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二度寝、断念する。

 要するにだ!


 侯爵令嬢として社交すらしない俺は、謹慎中だろうがなんだろうが、結局のところ、何もすることがないのが現状だ。


 だから、ダメでもともと、メリサに言ってみたんだ。

 ……あったかい布団を、満喫したいのよーってさ。


 だっていいじゃん?

 社交はフィデルにおまかせ。

 家庭内学習は程々に。

 外にも行けず、やる事なし!

 だから、ね?



「『ね?』じゃありません! 全然良くはありませんっ!」

 メリサは叫ぶ。


 ……まぁ、そうだよね。言い訳だしね。

 分かってたよ? ダメだってこと……だけど、あったかいんだもん。まだまだ布団にくるまっていたかったんだもん。

 俺はしゅんとなる。


 はぁ……。

 わたくしは溜め息をつく。


 ええ、ええ、……それはそうですわよ……。


 二度寝決め込む侯爵令嬢など、聞いたことも見たこともありませんものね……? わたくしは、諦めの色を顔に出す。


 その事に気づいたのかメリサは、ふんすっと更に鼻息荒くまくし立てた。


「謹慎中とは、だらける為ではないのです! ()()()()()()にあるのですからっ!!」

 メリサはそう言って、更に強く布団を引き剥がしにかかった。


 う。そんなことを言われたら、わたくしだって負けませんわっ!

 ふわふわお布団のために、もう一度リベンジです……!


「は、反省って、何を反省するの? わたくし、何も悪いことなんてしていませんのに……!」

 わたくしはそう言って、必死になって布団にしがみつく。


 うわぁん。あったかくて、いい匂いのふわふわお布団……お布団がぁ……。お別れするなんて、絶対に嫌よ。

 わたくしは、これでもかという程に布団を抱きしめて、顔をうずめた。


 剥がされて、少し冷たくなってしまった布団が少し残念だ……。くそ。


「何が『わたくし何もしていません』ですか! ありもしない不義の証拠を捏造(ねつぞう)するために、ご友人の方々に、ご迷惑をお掛けしたのだという反省の気持ちは、ないのでございますか……っ?」

 メリサが我慢ならない! といった様子でまくし立てる。


「うぐ。……そうでした……」

 俺は言葉を失った。

 確かに、この捏造には、俺たちの知人に協力を仰いだ。それを言われると、心が痛む。


 俺が本当は男だと言うことを知っている数少ない知人に、それとなく浮気を匂わせるような行動を取って欲しいと、俺は頼んだ。

 俺の秘密を知る貴族たちは、当然ながら俺たち双子にとっては、なくてはならない大切な存在だ。それなのに、こんなお願いをしたんだ。


 誰がどう見ても、国の権力者となる皇帝一族の反感を買う。

 ……それはどう考えても、これから未来ある若者にとって、汚点にしかならないことだった。


 それなのに、快く手伝ってくれたんだ。嫌な顔する奴なんて誰一人としていなくって、むしろみんな、吹き出し気味に笑いながら了承してくれた。


 友人たちも分かってるんだ。男の俺が自分の国の皇太子と結婚されては、未来は望めないと……。

 だから二つ返事で受け入れてくれた。そして俺は、それにほくそ笑んで、胡座(あぐら)をかいちゃったんだ。ひどいやつだよね?

 上手くいけば、婚約者解消出来るって。自由が待ってるって。自分のことしか俺は見ていなかったんだ。


 けれどそれは俺だけのメリットだ。協力してくれた貴族たちには、なんの恩恵もない。むしろそれは、次期皇帝に喧嘩を売るようなもので、ただで済むわけがなかったのに……。


 下手をすると、貴族社会から抹消される。

 俺はその事に気づき、人知れず青くなった。

 そんなこと、俺は望んでいない。

 みんな大切な友人なんだから……。


「俺、とんでもない事を……」

 みんなの事を思えば、そう言わずにはいられない。


「まさか、本当に気づいていらっしゃらなかったのですね……」

 メリサは、そんな俺を呆れ顔で見た。

 深くついたその溜め息が、俺を更に追い込む。


「う……」

「……皇太子さまの不興を買っただけではありませんよ? 中にはフィアさまの事を知らない、婚約者をお持ちになっているご令息もいらっしゃったと言うのに……」

「……」

 俺は言葉を失う。


「あぁ……。その方々は、今、どのようにお過ごしなのでしょうか? フィアさまは宜しゅうございますよ? だって謹慎中なのですから。あったかい布団の中で、ぬくぬくと丸くなってれば良いのですし。……けれどフィアさまの計画に加担した方々は、ただの捏造だった……と言うだけで、普段と変わらぬ生活を送らなければなりませんもの。罪を罪として罰せられたとしても、後々続く悪評には悩まされる事になるのですから……!」


