ホワイトシチュー
次は何を作ろうか……と悶々考えながら、わたくしは袖を捲りあげる。
さぁ! 作りますわ。ホワイトシチュー!
まずはシチューの材料を確認。
玉ねぎ人参、じゃがいも……それから今日はベーコンを入れるので、その塊も出しておかないと。
ベーコンはしっかりとした味を出してくれるから、シチューやポトフ、それからカルボナーラなんかには持ってこいの食材。
前世では、学校の調理実習で作ったこともある。
毎年文化祭になると、生徒が作るこのベーコンが売りに出され、行列を作るほどの人気商品となる。
ベーコンだけじゃなくてハムやサラミ、ソーセージなんかも作る。
ふふ。そーいや、母さん文句言ってたっけ。『ベーコン買うだけで、半日使ったじゃないのっ!』とかって。しょうがないだろ? 高校上げての目玉商品だよ? みんな並ぶんだから、そりゃ一日がかりの買い物になる。
俺は思い出して、クスクス笑う。
今頃どうしてんだろうな……。
俺は今十六歳。
あれからすぐに生まれ変わったとしても、少なくとも十六年の歳月が経ってしまった。母さんも年取っただろうな。俺の事、覚えてるんだろうか? それとも忘れちゃった……?
姉ちゃんなんか、もう結婚して子どもなんかがいてもおかしくない。
……元気にしているだろうか?
そんな思い出に浸りながら、わたくしは少し落ち込んでしまう。
六月が死んだのは十七の時。
あれから十六年が経って、そのまま生きていれば、わたくしは三十三歳……?
見た目は十六歳だけれど、中身は三十三歳なんて……!
思わずふふふと笑ってしまう。
一度生まれ変わってしまったせいか、三十三になった実感なんて、ちっともない。
三十三と言えば、すっかり大人。
姉ちゃんじゃなくとも、俺だって子どもの一人や二人いたかも知れない。
けれど今のわたくしに子どもがいるなんて、考えもつかない。子どもを持つ責任どころか、婚約の時点で挫折してしまっているもの。
「わたくしは、生まれ変わっても、ダメダメなのです……」
そう呟いて自嘲する。
わたくしは苦笑しつつも、シチューの材料を集めていく。あとは……。
あ、そうだ。
この前、マッシュルームを仕入れたとの事だったから、それも使って……と。
結構、美味しいのですよ。シチューに入ったゴロゴロマッシュルーム。
食感がいいの。だからわたくしは、マッシュルームはスライスにするよりも、半分に切ったくらいのものが好き。
そのままポンポンとシチューに入れ込む。
牛乳を使ったシチューだけでなく、デミグラスソースを使ったビーフシチューにもマッシュルームは合う。
いつかビーフシチューも作りたいな。
作り方はどんなかしら? 以前は、邪道なんだろうけれど、ホールトマトとトマトケチャップ。それからトンカツソースを使って作ってたの。
……デミグラスソース。作るのめんどいんだよね。
そんな事を考えながら、グツグツと野菜を茹でる。
茹でている間に、フライパンにオリーブオイルとバターを入れて、ニンニクで軽く匂いをつけ、玉ねぎとベーコンを炒めた。
バターにニンニクと玉ねぎ! なんでこんなに相性がいいのでしょうね?
もうこれだけで、食欲をそそる芳ばしい香りが、辺り一面に漂い始める。
ふふ。きっとこれで間違いなく、お兄さまが釣れるわ。
普段わたくしは何かを作ると、決まってお兄さまを食事にご招待する。けれどお兄さまは、いつも笑いながらこうおっしゃるの。《よかった。呼んでくれなかったらどうしようかと思った》って。
ふふ。呼ばなくっても、いらっしゃるくせに。
わたくしは、微笑む。
ラディリアスさまもいたら、間違いなくやって来るのかも知れませんが、昨日の今日で現れるはずもなく、わたくしは少し悲しくも思う。
それはそれで、仕方ありません。
自分で蒔いた種ですもの。
謝罪のお茶会を開きますから、その時にでもシチューを出そうかしら? それともビーフシチューにしようかしら? いいえ、お呼びするのはお茶会ですもの。それなら簡単なサンドイッチがいいかも知れない。そしたらメリサの持って来たカボチャのスープを出そうかしら?
それから、バニラビーンズが少ないからあまりできないけれど、プリンをデザートにして。
あ、そうだ!
果物を沢山飾って、プリンアラモードにすれば、プリンは小さくていいかも知れない!
そんな計画を立てながら、茹でている野菜から出た泡……灰汁を掬いとる。
……これって、とる必要あるのかな?
