鈴なり銀杏
冷たい風を感じながら、謝罪のためのお茶会の招待状を書いていると、ふいにあたたかい物が食べたくなった。
あ。シチューが食べたい……。
ほんわかとあったかい、優しい味のシチュー。
動機はいたって単純なんだけど、俺は手紙を書き終わってから、シチューを作ることにした。
シチュー!
冬はやっぱりシチューだよね。
あと、冬に合う食べ物と言えば、おでんにお鍋? それから他は……。
うーん、冬って何食べてたっけ?
改めて考えると思い浮かばない。
とにかく、シチュー。
シチューが食べたい。
鶏肉のシチューもいいけれど、今回はベーコンのヤツ。
ちょっと厚切りにして、ガッツリ食べようかな……。
そういや、ベーコンと言えばポトフとかもいい。
ホクホクのじゃがいもと人参をゴロゴロ入れた、具だくさんポトフ!
……うーん。まぁ、ポトフもいいけれど、冬って言えば前世で嫌という程に見せられる、あのシチューのCMを思い出す。
思い出すと、あのあったかな雰囲気とほんわかシチューを堪能したくなった。
やっぱり日本人の冬にはシチューだろうな。うんうん。
前世のウチの父さんなんか、『シチューじゃご飯のおかずにならん!』って怒ってたけど、俺は好きなんだよね。シチュー。
白ご飯には、ちょっとアレかも知れないけれど、パンにならよく合う。
カリカリに焼いたトーストに、バターをたっぷり塗って、シチューに浸す! すると、とてつもなく美味しいんだ!
元々シチューには牛乳が使われているから、乳製品のバターとか、製造過程で牛乳を含むパンは素晴らしく相性がいい。
……う。
言ってる側から食べたくなった。
早く作ろ。シチュー。
俺は台所へ向かう。
台所へ行くと、メリサがサラダとデザートの果物を用意してくれていた。
俺の姿を見るとメリサは、ニッコリと笑って俺に言葉を掛ける。
「お手紙はもう書き終わりましたか? 朝食はどうなされます? サラダとデザートはご用意致しましたが、予定がないのでしたら、スープを作ろうかと思っていたのです」
そう言って、ゴロッとかぼちゃを出す。
……あ。いいね、かぼちゃのスープ。
冬の食べ物って、コーンスープとか、ポタージュスープもあったな……。
うーん、だけど今日はシチューな気分なんだ。
わたくしは、ゆっくり頭を振りました。
「いいえ、今日は、シチューを作りたいと思うの。ホカホカのシチュー、メリサも大好きでしょ?」
そう言って微笑むと、メリサは嬉しそうに目を細めてくれたの。
「シチュー!? それは良いですね。私もシチューが食べたくなりました。……あぁ、そうでした。でしたら私はパンを焼きましょう。昨晩パン生地を捏ねて休ませていたのです。パンを焼く間に、私は本邸へ手紙を出して参ります」
そう嬉しそうに手を叩いた。
わたくしは、メリサのその姿が面白くて、思わず笑ってしまう。
「ふふ。ええ、そうしてちょうだい」
言ってメリサを見送った。
メリサを見送ったあと、わたくしは小さくホッと溜め息をつく。
バターや牛乳、それから野菜類を出しながら、わたくしはふと、窓の外を見た。
窓からは、あの大イチョウの木が見える。
大イチョウの木は、黄色の葉を風になびかせながら、キラキラと輝いた。……まるで金色の海のよう……。
木には鈴をつけたような丸い実がいくつも付いている。
あぁ、本当に《鈴》のよう。わたくしはひとり、くすりと笑う。
前世では外の景色なんて、堪能する暇すらなかった。通っていた学校にも、たくさんのイチョウの木が植えてあったけれど……どんな風に実がなっていたか……なんて、気にもとめていなかった。
拾おうとも思わなかったし、ただ《臭い!》と鼻を摘んで通り過ぎていた。
自然はこんなにも美しいのに、勿体ないことをしていたのですね……。
しんみりと、そんな事を思う。
『ふふ。変なの』
思わず笑ってしまう。
だってそうだろ?
銀杏の成り具合……なんて気にする高校生もどうなんだろね? そんなやつ、きっとほとんどいない。よほどギンナン好きか、嫌いなやつくらいだろう。
俺は改めて鈴なりの銀杏を見ながら、《あぁ、茶碗蒸しもいいな……》なんて思う。
俺の頭の中は、食い気一色だ。
わたくしはそっと目をつぶる。
プリンのように艶やかな、お出汁の香る茶碗蒸し。
前世のわたくしは茶碗蒸しが大好きで、実はよく作った料理のひとつでもあるのです。
上品に陶磁器に入れて……とかではなくて、四、五人分くらい……? 鍋にどっかりと作るの。鶏肉とかまぼこと、それからミツバに、あと当然銀杏も入れて……。
あの鈴なりの銀杏を見て、思うことが《茶碗蒸し》なんて、色気もへったくれもない。だから転生した今でも、恋の一つや二つ体験出来ずにいるのかもしれない。
そんな余計なことを色々考えながら、俺は首を振る。
いやいやいや、浮気はだめだ。今日はシチューを作るのだから……!
茶碗蒸しはまた今度。
……いや待てよ、プリンもいいな。
バニラビーンズは足りるかな……。
そんなことをブツブツと考えた。
× × × つづく× × ×