うのなら、叶えてやりたい。
次期侯爵当主の俺になら、それは可能だ。
だから俺は、可愛い弟をこの手で幸せにする!
フィアは、貴族社会から外れたがっている。
外すことは簡単だ。
フィアは家を継ぐ必要がないから、どんな生活だって俺がサポートすればいい。
だけど、ラディリアスと結婚となれば話は違う。
フィアが男だとバレれば、タダでは済まされないだろう。
……いや、待てよ。
ラディリアスのあの惚れ込みようからすると、例え男だとしても黙って受け入れるかも知れない。
……いやいや、それでも俺はラディリアスを認められない。
アイツには、嫌悪感しかない。
それに俺の第六感が言っている。
フィアとラディリアスを近づけてはダメだ! と……!
フィアは絶対に渡さない。
ラディリアスには絶対、フィアを幸せには出来ない。
でも、俺は違う。
望むもの、全てを叶えることが出来る。
俺の大切な双子の弟……。
フィアは産まれる前から、そしてこれからもずっと、
俺だけのモノだから──。