結局のところザルでこすから、お湯も灰汁も流れるんだよね。……ま、灰汁のゴニョニョってしたのが、こした野菜についたりするのが嫌だから取るけどね……と、ブツブツ言いつつ、湯切りをする。
茹でた野菜の湯切りをしたら、炒めた玉ねぎとベーコンとを一緒に合わせる。火にかけて水気をとりつつ、ブラックペッパーと塩で味をつけ、火を止めたら小麦粉を振い入れる。
小麦粉は白いのが残ってるとダマになるから、色がなくなるまで混ぜ込んで……。
……実際、この作り方が正確なのかは知らない。
ボーッとテレビを見てた時にやってたから、『ふーん。ルー使わない時って、こんなかー』位にしか見てなかったから。
だけど俺が作る時は、たいていコレ。
ルーを使うよりも、まろやかな味になるし、小麦粉と牛乳さえあれば出来るからね。お手軽だろ?
少なめに作る時も多く作る時も、特に気にする必要がない。ルーが足りないとか、濃すぎて舌がザラザラするとか、一切ない。
ついでに言うと、濃いめに作って粉チーズとパン粉をかけオーブンで焼けばグラタンにもなる。
……いいね、グラタン。
マカロニ入れて、具材を変えるとシチューも立派なグラタン。……うん。今度グラタンも作ろう。
ついでに言うと、カルボナーラも似たような作りだ。
小麦粉じゃなくて、粉チーズ入れるんだけどね。
脱線しまくりだけど、今回は至ってふつうのシチュー。じゃがいもとベーコンのやつ。
だけどシチューの具材は、色々工夫できるから面白い。
例えばブロッコリーとかチンゲン菜とかサツマイモとか。
あ、あとさっきメリサが言ってたかぼちゃスープ! カボチャをゴロッと入れてかぼちゃシチューでもいいし、すり潰して入れてスープにするのもいい。
そんな事を考えながら、牛乳を加え、弱火でトロトロと煮る。
そうこうしていると、フィデルがやって来た。ほら、やっぱり来た!
「フィア! おはよう。今日は何を作ってるの? すごくいい匂い」
ふんふん……と鼻をひくつかせる。
まぁ、お兄さまったら。
お兄さまは、ニコニコしながらシチューのお鍋を覗く。
そんなお兄さまに、わたくしは話し掛ける。
「あったかいものを食べたくって、今日はシチューを……。あ、そうでしたわ。お兄さま。わたくし、謹慎が解けたらお茶会を開こうと思いますの」
火を消して、お兄さまに向き直る。
「ん? お茶会?」
お兄さまは、出来たてのシチューをスプーンでつまみ食いしつつ、こちらを見る。シチューが美味しかったのか、満面の笑みを見せてくれる。
それを見て、わたくしはとても嬉しくなる。
これこれ! この顔が見たかったのです。
「ええ。……今回のことでご迷惑をお掛けしてしまった方をお呼びして、おもてなしをしようと思うのです……」
「フィア……」
お兄さまはコトンとテーブルにスプーンを置く。
「フィアは気にしなくていい。もともと無理な婚約だったのだから……」
そう言って顔をしかめ、わたくしの髪を撫でてくれる。
お兄さまがわたくしの事を気にかけて下さっているのは痛いほどに分かる。けれどこれはケジメですもの。やはり謝罪は必要です。
わたくしは小さく頭を振る。
「いいえ。そうもいきませんわ……」
そう言って目を伏せた。
「ご協力して頂いた方々には、大変なご迷惑をお掛けしてしまいましたもの……。それにもう、招待状はお送り致しましたのよ? 先程メリサが出しに行ってくれました。今回ご迷惑をお掛けした八人のご令息さまと、それからその婚約者さま五名のご令嬢の方々。そして、……ラディリアスさま」
「は? ラディリアス!? アイツも呼ぶのかっ!?」
静かにわたくしの髪を撫でていたお兄さまの目が、ギョッと見開かれる。
「なんで!? なぜアイツを呼ぶ? 昨日あいつが黙って帰ったから、気になっているのか? そんな事は気にする必要なんかない。結果的に婚約は解消に至らなかったのだから、ラディリアスは怒らせるくらいで、ちょうどいいんだ……!」
慌てふためくお兄さまに、わたくしは少し驚く。
いつもなら、自分の思い通りにならなかった時でも、冷静に物事を判断するお兄さまなのです。
それなのに、この取り乱しようは……?
何故なのか、今日は様子がおかしい。
何かにとても動揺していて、必要以上にわたくしの傍に近づこうとし、何やら言いくるめようとする気配すらある。
そしてその動揺を、必死に隠そうとしているのも見て取れた。
全くどうしたのかしら……?
けれど双子のわたくしに、隠し事なんて出来るわけがないのですよ? わたくしは、お兄さまの事ならなんでも知っていますもの。
きっと暴いて見せますわ……!
わたくしはそんな事を思って、心の奥底でニヤリ……と笑ったのでした。
× × × つづく× × ×




