二度寝と令嬢のお仕事について。
「おはようございます。フィアさま。良くお休みになられましたか?」
シャッと明るい音を立てて、乳母のメリサがカーテンを開ける。
「ん……。おはよ」
俺はまだ眠っていたいのを堪え、目を擦りながら上半身を起こす。
「うぅ。寒い……」
起き抜けに、俺は唸った。
秋も深まり始め、ここ最近随分寒くなってきた。
まぁ、どうせまだ謹慎中の身。このまま二度寝と洒落こもう……。
そう思って、再び暖かい布団の中へ、モゾモゾと潜り込む。
「ん……気持ちいい……」
人肌程度にあたたかくて、ふんわり柔らかい布団に頬を擦り寄せる。スリスリと擦り寄ると、たくさん眠ったはずなのに、再び緩やかな眠気が襲ってくる。
……なんで起き抜けの布団って、こんなに気持ちいいんだろ?
これは人類の最大の謎だよな……抱き心地も、めちゃくちゃいいんだもん。俺は頬擦りしながら、そんな事を思う。掛け布団を抱きしめると、ふわり……と柔らかい花の香りのような匂いが俺を包み込む。
多分それは、俺の匂いなんだと思う。
シーツを洗う石鹸の香りとは、また違ったホッとするような香り……。
「……いい匂い」
……男なのに花の香りがするとか、どうなの? とも思うが、ほとんどの時間を女として生きている俺にとって、フローラルブーケの甘い香りの香水は、既に必需品となってしまっている。
男らしく生きていきたいとは思ってはいるよ? けど、それは当分ムリなんだろうなぁ……。
今やこの慣れ親しんだ香りを嗅ぐと、不覚にも安心してしまう。
……俺、この生活から、抜け出せるのかな?
平民として生きることになったら、こんな生ぬるい生活はもう出来ないかもしれない。
《あったかい》とか《気持ちいい》とか言いながら、抱き寄せられる布団があるのは、それなりに心と生活が、満たされているからなのだと思う。
俺一人になったとして……それでも俺は、そう思うことが出来るだろうか……?
《寂しい》とか《辛い》って、思わない自信があるわけじゃない。きっと一人になったのら、それはそれで悲しいと思うんじゃないだろうか? 本当に一人でやって行けるんだろうか?
「……」
少し不安になりつつも、甘い香りにホッと溜め息をつき、俺は優しい自分の匂いに包まれながら、心を和ませた。
……今は、まだ……この状況を楽しめば、いいか……。
そう、思った。
「ま。フィリシアさま! また布団に潜られるなんて……っ」
ほんわか和んでいたのもつかの間、すぐにメリサはそう言って、俺が抱きしめていた布団を剥がしにかかった。
なんなの? 母ちゃんなの!? 俺の至福の時を奪うとか……!
「うわっ! ちょっ、メリサ! やめて……!」
俺は唸りながら、必死に布団を死守する。
うわーん。
わたくしの大切な、ふかふかのお布団を、そんなにも非情に奪おうとするなんて……っ!
わたくしは、キッとメリサを睨みながら、言い訳を始める。
このままでは、わたくしの至福の時が、消えてなくなってしまいますもの……! 謹慎中、ダラダラ過ごしてやるぞって思ったのに、早くも挫折とか有り得ませんわ……っ!
「だってメリサ? わたくしは、どうせ今日だって謹慎中で、どこへも行けない身なのですよ? 何も出来ないのなら、いっそこのまま寝ていてもいいでしょう?」
そう言って上目遣いで、メリサを見た。
ここでのポイントは、ちょっとの可愛らしさと哀愁を漂わせること。
自慢じゃないけれど、俺が男と知っていても、この上目遣いでコロリと騙されるヤツは多い。それは男女関係なく。
女装ってすごいよね。これがガッツリ男の姿だったら、こう上手くはいかないだろうと思うんだけど……どうなんだろね? 試したことないから分からない。
でもまあ今は、女として生きているからには、女の武器も最大限に活用させて頂かねば……!