「……わ、わたくしは、なんて事を……」

 呑気に寝ている場合ではありません。

 そうでした。彼らのフォローをしなければ……。


 わたくしは布団から出ると、支度を始める。

「……メリサ。便箋とペンを用意してくださるかしら……? 謹慎はもうすぐ明けます。明けたら、謝罪の為にお会いしなければ……」

 その言葉を聞いて、メリサは微笑む。

「ええ。その方が宜しいかと思われます」

 そう言った。


「けれどフィアさま? フィアさまが、かのご友人方の屋敷へ(おもむ)かれるのは、お辞めになった方が宜しいですよ?」

 メリサが困った顔で言う。


「? なぜ?」

「謹慎が明けてすぐに、恋しさのあまり会いに来た……などと、見た者は思うでしょうから」

 メリサは苦笑する。

「ですから謝罪の場には、やはりここは、皇太子さまもお呼びになられた方がよろしゅうございます」


 それから、うーんと考えつつ、メリサは付け加えた。

「それから、令息さま方の婚約者さまも、お呼びになるのが宜しいかと……」

 わたくしはその状況を想像して、目の前が真っ暗になる。

「で、でもメリサ? それって結構、大所帯になるわよ?」


 招待する時間帯は、やはり内容が内容なだけに昼間がいい。

 となると晩餐会ではありえない。お呼びするからには、それなりのもてなしがある。とすると、お茶会への招待となるのかしら?


 今回わたくしが、ご迷惑をお掛けしてしまったご令息は八名。その中で婚約者がいらっしゃるのは五名の方々。

 それに皇太子さまとお兄さま、それからわたくし……二十名ほどのお茶会となると、簡単なお茶会では済まなくなる。


 それなりの場所と茶器、料理を用意する必要がある上に、正式な招待の手順を踏まなければならない。

 わたくしがその流れを考えて、眉を寄せていると、メリサがふふふと笑う。


「大した事はございません」

 メリサはあっさりと、そう言った。


「フィリシアさまは、あまりお茶会をなさりませんが、侯爵家ともなれば、茶会での十人、二十人はさほど珍しいものではございません」

 にこりと笑う。

「それにお忘れではありませんでしょう? これは()()()()()のお茶会。ご招待するのを躊躇われるなど有り得ません!」

「う……」

 キッパリと言い切られ、わたくしは息を呑む。


 ……分かっています。分かっていますが、謝罪するとなると、心が重い……。

 わたくしはキリキリと痛む胃を押さえる。


 あぁ、上手くこの計画が進んだのならまだしも、失敗しているのが心苦しい……。協力して頂いた方に、なんと言えばいいのかしら。


 けれど逃げても始まらない。

 わたくしは小さく頷くと、重い腰をあげて、文机へと向かう。


 小さな別邸とは言え、侯爵家の屋敷。書斎が当然のように(しつ)らえてある。

 重厚な色をしたくるみの木の机は、実はわたくしのお気に入りの一つでもある。


 バリバリ仕事をする人用の、事務的な物ではなくて、猫足の可愛らしいその机は、女性専用と言っても過言ではない。けれど甘い感じの中にも、使いやすさを追求した上で作られたのがよく分かるほど、痒いところに手が届くような逸品なのです。


 わたくしはサラリと、その机の表面を撫でて座る。

 すると待ってましたとばかりに、メリサが便箋と万年筆、それから限りなく黒に近い深緑色のインクを持ってくる。


「……」

 わたくしは、そのインクを静かに眺める。


 緑色は、ゾフィアルノ侯爵家の色でもある。

 その証拠に、フィデルとわたくしの目の色も、深い緑色をしている。


 目の色なんて、遺伝でどうとでも変わるはずなのに、不思議とゾフィアルノ家では緑色の目の者しか生まれない。だからゾフィアルノ家の色は緑色。皇族は青色と決まっていて、ほかの者は使えない。


 ……使えない、と言うか塗料の原料が高価すぎて、手に入れられない……と言った方が早い。


 インクなんて、黒で十分ですのに……。

 このインクを見る度に、わたくしはいつもそう思ってしまう。


「フィアさま……!」


 ぼんやりとインクを眺めていたメリサが、非難の声をあげる。

「謹慎が開けて直ぐに、お茶会を開くには、今日中にお手紙を差し上げなければなりません。ぼんやり眺めている時間などありませんよ!」


「……分かってますわ。けれどラディリアスさまもお呼びするとなれば、開けてすぐとは参りません。ここはしっかりと準備しなければ……」

 メリサに急かされ、わたくしはペンを取る。


 空気の入れ替えのため、少し開けた窓から、冬の匂いを含む風が吹き込んで来た。


 俺はその冷たい空気に、身を縮め、何かあったかい物が食べたいなぁ……と考えつつ招待状を書いた。


 ……みんな来てくれるのだろうか?


 生まれ変わって、この異世界に転生した俺だけど、招待状を書く時は、いつも不安になる。

 人との繋がりを大切にしてるつもりだったけど、今回のはやっぱり身勝手だった。

 嘘の証拠をでっちあげるとか、しかも嵌めたのが、この国一番の地位を持ってる人物だとか、ありえないよな?

 みんな、嫌々だったのかも知れない。

 俺は侯爵家という身分を、振りかざしたのだ。


 ……そう思うと気が重い。



「……」

 わたくしはそっと窓の外を見る。


 木の葉が風に吹かれ、まるで雪のようにサラサラと散った。

 ラディリアスさまは、あの後どうなされたのかしら……?


 昨日突然、黙って帰ってしまわれた皇太子さまの様子が、わたくしは何故だかとても気になって、窓の外を見たのでした。





 × × × つづく× × ×


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