俺はそう思って、ニヤリと心の中でほくそ笑む。
……まぁ、こんなわけの分からない言い訳をしなくても、どちらにせよ、フィリシアには仕事がないんだよね。
謹慎中だろうが、謹慎中じゃなかろうが、本来のフィリシアにはあまり関係がない。
毎日恒例になっていた、ラディリアスとのお茶飲みがなくなったから、随分と暇になった。そのお茶会ですらも、毎日開いてたからって特別何かを話すわけでもなかったから、なくなってホッとしたくらいだ。
やる事と言ったら、その時に出すお菓子を作っていたくらいで、後は謹慎中の今となんら変わりのない生活だった。
もともと貴族令嬢っていうのが、そんなもので、とりわけ仕事があるってわけでもない。ただただ社交に勤しんで、横の繋がりを強化する。……それが令嬢たちの主な仕事だ。
確かに、社交をするとなると、それなりの知識も必要になる。
だから令嬢たちは、空いたその時間で、独自に護身術の訓練をするとか、料理を作るとか、本を読むとか、そんなささやかな趣味に没頭する。これは侯爵令嬢として生まれてしまった俺……男の俺も、例外じゃない。
はぁ……。
だって見た目は立派な侯爵令嬢だからね?
男として生活していたのなら、もっと忙しかったんだろうけど、そんな特権ないんだよね。この俺には。
「……」
それが少し、虚しくもある。
男として生きていたら、もうちょっとマシな人生だったろうか? ……たまに、そんな風に思う。
しかも令嬢たちの生活ってのも、結構めんどくさい。
家庭での学習はほんの少しの気持ちばかりで、活動の主たるものは『社交』なんだから。
何かにつけてお茶会に呼んだり呼ばれたり、手紙のやり取りをしたり、他家の動向に目を光らせたり、着飾るのに夢中になったり……。
相手の顔色をみながらお喋り……なんて、俺の趣味じゃないんだよね。おべっか使ったり、陰口言ったりして……なにが楽しいんだか。
……正直、全然面白くない。
多分そう思っている令嬢たちも、少なくない。
俺の秘密を知る数少ない令嬢たちは、そんな社交よりも、武芸や商業と言った荒事を好む……いわゆるお転婆……? に属する者たちは多い。
行動力はあるけれど、若干、おしとやかに欠ける令嬢たち。
だけど、知的で行動力のあるその令嬢たちは、爵位が低くとも女性であろうとも、これから伸びる可能性を秘めている。
そういう奴ばっかだといいんだけどね。
ほとんどは噂話に興味持って、人のプライバシー何のそので、ズカズカ踏み込んでくる、《自称おしとやか》なご令嬢ばかりだ。フィデルがなかなか相手を見つけないのも頷ける。魅力に欠けるんだよな。一緒にいると疲れそうで……。
「はぁ……」
俺は溜め息をつく。
だけど俺はこんなだから、本当は社交は、出来るだけしないようにしている。
……というか、両親から止められている。表向きの《フィリシア》は、少し病弱で、それを理由にあまり表舞台には立っていない。
……だって男だってバレるとヤバいしね。
でも、それなりの要所は踏んでるんだぞ? すごいだろ?
……まあ、フィデルのお陰なんだけどね。
俺は貴族がどうあるべきか……なんて、よく分からないんだけれど、俺には双子のフィデルがいる。
フィデルは次期宰相候補として、貴族社会の人間、人柄、領地の統治能力、それから交友関係などなど全て把握していて、伸びようとする若い貴族がいれば、必ず俺に合わせてくれた。
初めは、何でそんなことをするんだろうと思ってたんだけど、貴族令嬢として生き残るには、必要不可欠な行動力……。
いや、それよりも、俺が独り立ちした時の手助けになるようにと、フィデルが気を使ってくれているのかも知れない。
商業の要となる人物だったり、流通にくわしい人だったりを紹介してくれるから。
平民になるのには、それだけリスクがある……。
だから、知り合った貴族の中で、その為人が認められるような人物なら、場合によっては俺の秘密も明かしてきた。……口の堅い仲間は、いないより出来るだけいた方がいい。
そのところフィデルの目は確かで、不審なヤツはけして紹介しない。確実に信頼出来る者だけを、厳選して、俺に引き合わせてくれているようにも思えた。
だから、安心して関わることが出来た。
信頼しきってるから……じゃないけど、……フィデルには、おんぶにだっこ状態で、俺はフィデルが紹介してくれる人物以外とは、誰とも会わない……。
……ある意味、《贔屓》って言うやつなのかも知れないけど、フィデルの目に叶わなかったヤツなんて、怖くて会うことすら出来ない。
とんだ依存だと思う。どうにかしなくっちゃだなー。
本当は他人任せじゃなくて、自分で人との関わりを築いた方が、いいんだけどね。
でもそれは、なかなか難しいんだ……。
× × × つづく× × ×




